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英雄譚の始まり

海賊達が使っていた船は大きく、アルとイルルもそれ程船酔いに苦しまずに済んでいる様だ。

帰路はウルラも力を使わず、のんびりしたものとなった。


甲板で海を見ていたジョシュアに、イルルが話しかける。


「ジョシュア、ずっと気になってたんだけど、そのむさ苦しい髯、剃ってくれない?」

「そんなに気になりますか?私は気に入ってるんですけど…」


そう言って顎鬚を触るジョシュアに、イルルは人差し指を突きつけ言う。


「ちゃんと整えた髭はいいけど、貴方のはただの無精髯じゃない。いい、女は勿論、男だって身だしなみに気を配らないと一瞬で堕落するのよ」

「堕落ってそんな…」


「とにかく剃りなさい。見るに堪えないわ」

「そんなにですか…?分かりました、剃りますよ…」


船室で髭を剃り戻って来たジョシュアを見て、イルルはポカンと口を開けた。


「これで良いですか、イルルさん?」

「……見つけたわ」

「は?」

「私、貴方と一緒に行くわ」

「一体何を?」


イルルはジョシュアの左足に抱き着き、彼を見上げながら口を開く。


「貴方、私の伝道師におなりなさい!」

「……冗談ですよね?」

「冗談でこんな事言わないわ。私と一緒にいると良い事が一杯あるわよ」


その様子を甲板で作業していたガルンや元海賊たちは、ニヤニヤしながら見守った。

航海は順調で彼らも暇だったのだろう。


「イルルさん、私はこの国を出て修行の旅に向かうつもりです。どんな危険が待っているか分からないんですよ?」

「フフッ、大丈夫よ。貴方と私の二人なら、何だって乗り越えられるわ」


「シロウさん達の事はどうするんです?」

「シロウちゃんには、アルがいるから何とかなるわよ」

「連れてってやれよジョシュア!!」


ガルンが楽しそうに声を上げる。


「簡単に言わないで下さい。私は修行中の身です。彼女の安全にまで気を配るなんて出来ませんよ」

「良いんじゃねぇか?」

「シロウさん…あなたまで…」


船室から顔を出したシロウは、ジョシュアに歩み寄った。

彼の顔に揶揄する雰囲気は無い。


「自分より弱い者を守る。そりゃあ、お前の師匠が言ってた事につながるんじゃねぇか?」


ジョシュアの師匠マーロウは、剣の力を守る為に使えと言った。

誰かを守る事が、ひいては自分の心を高める事になると…。


「イルルを守りながら旅をする事で、お前はもっと強くなれる。俺はそう思うぜ」

「ナイスよシロウちゃん!ねぇジョシュア、シロウちゃんもああ言ってるし連れて行ってよ。お願い」


イルルは珍しく真剣な表情でジョシュアを見上げた。


「はぁ、分かりましたよ。でもきっと後悔しますよ。貧乏な旅になるでしょうから」

「フフフッ、それは無いわ。だって私、幸運の女神だもの」


ため息を吐いたジョシュアに、イルルは自身に満ちた笑みを向けた。




三日程で船は港町に着いた。

町に到着する前に、シロウ達は小舟で船から離れ、別ルートで町に入った。


町ではちょっとした騒ぎになっていた。

交易船を襲っていた海賊を、旅の剣士がたった一人で壊滅させたというのだから、話題に上らない方がおかしいだろう。


ジョシュアはガルンとドーガ、元海賊達と一緒に事情を聞かれる事になった。

相手は討伐船団を率いている団長だった。


港からそのまま兵に連れられ、彼らは団長が乗っている軍鑑の船長室に通された。

団長は立派な口髭を生やした中年の男だ。

ジョシュアはイルルが言っていた、整えられた髯というのはこういう事だろうかと、団長のピンと跳ねた髭を見ながら思った。


「君が海賊船に乗って帰ってきた男かね?名前は?何処の出身だ」

「ジョシュアです。出身は王都です」

「王都の人間がなぜベルゲンに?」

「剣の修行の為です。船で国を出て諸国を回ろうと思っていたのです」


