ラケルの森へ
人々から解放されたジョシュアは、家に帰るというガルン達と別れ、シロウが泊っているという宿に向かった。
受付でシロウの部屋を聞き、ノックもそこそこに部屋に踏み込む。
部屋ではシロウ達が思い思いの場所でくつろいでいた。
「よぉジョシュア、お疲れ」
椅子に座って飲み物を口にしていたシロウが、片手を上げて軽く答える。
「シロウさん、あなた町の人たち色々吹き込んだでしょう!?」
「イルルがそうした方が、後々助かるって言うからよぉ」
ジョシュアは名前を出され、咄嗟にベッドの後ろに隠れたイルルをキッと睨んだ。
「イルルさん、どういう事です?」
「ジョシュア怖ぁい。…そんなに怒らないでよ。貴方の為には、この方が良かったんだからぁ」
「だからといって、あんな嘘を…。真実が欠片も無いじゃないですか!?」
「だってホントは海賊に捕まって、髭ぼうぼうで臭くなってた、なんて皆ガッカリするでしょ?」
ジョシュアは頭を掻きむしり、ひとしきり、あーとか、うーとか言っていたが、最後はため息を吐いてイルルに言った。
「イルルさん、私と旅をしたいなら今後、嘘を吐く事は止めて下さい」
「分かったわよ。その代わり次からはカッコ良く決めてね」
そう言って、イルルはジョシュアにウィンクを返した。
「しかし、全てジョシュアの功績になると、我の名を広める事は出来そうにないの。少し残念じゃ」
「……シロウさんは、アルさんの名前を広める事も旅の目的なんですよね?」
「そうだ。それがアルが俺を手伝ってくれる条件だからな」
「ふぅ、アルさんには助けて貰った恩もあります。海賊退治が上手くいったのは、私がアルさんを信仰していたからという事にしましょう」
ジョシュアの言葉を聞いて、ベッドの後ろから頭を出してイルルが抗議の声を上げる。
「ちょっと、ジョシュア!貴方は私の伝道師なんだから、信仰してるのは幸運の蛇神イルル・ナハッシュにしなさいよ!」
「イルルさん、蛇だったんですか?どおりで…」
「どおりでってどういう事よ!?」
ベランダで椅子に座り海を眺めていたウルラが、ため息を吐きながら呟く。
「この騒がしさもあと少し…。嬉しいような寂しいような…」
「ウルラちゃん!なに一人だけ蚊帳の外みたいな顔してるの!?パレアの事が上手くいったのは、私が道を示したからだと思わない!?貴方も言ってやって頂戴よ!」
「はいはい、分かりましたよ」
部屋に戻ったウルラの顔を見て、イルルは少し表情を曇らせた。
「…何だい?僕の顔に何かついてる?」
「いいえ……。いや、やっぱり気になるわ。ウルラちゃん、ちょっと視てもいい?」
「視る?……怖いな、何か良くない事でも起きるの?」
ウルラはそう言いながら、イルルの前に跪いた。
彼の額に手を当てながらイルルは言葉を紡ぐ。
「森が燃えてる……。人も村も……。ラケル?」
ラケルの名前が出た瞬間、ウルラはイルルの手を掴み問いかける。
「ラケルってどういう事さ!?」
「痛いわウルラちゃん…」
「教えてよ!ラケルに何が起こるんだい!?」
「落ち着けウルラ!」
シロウがウルラの手を掴んで、イルルから引き離す。
「落ち着いてなんかいられないよ!」
「とにかく話を聞こうぜ」
ウルラの様子を見て、ジョシュアがアルに小声で問い掛けた。
「ウルラさんが言っているラケルというのは誰ですか?」
「ラケルは蜥蜴の神で、ウルラは彼女に求婚したのじゃ。まっ、振られたがの」
「へぇ、神様って種族関係なく結婚したりするんですね…」
「まあの、この前も竜神と人が夫婦になったぞ」
「竜と人が……。竜って本当にいるんですね……」
ジョシュアが少しずれた答えを返している間に、イルルは気になった理由を話し始めた。
「ちょっと前から、ウルラちゃんに影みたいなモノが視えてはいたわ。でもすぐに消えたから大丈夫だと思ってた。運命なんてちょっとした事で変わるからね」
「その影って何だ?」
興奮しているウルラを落ち着かせながら、シロウはイルルに尋ねた。
「その人に重大な影響を及ぼす予兆みたいなモノかな。でも悪い事ばかりじゃないのよ。変化にはいいモノも悪いモノもあるから…。さっきウルラちゃんを見たらハッキリ影が見えたから、ちょっと気になってね」
「それで視てみたらラケルが視えたって訳か?」
「ええ、森と人が燃えて……ラケルが泣いてた……」
「ラケルが泣いて……!?」
「ウルラ!?」
それだけ聞くと、ウルラはシロウを振り払いベランダから飛び去った。
「……行っちまったか。……しょうがねぇ奴だな。アル、ラケルの森へ行くぞ」
「うむ、急がねばの」
荷物を纏め部屋を出ようとする二人にジョシュアが声を掛けた。
「シロウさん、私も行きましょうか?」
「いや、お前とイルルとはここでお別れだ。どうもきな臭いし、力が戻ってねぇイルルを連れてくのは危ねぇからな」
「シロウちゃん……」
「ジョシュア、イルルは神様だがまだまだ弱い。しっかり守ってやんな」
「……分かりました」
そう言って笑ったシロウにイルルが言う。
「シロウちゃん、私が視たのはあくまで一番強い可能性にすぎないわ。未来は行動によって変えられる。……ウルラちゃんを助けてあげて…」
「おう、任せとけ。それによ、俺は女が泣いてんのは我慢ならねぇんだ。きっと変えてみせるさ。んじゃな、あばよ」
「ジョシュア、イルル、達者での」
二人は慌ただしく宿を後にした。
「なにが起こっているのでしょうか?」
「さぁねぇ、今の私じゃ詳しい所までは分からないわ。でもきっとあの二人なら何とかするでしょ」
「随分と信頼してるんですね。たしかにシロウさんは強いですけど…」
「ホントに凄いはアルの方よ。彼女、今はあんなだけど昔は滅茶苦茶だったんだから」
ジョシュアは今のアルしか知らないので首を捻った。
「アルさん、そんなに強かったんですか?」
「強い弱いじゃ無く、万能なのよあの娘。力を取り戻したら、それこそ何でも出来る様になるわ。……思い出したらムカついてきたわね」
イルルの様子に、ジョシュアは踏み込んだら不味い事を薄々分かってはいたが、それでも好奇心には勝てず尋ねてしまった。
「何があったんです?」
「本当に聞きたい?…長くなるわよ」
妙に迫力のあるイルルの表情に、ジョシュアはゴクリと唾をのみ込み頷きを返した。