浄化の光
突然アルの腕を掴んでいた衛兵が消えた。
瞬きする間に、アルを取り囲んでいた兵は、全員壁に叩き付けられ動かなくなっていた。
「済まねぇなアル。どうも騙されたみてぇだ。子供が泣いてんのに、誰も見向きしねぇからおかしいとは思ったんだ」
「シロウ!?ラケルが!!ラケルが攫われたのじゃ!!」
「攫われた!?……ウネグか?」
「そうじゃ!!早く助けに行かねば!!」
「……」
シロウは首を鳴らし、少し考えこんだ。
「何を悠長にしておる!?急いで追うのじゃ!!」
「まあ、落ち着けよ。焦って動いてもまた嵌められるだけだぜ」
「しかし……」
「今まで、何とかなって来たから俺も油断してた。ところでこの兵士達は何者だ?」
シロウは閃光を見て、この場所に駆け付けた。
アルが囲まれていたので、深く考えず全員投げ飛ばしたのだ。
「…こやつらはウネグが操っておった兵士じゃ。元は領主の兵ではないかのう?」
「領主の兵…。なんか知ってかもな…」
シロウは衛兵の一人に近づき、頬を軽く叩いた。
「おい、起きろ」
「止めるのじゃシロウ。其奴らはウネグに無理やり魂を入れられておる」
「魂を?…俺と一緒ってことか?」
「いや、お主とは違う。この者たちは本来の魂を眠らされておるからの。情報を聞き出すつもりなら、入れられた魂を追い出し正気に戻さねばならん。少々骨が折れるぞ」
「魂…、魂ねぇ。……こいつ使えねぇかな?」
シロウは鞄から水晶玉を取り出した。
「吸魂の宝珠か…。ふむ、やってみる価値はありそうじゃな」
「なんかパレアは、取り込み過ぎると爆発するとか物騒な事言ってたけどな」
「ウネグは戦場で死んだ魂と言っておった。ともかくそれを使って、兵士から入れられた魂を抜くとしよう。シロウ兵士を一か所に集めてくれ」
「おう」
シロウはアルの指示に従い、兵士を袋小路の一画に集めた。
「宝珠を貸すのじゃ。それとお主は離れておれ」
「分かった」
シロウは宝珠を手渡し、アルから離れ建物の影に隠れた。
「こんくらいでいいか?」
「……シロウ、宝珠の力は恐らく石壁では防げんぞ。まあよい、危なそうだったら逃げるのじゃぞ」
「不安が残る言い方するなよ……。もうちょっと離れとくか」
シロウはアルの姿が、ギリギリ見える位置まで移動した。
「いいぞアル!!」
「はぁ、締まらんの。……ではやるぞ!!」
アルは宝珠を掲げ、兵達の体から魂を吸う様に命じる。
魂は本来、強く体と結びついている。
持ち主以外の魂は、いわば間借りしているに過ぎない。
無理矢理押し込まれた魂だけ剥がせる筈……。
アルの命を受けて、宝珠の中に揺らめいていた白い光の中心が、漆黒に染まる。
夜の闇の様なそれは、兵士たちの体から魂をはぎ取ろうと動き始めた。
アルは宝珠の中心に吸い寄せられる様な感覚に襲われた。
兵士たちを見ると、憑りついた魂が引きずり出され、兵士の体にしがみ付いている。
「お主たちの戦いは終わった。ゆっくり休め」
アルは兵士の体から抜け出た魂に、左手を上げ浄化の光を放った。
光を浴びた魂は、戸惑っている者もいれば、喜んでいる者、泣いている者もいた。
「済まんのう……。せめて安らかに眠ってくれ……」
アルは彼らに詫びながら、光を強めた。
兵士達の中に、潜んでいる者がいない事を確認すると、宝珠の発動を止める。
「おおい!!もう終わったかぁ!?」
シロウが遠く、建物の影からこちらを覗き込んでいる。
「まったく、締まらんの。……もう良いぞ!!」
アルは少し苦笑しながらシロウに答えた。
駆け戻ったシロウがアルに声を掛ける。
「凄ぇな、それ。大分離れてたけど、何か引っ張られる感じがしたぞ。……その宝珠とさっきの光を使えばよ、俺ん中の魂も一気にどうにか出来んじゃねぇか?」
「出来るじゃろうな。じゃが浄化の光は有無を言わせず昇天させるものじゃ。今までシロウがしてきたように、魂が納得してこの世を去る事は出来んじゃろうな」
シロウは自分の胸を見下ろした。
やがて顔を上げ、なんとも言えない表情で笑った。
「んじゃ、いいわ」
「よいのか?」
「ああ、今までの連中は皆、満足気だった。残りの奴らにも納得して出て行って貰いてぇ」
「……そうか」
アルはシロウを見上げ、嬉しそうに笑った。
「さてと、んでこいつ等はもう大丈夫なのか?」
「うむ、程なく目を覚ますじゃろう。その時は正気を取り戻している筈じゃ」
「なんか、酷え目に遭ってたみてぇだし、無理矢理起こすのも気が引けるな。」
「では起きるまで待つか?」
「そだな。……そうだ。それまでウネグについて詳しく教えてくれよ」
「ふむ……。良い機会じゃし、神の形について教えておこうか」
そう言うとアルは兵士たちの横に腰を下ろした。
シロウも彼女の前に胡坐をかく。
「神が人の想いで存在が左右されるという話はしたな?」
「ああ、アルが獅子神なのも、イルルが女になったのもそれが原因なんだろ?」
「うむ、ウネグは狐の神として信じられ形を得た。人は何故か狐に対し狡賢いとか、裏切り者であるといった負のイメージを持っておる。あの者が他者に取り入り利用するのは、ある意味人の所為なのじゃ」
「人の…」
アルは頷き話を続ける。
「そうじゃ。我は獅子の神として、王のイメージを持って形づくられた。それと同じじゃ」
「んじゃ。大勢がウネグをいい奴だって思えば変わんのか?」
「まあの。じゃが難しいじゃろう。あやつ自身が形に引きずられ、それが本性じゃと思って行動しておるからの」
「でも変えようと思えば、変えられんだろ?」
アルは訝し気にシロウを見た。
「シロウ、何を考えておる?」
シロウはアルにニヤリと笑いを返した。
「あいつ、巻き込もうぜ」
「……まさか!?無理に決まっておろう!?」
「最初から諦めてちゃ、そりゃあ無理だぜ。……どうせ黒幕とやらには神様の仲間がいんだろ?そいつら全員仲間に引き込む。どうだ面白そうだろ?」
アルはシロウが言い出した事に呆れ、呆然と彼を見た。
「口開いてんぞアル」
「呆れておるのじゃ!!……シロウ、お主馬鹿なのか?」
「何でだよ。そもそもお前、獣の王だろ?他の奴ら全員仲間にしたって、別におかしくねぇじゃねえか?……手始めはあの狐だ」
そう言うと、シロウは掌に拳を打ち付けた。
「フフフッ、ハハハッ……。全くお主は……。分かった。出来るかどうか分からんが、付き合おうではないか」
「おう、頼りにしてるぜ。相棒」
「うむ」
二人が頷きあっていると、兵士の一人が起き出し頭を振った。
「ここは…。なんで俺はこんな所に……。」
「起きたばかりで悪いが、聞きたい事がある」
そう言ってシロウは兵士に笑みを向けた。