海賊との別れ
パレアはゆっくりと頷いた。
「俺は母上みたいに、でっかくなりたいんだ。どうすればいいか教えて欲しい」
「分かったわ。ガルン、下ろして頂戴」
「はい、イルルさん」
ガルンはイルルを肩から降ろし、パレアの前に立たせた。
「ちょっと、手が届かないでしょ。床に座りなさいよ」
「偉そうな奴だな…。これでいいか?」
パレアは椅子から立ち上がり、イルルの前で胡坐をかいた。
「貴方、教えて貰うんだから、もう少し謙虚になりなさい。まあ今回は大目に見てあげる」
イルルはパレアの額に手を当てた。
目を閉じると淡く白い光が手から溢れる。
「とても大きな大地が見える。…素朴な生活をしてる人が沢山。…とても広い海を越えた先。……太陽が海に沈んでいたから西だと思うわ。取り敢えず行ってみたら西に?」
「取り敢えずっていい加減だな?」
「なによ!?気に入らないなら、別に信じなくてもいいわ!」
イルルは疑われた事が癇に障ったようで、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「……悪かったよ…。西に行けばでっかくなれるんだな?」
「さあね!それは貴方次第じゃない!?」
「イルル、機嫌直せよ。お前の事をよく知らなきゃ、簡単には信用出来ねぇさ」
シロウがイルルを宥めると、少しは気が治まったようだ。
「しょうがないわね。……西にいる人はとても純朴みたいだから、彼らの事を大事にすればそれは貴方に返ってくるわ。逆に上から目線や力で何とかしようとすれば、反発されるでしょうね」
「優しくすればいいのか?」
「そうよ。別に難しくないでしょ?貴方のお母さんがやっていた事を真似ればいいんだから」
「母上を……」
パレアは手にした彫像に目を落とした。
「行ってみるか、西に……」
「決めたのか?」
「ああ、仲間と話してついて来たい奴は、連れて行く事にする。残りたい奴は…困ったな。元々行き場の無い奴らだからな…」
パレアが唸っていると、ガルンが口を開いた。
「行くとこねぇなら、俺のとこで預かってやる!」
「いいのか?」
「船乗りなんだろ?問題ねぇさ!ガハハッ!」
ガルンも幾分、調子を取り戻してきたようだ。
話がまとまりかけた所で、ジョシュアが割って入った。
「ちょっと待って下さい。彼らの海賊行為はどうなるんです?」
「そう言えばそうだな。被害も出てる事だし、このままって訳にもいかねぇよな。……ただ捕まえた所でパレアを唯の人間がどうこう出来るとは思えねぇが…」
「そうじゃのう、津波でも起こされてはかなわん」
アルがそう言うと、ジョシュアも含め全員がパレアに注目した。
「……分かったよ。…俺は人間が取って来れない、深い場所に沈んでるお宝のありかをいくつか知ってる。そいつを取って来て渡すから、人間と話をつけて貰えないか?」
「金で解決って訳か?それでどうだジョシュア?」
「そうですね。私は役人って訳じゃないですし、それが妥当でしょうね。追い詰めて暴れられても困りますし…」
ジョシュアも納得したようだ。
そもそも神であるパレアを縛る法はない。
自棄を起こして町を襲われても困る。
ここは提案を飲んで、穏便に済ませた方が双方にとって都合が良いだろう。
「それはそれとしてだ。奪った物で返せる物は返せよ」
「分かっている。食い物以外は腹の中にしまってある。それは後で出しておくさ」
「出せるんなら、あんなに叫ぶ必要は無かったんじゃあ…」
ウルラが非難がましくパレアを見る。
その視線に特に悪びれる様子もなくパレアは答えた。
「金や宝石は動かないからな。動き回るシロウが悪い」
「そもそもてめえが、俺を飲み込んだりするからだろうが。そうだ!ぶっ壊したガルンの船も何とかしろよ!」
「分かったよ。取ってくるお宝を好きなだけ持っていけばいい。それでいいかガルン?」
「おう!船が新調出来んなら文句はねぇよ!ガハハッ!」
「やったな親父!」
話がまとまった後、回復した海賊たちにパレアは西に向かう事を話した。
大半は彼について行く事にしたようだが、数人はこの国に心残りがあるようで残る事にしたようだ。
その後、パレアが吐き出したお宝を海から引き揚げたりと、色々やっている間に数日が過ぎた。
