花の香りの狐
ドアン達はシロウ達の入れ替わりに、村人の葬儀の準備に出かけて行った。
葬儀は午後から行われるようだ。
シロウとラケルはそれまで、あてがわれた客室でアルに話を聞く事にした。
ベッドに腰かけたアルは隣のベッド腰かけた二人に、男から得たモノについて語り始めた。
「ローブの男、あやつの組織は、ラケルの様な土地神の力を削ぐ事が目的の様じゃ」
「私の力を?」
「ふむ、最近この国で信仰され始めた神は、我らの様な人の世に直接関与出来るモノでは無い。我らを悪神に堕とし、新たな神に祈らせる事が当面の狙いの様じゃ」
シロウはマグナの事を思い出した。
悪神であった彼女を、シロウはルクス達と協力して何とか止める事が出来た。
神の協力が無ければ、人はアレを止める事は出来ないだろう。
「新たな神って、至高神とか地母神とかだろう?直接関与出来ないなら祈っても無駄じゃねぇのか?」
「無駄じゃろうな。長く信仰されれば、やがて神格を得て力も持つじゃろうが、今は唯の偶像にすぎん」
「じゃあ何のために……」
「そこで、力のある獣の神が、悪神を仕留めればどうなる?」
「そりゃ、一気にその神を信仰するだろうな……。狙いは信仰心か!?」
アルは強く頷いた。
「ウネグって狐が黒幕って事か?」
「いいや、恐らくウネグは手先にすぎん。あやつは昔から、強いモノの下について生き延びてきたからの。黒幕は別におる筈じゃ」
「その黒幕が国中の祈りを独占して、力を得ようとしてるって事か?」
「多分の。男が知っていたのはウネグだけじゃ。さっき話した事も、我が男の記憶と経験から憶測したにすぎん」
シロウは信仰について考える。
ルクスやパレア、あの二人の力は群を抜いていたが、信じている者の数はそれほどでもなかった。
彼らの様な存在を、この国、いやもっと広い世界で強く人が信じ信仰したら、どんな事が出来るだろう。
ルクスは国一つ容易く燃やし尽くせそうだし、パレアは大地を海に沈める事も出来そうだ。
まあ、二人ともそんな事はしないだろうが。
「……なんかヤバくねぇか?」
「ようやく気付いたのか?その通りヤバいのじゃ。じゃから昔、我はそれをしようとした神共を封印したのじゃ」
「封印したのじゃって、お前がやったのかよ…。じゃあ今回も黒幕見つけ出して封印しようぜ」
ラケルがそれに異を唱えた。
「今のアルでは無理でしょう。私はウネグを封印した神は、雷雲を纏い無数の雷を操ったと聞きました。アルは雷を一つ落としただけで気を失ったのでしょう?」
「そういやそうだな。一発で気絶するんじゃ話にならねぇな」
「むぅ、仕方なかろう。信仰を得るには地道な草の根運動が大事なのじゃ。今は祈りに応え小さな加護を与えるだけで精一杯じゃからの。得られる信仰心もそれなりじゃ」
アルの答えにシロウは雪狼の剣を見て言う。
「巻き込むか?」
「……どうじゃろうか?我らは雪狼族の長には嫌われておるからのう。ニクスは協力してくれそうじゃが…」
「あいつ等だって他人事じゃねぇだろ?ついでにルクスやウルラの一族にも協力してもらうおうぜ。……そういやウルラの事忘れてたな。あいつどこ行ったんだ?」
「領主の所に向かったのなら、領都ではないでしょうか?」
領都か…。音沙汰がないという事は捕まったのかも知れない。
「あいつの一族に助けて貰うにしても、とにかくウルラと合流しなけりゃ、どうにもなんねぇな」
「この領の領都に行くのか?」
「そうだな。……ラケルお前も一緒に来い。狙われるかも知れねぇ」
「ですが村を守らないと……」
ラケルがそう呟いた時、ドアがノックされた。
「ドアンです。入ってもよろしいでしょうか?」
「よろしいも何も、ここはお前の家じゃねぇか?」
ドアンはシロウの返事に、ドアを開けシロウをジロッと睨んだ。
「信仰している神が在室しておるのだ。敬意を払うのは当然だろうが」
「なにか御用ですかドアン?」
「……申し訳ありません。漏れ聞こえる声を聞いてしまいました。……ラケル様、行って下さい。村は儂が守ります」
