神に微笑み掛けられる男
「仲間になってあげる。ただし後悔しても知らないわよ」
ウネグの言葉にシロウは破顔した。
「ホントか!?」
「ええ、だってあなた本当に私を少し変えたもの……。こんなの初めてよ…」
そう言って微笑むウネグに、ツカツカとアルが歩み寄った。
彼女はウネグを無表情に見ると、その頬を思いっきり張った。
「いきなり何するのよ!?」
「シロウに付き合うと言ったから仲間になるのは認めよう。じゃがお主の行為で村人が三人も死んだ。…彼らはもう還ってこぬ。それを決して忘れるな」
「……」
「ラケルを起こせ。我はウルラを診て来る」
シロウはウルラの所へ向かった、アルの後ろ姿を無言で見送った。
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。……変わろうとするんだもの、これくらい平気よ。それに昔のアルブムなら雷を落としてるわ。……彼女も変わったのね」
事が終わったとみて、クレード達が部屋を恐る恐る覗き込む。
彼らは壁に開いた穴を見て、少し呆然としていた。
「何があったのだ?」
「んあ?…ああ、あの穴か?操られてた仲間を眠らせただけだ」
シロウは剣を収めつつ、クレードに答えた。
「お前達は何者だ?私に説明したような催眠術師等ではなかろう?」
「俺はシロウ。アルブム教の伝道師だ。アンタや兵達が助かったのは、アルブム・シンマって獅子神様のお蔭さ」
「アルブム教…?伝道師?……一体何が起こっているのだ?」
「……そうだな。領主のアンタには言っといたほうがいいだろ。この世界には獣の姿の神がいる」
「そんな事は知っている、土着の神の事だろう。国は五大教に変えたい様だがな」
シロウはクレードを見て首を振った。
「アンタが考えている様な存在の仕方じゃない」
「…意味が分からん。古い神というだけでは無いのか?」
シロウが話していると、壁の穴からウルラが顔を覗かせた。
「……こめかみが凄く痛いんだけど。シロウ、君何かしたかい?」
「お前が感情に任せて突っ走るからだ。次からはよく考えて動け」
「よく言うのじゃ。行き当たりばったりのお主が言う事では無い」
「今気付いたけど、アル、大きくなってない?」
ウルラ達がそう話ながらシロウに歩み寄っていると、目を覚ましたラケルがシロウを見つけ駆け寄った。
「シロウ!一体どうなったのですか!?なぜウネグが!?」
「ラケル!?なんでここにいるの!?」
「ウルラ!?近寄らないで下さい!!」
「え!?なんで……」
涙ぐむウルラの肩にシロウが手を掛け慰める。
「ラケル、ウルラの術はもう解けておるのじゃ。ウネグも取り敢えずは仲間じゃ」
「本当ですか?……一体何が?」
集まったシロウ達に、ウネグが気まずそうに近寄る。
「二人も起きたし、丁度いいな。お前ら獣になれ」
「えッ?やだよ。狭いし」
「何故ですシロウ?それに人が沢山いるではないですか?」
「そうじゃ。バレない方が良いと言ったのはお主ではないか?」
シロウはため息を吐いて三人に言った。
「領主にお前達の存在を分からせる為だ。頼むぜ」
「むう、しかしウルラが言った様に、この部屋ではちと狭いぞ」
部屋を見回しシロウは考える。
ウルラ、ラケル、アル、ついでにウネグ。
アルは成長したし、ウネグの獣の姿は見ていないが、恐らくあいつもデカいんだろう。
確かに狭いな…。
「クレード、どっか広い所ないか?」
「広い場所?何がしたいのだ?」
「いいから、案内してくれよ」
「先ほどから聞いておれば、いくら術を解いたとはいえ、クレード様に対して無礼だぞ!」
いきり立った騎士をクレードが止めた。
「よい。……広い場所だな。案内するついて来い」
クレードの後にシロウ達が続き、その後を騎士達が追う。
「ここで良いか?」
クレードが案内したのは至高神の礼拝所だった。
クレードは至高神の信徒らしい。
礼拝堂は長椅子が並べられ、奥には至高神の像が据えられている。
背後のステンドグラスからは、太陽の光が射しこみ神々しい雰囲気を醸し出していた。