残っていた船の一隻にお宝と奪った物を乗せ、パレア達は残り船でそのまま西へ向かう事になった。
海賊たちを引き連れて町に戻っても、取り調べだの裁判だのとなれば面倒な事この上ない。
出航準備が整った砂浜で、シロウはジョシュアと話していた。
「やっぱり全部、私一人が引き受けるのずるくないですか?」
「何言ってんだ。手柄独り占めだぜ。名前が売れていいじゃねぇか」
シロウは海賊を退治して宝を取り戻したのは、ジョシュア一人がやった事にして欲しいと提案した。
彼としてはパレアが引き上げたお宝を幾らか貰い懐は暖まったし、足止めされる事を嫌ったのだ。
「俺やアル達の事を詮索されても面倒だし、頼むぜジョシュア」
「ふぅ、しょうがないですね。アルさんのお蔭で助かった訳ですし、一つ貸しですよ」
「恩に着るぜ」
「そうだ。これは返しておきます」
そう言うとジョシュアは、雪狼の剣をシロウに差し出した。
「ホントにいらねぇのか?」
「はい、それは修行の邪魔です」
「酷い言われようだな。けっこう便利なんだぜこれ」
「分かっています。しかし便利過ぎると頼り切ってしまいますから」
「そんなもんかねぇ」
シロウは剣を受け取り腰に挿した。
ジョシュアと話していると、パレアがシロウに声を掛けた。
「イルルから聞いたんだが、お前、体に魂を飼っているんだって?」
「飼ってるんじゃねぇ、あいつ等が勝手に棲み付いてんだ」
「同じようなもんだろ。それでだ、こいつをやろう」
パレアはこぶし大の球を取り出した。
水晶の様だが、中心では白い光が揺らめいている。
「なんだそれ?」
「吸魂の宝珠だ。真っ黒な怪しい船を襲った時そいつらが持ってたんだ。使い道が無くて、腹の中にしまい込んだまま忘れてた」
「一体何に使えるんだよ?」
「文字通り魂を吸える。ただ気をつけろ。淀んだ魂をため込むと、爆発して呪いを振りまくぞ」
シロウは慌ててパレアから離れた。
「いらねぇよ!そんなヤバい物!」
「そう言わずに持っておけ。強く願わなければ力は発動しない。俺の腹にあるよりは、お前が持ってた方がいいだろ?」
差し出された手から、シロウはつまむ様に宝珠を受け取った。
「怪しい船って、そいつら何に使うつもりだったんだ?」
「さあな。教団がどうとか叫んでたが、早々に眠らせたからよく分からん」
「教団…」
ジョシュアは心当たりがあるのか、髯だらけの顎に手を当てた。
「ジョシュア、なんか知ってんのか?」
「いえ、ちょっと気になっただけです」
「ふうん、まあいいや。ところでパレア、そいつら放っといたのか?」
「ああ、お宝と食料を奪って放置した。まずかったか?」
「こんな物騒な物を持ってる連中だぞ。当たり前だろう?」
パレアは頭を掻きながら、すまなそうに言った。
「そうか…。旅の途中に見かけたらとっちめておく」
「そうしてくれ」
「それじゃあな。縁があればまた会おうぜ。……そうだ。アルは何処だ?」
「アル?アルなら船に乗ってるぜ。アル!パレアが呼んでるぞ!」
シロウが叫ぶと、入り江に浮かぶ船の甲板からアルが顔を覗かせた。
「なんじゃぁ!?」
「火傷の仲間を治したのはお前なんだってな!ありがとよ!」
「気にするな!旅の道中、倒れる者があれば我に祈れ!加護を授けてやるのじゃ!」
アルは両手を口の横に当ててそう叫び、手を振った。
「おう、お前も海で困った時は俺に祈れ!助けてやるぜ!」
手を振り返してそう叫び、パレアは仲間の元に向かった。
パレア達は島から真っすぐ西へ向かい、シロウ達は船で北西、港街を目指した。
甲板で海を見ていたシロウにジョシュアが話かける。
「シロウさん、パレアが言っていた教団についてなんですが…」
「やっぱ、何か知ってるのか?」
「私も噂で聞いた程度です。なんでも邪神を崇拝する教団が暗躍してるとか…」
「邪神ねぇ。俺も旅の間に悪神の話や実際一人会ったりしたが、その邪神ってのが悪神なら迷惑なだけだぜ」
ジョシュアは目を見開いてシロウを見ている。
「なんだよ?」
「やっぱり、あなた無茶苦茶ですね」
「何がだよ?」
「フフッ、シロウさんといると自分が常識だと思っていたモノが、どんどん崩れていく気がします。……世界は広いですね」
ジョシュアはそう言うと楽しそうに笑った。