髯の端をつまみながら団長は呟く。


「修行ねぇ…。それが何故、海賊退治になるのかね?」

「外国へ行く船が海賊の為に出なくなっていたのです。なら元凶を絶てばいいと考えました」

「ふむ、後ろの連中は?」

「この二人は海賊のアジトに向かう為に雇った漁師です。他の者は海賊に捕らえられていた船乗りたちです」


団長はジョシュアの後ろに並んだ男たちを眺めながら質問を続けた。


「ところで君一人で海賊共を倒したと聞いたが本当かね?」

「実際は数名斬っただけです。船長とその護衛を斬り捨てたら、他の海賊は別の船で逃走したので…」

「みすみす見逃したのかね?」

「はぁ、私と漁師の三人では海賊船は動かせませんし、漁船は海賊に壊されてしまって…」


団長はジョシュアの答えに、不満げに鼻を鳴らした。


「それで?」

「海賊のアジトには捕虜が捕まっていました。彼らと協力してアジトにあった強奪品を積んで、港に帰ってきました」

「一応筋は通っているな。報告では積んで戻った品は、被害報告より随分と多い様だが?」

「それは私には分かりません。どこか別の場所で奪ったのでは?」


団長は背もたれに体を預け、腕を組んでジョシュアを見た。


「君はどうしたいんだ?」

「どうしたい?」

「財宝だよ。君が持って帰った」

「そうですね…。路銀で幾らか頂ければ、残りは被害者で分配してもらって構いません」


ジョシュアの答えに団長は目を見開く。


「本気かね?半分、いや三分の一あれば一生遊んで暮らせる額だぞ?」

「はぁ、修行の旅には持っていけませんし、積み荷を奪われ路頭に迷っている人もいるでしょうから…」

「しかし、それではあまりに功績に対して少ない。話が伝われば領民から不満が…」

「……そうですね。では漁師の二人に新しい船を与えて下さい。捕らえられていた船乗り達も乗れる大きい奴を。彼らの船は海賊のアジトで壊されてしまったので」


そう言ってジョシュアはガルン達を見た。

ジョシュアの顔を見て、ガルンは嬉しそうに笑った。

パレアから金は貰っていたが、元海賊達の支度にも金は掛かる。

金は多い方が良い。


「欲の無い男だ。本当にそれでいいんだな?」

「はい、きちんと被害者が救済されれば、私は構いません」


ジョシュアは“きちんと”の部分に特に力を込めて言った。


「私も海の男だ。同じ海の仲間が苦しんでいるのを、見捨てる様な真似はせんよ」

「これは失礼しました。王都では上の方に随分虐められましたので」

「ベルゲンの海軍にそんな不心得者はおらん。もしいたら私が直々に魚の餌にしてやる」

「それを聞いて安心しました」


「今日はもう帰っていい。宿泊先を部下に伝えろ。それと町は出るなよ。まだ聞きたい事もあるし、報奨金も渡さんとならんからな」

「分かりました。では失礼します」


討伐船から降りて来たジョシュア達を、町の人々が取り囲む。


「アンタが海賊を倒した剣士さんかい!?」

「一人で三隻の海賊船を制圧したって聞いたけど!?」

「いや、俺が聞いた話じゃ海賊船は四隻あった筈だぜ!?」

「兄ちゃん、海賊の船長と一騎打ちして一瞬で首を落としたって本当かい!?」

「ガルン、ドーガ、二人ともよくやった!」

「ねぇ、ウチの店に来ない。アンタ達ならタダでサービスしてあげるからぁ」


おかしい…。ジョシュア達は港に入ってそのまま討伐船に連れてこられた。

なぜ町の人々が、ある事無い事知っているのか。

不意に笑みを浮かべたシロウの顔が浮かんだ。


ある者は海賊とどう戦ったか聞きたがり、ある者はジョシュア達の功績を褒め称えた。

人々の質問に答えながら、ジョシュアはシロウを恨めしく思った。


やがてこの出来事は吟遊詩人が歌い、南洋の海賊狩りとして広く国内外に知られる事になるのだが、この時のジョシュアは知る由も無かった。

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