山賊の砦
リンゴで空腹を満たした二人は、山賊が根城にしているという山に向かった。
そこには古い砦があり、連中はそこを拠点にしているらしい。
「アル、お前は村に残ってて良かったんだぞ」
「我がおらねば匂いが追えまい。それに隠形で隠れておるから大丈夫じゃ」
「ベルの時にお前が見つからなかったのは、やっぱりなんか使ってたんだな。……それ俺にも掛けられないのか?」
アルは立ち止まり、シロウを見上げ手を翳した。
暫く唸っていたが、やがて手を下ろし口を開いた。
「やはり今は無理じゃな。他人に掛けるには自分自身に掛けるより力を使うんじゃ」
「こそっと行って、先に女を助けだしゃ楽なのによぉ」
「楽な道を選んでおっては、人は成長せんぞ。……シロウ、疲れた抱っこしろ」
「楽な道選ぶと成長しないんだろ?」
「我は人ではない。早く抱っこしろ」
シロウは手を上げて飛び跳ねているアルを抱え上げた。
「お前、重くなったなぁ」
「失礼な奴じゃ…ふぁ…我は少し眠る…着いたら起こせ」
アルはシロウの腕の中で寝息を立て始めた。
なんやかんやで歩きづめだった。疲れていたのだろう。
シロウはレントの事を思い出しアルの頭を優しく撫でた。
「馬がいりゃ楽できたのにな」
山賊は馬車で移動していたようで、村長の家の前には轍が残っていた。
山には砦までの道が続いていたが、この道を行けば確実に見つかるだろう。
シロウは道を少し外れ、木々の中を進むことにした。
山道等、歩いた事は無かったが、道なき道をスイスイと進む。
これも自分の中にいる誰かの力なのだろうか。
山を中程まで登ると石造りの砦が姿を現した。
シロウはアルを起こし、茂みの中から砦の様子を伺う。
砦からは聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「お頭!!嘘じゃねぇ!!話を!!話を聞いてくれ!!」
砦から聞こえるのはザックの声ばかりで、会話は聞き取れない。
「ふむ、あのザックという男、お主一人にやられたと正直に話したらしい」
「それで?」
「どうも、頭目はザックの話を、頭から嘘だと決めつけておるようじゃの。どうする?あの男、このままでは殺されるぞ」
「馬鹿!それを早く言え!」
「馬鹿とはなんじゃ!」
シロウは喚くアルを置いて、茂みから飛び出した。
「何だ貴様!?」
砦の門には見張りがいたが、一瞬で殴り倒し門に駆け寄り蹴りを放つ。
門は内側に吹き飛んだ。
砦では中庭に山賊たちが集まり、その中心に縄で縛られたザックがいた。
彼の横には斧を振り上げた山賊、さらにテラスの上で椅子に座った髭面の男が、それを見下ろしている。
全員吹き飛んだ門から現れたシロウを、口を開けて見ていた。
「お前!?お頭こいつです!!こいつがジジイの家で仲間をやったんです!!」
「助けに来てやったのに、いきなり売るなよ」
「誰もそんな事頼んでねぇぞ!!」
ザックは唾を飛ばして喚いている。
さっきまで命乞いしてただろ、お前。
そう思いながらシロウは山賊たちを見回した。
確かに全員揃いの鎧を身につけている。
もと兵隊というのは間違いない様だ。
「俺は目の前で誰かが死ぬのは御免なんだ。これ以上魂が増えたりしても面倒だしな」
「訳分かんねぇ事言ってんじゃねぇよ!!」
山賊の一人がシロウに向かって叫ぶ。
「…殺せ」
テラスの上から髭面の男が低い声で言った。
男の言葉で、山賊たちが一斉にシロウに襲い掛かる。
剣が、槍が、斧が次々とシロウに放たれる。
シロウはそれを躱しつつ、一つ一つ丁寧に破壊していった。
数分で山賊たちの中に、使える武器を持っている者はいなくなった。
「…まだやるかい?」
「なんて奴だ…」
「お頭!!だから嘘じゃねぇって言ったでしょう!?」
怯える山賊、自分が正しかった事を主張するザック。
シロウはザックを殴りたくなったが、気持ちを抑え頭目を見上げた。
「あんたがボスなんだろ?村の女と奪った物を返せば、暫く動けないぐらいで勘弁してやる。嫌だってんなら全員、男じゃ無くなるぜ」
「ふざけた事言うじゃねぇか?」
頭目は巨大な戦斧を担ぎ上げ、テラスから飛び降りた。
身長はシロウより頭二つ分は大きく、腕は女の腰ほどはあるだろう。
頭目は戦斧を担ぎシロウの前に立つ。
「まったく、でかい図体してジジイや女子供泣かしてんじゃねぇよ」
「フンッ、弱いから奪われるのさ。シンプルだろ?」
「じゃあ、俺も弱いお前らから奪うとするか」
「抜かせ!!」
振るわれた戦斧の刃を左手で受け止め、シロウは手刀を放った。
手刀は鉄で出来た柄をひん曲げた。
その勢いで斧は頭目の手から離れ、地面にめり込む。
「は!?」
「さて、全員去勢だな」
シロウの言葉に山賊たちは頭目も含め怯えて後退った。
「まッ、待てよ!!俺達は領主様の命令で動いていただけだ!!」
「あ?領主の命令?どういう事だ?」
シロウは指を鳴らしながら、頭目を睨んだ。
「……あの村の裏山に金の鉱脈が見つかった。領主様は村を潰して金を独り占めにしたいのさ」
「…なるほどなぁ。確かにリンゴよか、金の方が儲かるわな」
「だろう。…どうだ、てめぇも一枚噛まねぇか?俺達は鉱山が出来たら警備隊になる予定だ」
シロウは山賊どもを見回し、笑みを浮かべた。
「へへっ」
薄ら笑いを浮かべた頭目を殴り倒す。
「お断りだ。なんせあの村のリンゴは美味いからな。……去勢は勘弁してやるよぉ」
暗い笑みを浮かべたシロウに、山賊たちの顔が引きつった。
アルが砦を覗くと、シロウがザックの鼻をつまんで、女たちの居場所を聞いていた。
周りには山賊たちが倒れている。全員死んではいないようだが、関節がおかしな方向に曲がっている者が多数いた。
「早く言わねぇと、鼻が取れちまうぞ?」
「あがが!!言う!!言わせて頂きますぅ!!女は領主様の城ですぅ!!」
「領主の城?何処にある?一体なんの為だ?」
「城はこの山の北ですぅ!!奴隷商に売るって言ってましたぁあ!!いっ、痛い!!」
「チッ、急がねぇと不味いな」
シロウはザックを殴って気絶させた。
「お主、やる事がどんどん酷くなるのう」
「そうか?それよりアル、領主の所に行くぜ。売られたら探すのが難しくなる」
「うむ、しかしお主、大丈夫か?大分引っ張られておるようじゃぞ」
アルの言葉はシロウも理解していた。
だが村の女を助ける為には、この感情の持ち主に合わせた方が良いような気がしていた。
「暴走しそうになったら、アル、お前が止めてくれ」
「…我に出来るか分からんが善処しよう」
二人は山賊から奪った馬に乗り、領主の住む城を目指した。