「しかし…」
「襲って来るとしても人でしょう?ならば儂にも相手ぐらい出来ます」
そう言うとドアンは力強く胸を叩いた。
「そうですか。ではこれを与えておきます」
ラケルは首元を変化させ鱗を一枚はぎ取った。
「これは?」
「私の鱗です。癒しの呪をかけてあります。傷ついた者がいれば翳しなさい」
「ちょっと待つのじゃ」
「なんですかアル様?」
アルはドアンが受け取った鱗に手を翳した。
すると鱗は薄緑の光を帯びた。
「我の癒しの術も込めたのじゃ。余程の事がなければ、それで事足りよう」
「……有難く使わせていただきます」
「ありがとう。アル」
「……もう人が死ぬのは見たくないのじゃ」
その日は午後に亡くなったウッドの家族の葬儀に出席し、翌朝シロウ達は村を出て領都に向かった。
葬儀では、打ちひしがれた様子のウッドの姿がシロウの心に強く残った。
「なあ、アル。ウネグって奴はどんな奴なんだ?」
「あやつは神や人の心に入り込むのが上手いのじゃ。その者が求める者に姿を変え、言葉巧みに取り入るのじゃよ」
「詐欺師みてぇな奴だな」
「多分、領主もそれに惑わされたのではないかのう?何せ絶世の美女にも美男子にもなれるからの、奴は」
絶世の美女ねぇ……。
シロウはルクスの婚礼で見たアルの幻を思い出しそうになり、頭を振ってそれを打ち消した。
時間が経つにつれ、妻のリーネや息子のレントの事が希薄になっていく。
顔も声も今はハッキリと思い出せるが、いつかそれも新しい記憶に押し流されてしまうのだろうか……。
「大丈夫ですよシロウ。大事な人はこの世から去っても、心の中に光として残るものです」
「……心を読んだのか?」
シロウはラケルを非難する様に見た。
「そんな無粋な事はしません。あなたの目が、私が夫を思い出す時と同じ様に見えたので…」
「そうか…。悪かったな」
「いいえ、私こそ踏み込む様な真似をしてしまって…」
そう言って見つめ合う二人の間に、アルが割り込んだ。
「ラケル!この者は我の伝道師じゃ!手を出すで無い!」
「フフッ、心配しなくてもそんな事はしませんよ。シロウはアルの大事な人ですもの」
「なっ!!何を言い出すのじゃ!?」
さすが未亡人、こと恋愛に関してはラケルの方がアルより一枚も二枚も上手のようだ。
道中はラケルやアルが、ウルラの代わりに獲物を捕らえたりしながら穏やかに進んだ。
二人とも肉食の獣の神だけあって、肉が好きなようだ。
領都まであと二日程になった夕刻の事。
街道の側で野営の準備をしていたアルが、鼻をひくつかせた。
「ウルラの匂いがする」
そう言って匂いを嗅いでいたアルが、鼻を押さえた。
「これは…花の香りか…?キツイ…気分が悪いのじゃ…」
シロウはウルラと聞いて空を見上げた。
アルで無くても感じられる。
シロウも漂う花の香りに気付いた。
「ここまで強いと全く鼻が利きませんね」
ラケルも口元を抑え眉根を寄せている。
羽ばたきが聞こえ、ウルラが大地に降り立った。
その横に彼にしな垂れかかる様に、ラケルの姿をした女が立っている。
「…ねぇラケル、こいつ等を捕まえれば本当に力を取り戻せるの?」
「そうです。あの三人が私から力を奪ったのです。どうかその世界最速の翼で私の願いを叶えて下さい」
女がウルラに話し駆けるたび、周囲に甘い匂いが立ち込めた。
匂いが強くなるほどに、ウルラの瞳は酔ったように焦点が怪しく揺れる。
「フフフッ、任せてよ。僕は君の為ならいくらだって速く強くなれる」
「頼もしいわ。あなたなら私の新しい伴侶としてふさわしいでしょう。きっと亡き夫も認めてくれますわ」
シロウは女を指差しながらアルに尋ねた。
「あのケバイ女がアルが言ってたウネグって奴か?」
「シロウ、お主平気なのか!?」
「平気って何が?これって花を使った香水だろ?……なんか賭場を思い出して嫌な気持ちになるぜ」
シロウはウルラの横に立ったラケルの姿をした女に、一欠けらの魅力も感じなかった。