「クレード様、この方たちは?」
至高神の司祭らしき年配の男がクレードに尋ねる。
「アドレ殿、済まんが場所を貸してくれ」
「それは構いませんが一体何をなさるのですか?」
「ここでいいか?シロウ?」
問われたシロウはアル達に尋ねる。
「お前らここなら変われるか?」
「ふむ、別の神の祠ではないのか?」
「広さは有るけど、いいの?」
「シロウさん、神格を得ていないとはいえ、失礼では無いでしょうか?」
「いいじゃない。まだ生まれていない神なんだし」
シロウは至高神の像を見上げ言う。
「分かりやすくていいだろ。んじゃお前ら四人、その像の前に並んで変わってくれ」
「分かったのじゃ」
「やれやれ、神を顎で使うなんて君ぐらいだよ」
「でもなんだか少し楽しいですね」
「私もやるの?」
クレード達はその様子を訝し気に見ていた。
「一体何が起こるのですか?」
「シロウは神の存在がどうとか言っていたが…」
アル達が並んだのを確認して、シロウは獣に変わるよう促した。
至高神の像の前に四頭の獣が現れる。
その姿は作られた石の彫像とは比べ物にならない程美しく、まるで自ら輝きを放っているようだった。
「これは……なんと美しい……」
「獣の神……実在する神……なのか?」
アドレとクロードは目を見開きそう呟く。
追従してきた騎士達もポカンと口を開けている。
彼らの様子を確認すると、四頭の獣の前に歩み出てクレード達に振り返った。
「こいつ等は今この国が消そうとしている神だ。だがよぉ、そいつは国が考えたことじゃねぇ」
「……国では無い?だが五大教への改宗は強制ではないが、国王様から言われた事だぞ?」
「効率的な支配とか何とか、誰かに吹き込まれたんじゃねぇか?」
「王にそんな事を言える者など……」
クレードの疑問に巨大な金毛の狐が答える。
『五大教のトップは教団の幹部よ。彼らの声は国王も無視できないわ』
「喋った!?」
『そりゃ喋るわよ。……失礼しちゃうわね』
ウネグは拗ねた様に頭をツンと逸らした。
「いまウネグが言った教団ってのが黒幕らしい。そこのボスはこいつ等と同じ獣の神で、力を得る為に色々画策してるみてぇだ」
「……我々はどうすればいい?」
「そうだな。取り敢えず、そこの蜥蜴の神様、ラケルの信仰を規制するのは止めてくれ」
クレード達は虹色の鱗の蜥蜴に目をやった。
「こいつはずっと人間を守って来た。そこの偉そうな石の神様よりはよっぽど信頼出来るぜ」
『シロウ……』
「……分かった。元より操られ発した命令だ。撤回しよう」
「それと、怪しい黒いローブの奴らがいたろう?」
「それは、元々そこの狐が…」
シロウは声を上げた騎士の言葉を、手を突き出して止めた。
「分かってる。こいつは今変わろうとしてる途中だ。それに約束した筈だぜ、俺に任せるってよぉ」
「グッ…」
「黒いローブ…。確かに何人か城に入り込んでいるな…。どうすれば良い?」
「あいつ等は唯の人間だ。そうだろウネグ?」
『……ええ、彼らは教団の構成員。元は私達の信者だった人間よ』
シロウはウネグの言葉に頷き続ける。
「だったら人の法で裁けばいい。そっちは任すぜ」
「……承知した。彼らの罪を調べさせよう」
「取り敢えずこんなとこかな?」
「シロウ、お前達はどうするのだ?」
クレードの問いにシロウは笑って答える。
「あいつ等の仲間を全員引き抜いて、ボスを丸裸にしてぶちのめす」
「ぶちのめすだと?」
「迷惑なんだよな、正直言うと。平和な方が旅しやすいし…」
「迷惑…お前、そんな理由で…」
「なんだよ。アンタだって被害者じゃねぇか?実際迷惑だったろ?」
シロウの言葉で、四頭の獣は笑い始めた。
『フフッ、シロウらしいの』
『ハハッ、まったく君って男は…』
『ウフフッ、相変わらず肝の太いお方』
『シロウはいつもこうなの?……仲間になるの早まったかしら…』
四頭の神に呆れられシロウは不満そうに口を曲げた。
神に笑い掛けられる人間、その様子はクレード達には、酷く現実感を欠いた光景に感じられた。
しかし、同時にとても暖かく微笑ましいモノの様に思えた。




