お頭の宝
アルが剣を求めてキャンプに走っていた頃、海賊の野営地ではちょっとした騒ぎが起きていた。
「お頭、大変です!いや大変だけど大変じゃねぇっていうか…」
「何だ?落ち着いて話せ」
「それが、大火傷を負ってた奴が目を覚ましたんですが…」
頭は椅子から腰を浮かせ声を上げた。
「目を!?まさか!?」
火傷を負った部下は、かなりの重傷だ。
死の間際に、最後の力で意識が戻ったのではと頭は焦りを覚えた。
「火傷の痕が消えてるんです。きれいさっぱり跡形もなく」
「何だと!?俺も見たが生きるか死ぬかの火傷だった筈だぞ!?」
「そうなんですが…、奴が言うには気を失う前に女の声を聞いたとかなんとか…」
どうやら死にかけている訳では無いと分かり、頭は椅子に座り直した。
「女だと?」
「もしかしてお頭の母ちゃんが助けてくれたんですかね?」
「母上が……まさかな。とにかく話を聞いてみよう」
頭はそう言うと部下を連れて、火傷を負った男のもとへ向かった。
牢を破ったジョシュアはアルを連れて、洞窟に作られた部屋の前に立った。
アルが確認すると、扉は鉄で補強され施錠されていた。
確かに何か大切な物が置いてありそうだ。
「じゃあ、開けますね」
ジョシュアは雪狼の剣を、ドアの隙間に差し入れた。
剣は抵抗なく鉄の錠前を切断する。
「やっぱり良く斬れるなぁ」
「神が鍛えた剣じゃからの。さて部屋を探ろうか?」
「はい」
ジョシュアは剣を収め、扉を引いた。
部屋の中は予想に反してガランとしていた。
入り口正面に祭壇の様な物があり、そこに白い女性の彫像が置かれていた。
彫像はそれ程大きくなく、ヤシの実程の大きさで服の模様の緻密さや穏やかな表情から、作った者の技術の高さがうかがえた。
「これが頭の宝じゃろうか?」
「他に何もありませんし、恐らくそうでしょう」
「ではこれを奪って、ウルラと合流するとしよう」
「ウルラさんもいるんですか?」
「うむ、ウルラは野営地の近くで我を待っておる。お主を見たらきっと驚くじゃろう」
アル達は洞窟を抜けて、森を通りウルラの元まで戻った。
見張りはジョシュアが一瞬で昏倒させ、そのまま洞窟の部屋に閉じ込めた。
いずれ見つかるだろうが、それ程時間をかけるつもりは二人とも無かった。
「ウルラ、戻ったのじゃ」
「お帰り、アル。……誰だいその人?」
アルと一緒にいた髭面の男に、ウルラは訝しそうな目を向けた。
「お久しぶりです。ウルラさん」
「……その声…まさか、ジョシュアかい!?久しぶりだね!?」
ウルラはジョシュアに駆け寄ろうとして、突然足を止めた。
「……悪いけど、余り近寄らないでくれるかな。君、何日お風呂に入って無いの?」
「一月ほどですかね。海賊たちは水と食事は与えてくれたんですが、風呂なんて気の利いた物は、用意してくれなかったんですよ。ハハハッ」
爽やかに笑うジョシュアを横目で見ながら、ウルラはアルに尋ねる。
「それで、シロウは見つかったの?」
「ふむ、やはりイルルの言う様にケートスの腹の中のようじゃ」
「そう、じゃあ助け出すのは難しそうだね」
「そこでじゃ。これと引き換えにシロウを取り戻す」
アルは人の姿に戻り、ジョシュアが持っていた彫像を指差した。
「なにそれ?女の人の像?」
「うむ、ケートスは海賊の頭をしているのじゃが、ジョシュアが言うには、この像のあった部屋に頻繁に入っていたようなのじゃ。きっと彼奴にとって大事な物に違いないのじゃ!」
「それと交換に、シロウを返してもらうって事だね?」
「そういう事です」
ウルラはなるほどと頷き、口を開く。
「それで僕は何をすればいいの?」
「ウルラは頭以外を海に吹き飛ばして、霧が出てきたらそれを払って欲しいのじゃ」
「霧?…そう言えば変な霧で意識を失ったとか、港町の人が言ってたね」
「はい、私もその霧でやられた口でして…。あれを防いでいただかないと交渉は難しいと思います」
「フフッ、霧ねぇ。任せてよ、霧ぐらい僕の風で簡単に吹き飛ばしてみせるさ!」
ウルラは自分の活躍する場が得られた事が嬉しいのか、髪をかき上げポーズを決めて言い放った。
「大丈夫かの…」
「アルさん、本人がやる気になっているんですから、そっとしておきましょう」
ジョシュアは疑わし気にウルラを見るアルに、そっと耳打ちをした。
「フフフッ、ようやく皆、僕の有能さに気付いたんだね…。そう風を操るソカル族は最速最強なんだ…」
その事に気付かず、ウルラはそんな事を呟きながら悦に入っている。
「…そうじゃの、ウルラは少し調子に乗っておるほうが、実力を発揮出来そうじゃ」
その後、作戦を話し合った三人は、野営地に向かった。
作戦と言っても無いに等しい。
野営地に殴り込みを掛け、出てきた海賊をウルラの風で吹き飛ばし、頭と直接交渉する。
それだけだ。
野営地についたアルは、野営地に向かって声を上げた。
「海賊の頭に話がある!!出て来るのじゃ!!」
突然、野営地に響いた子供の声に、海賊たちが何事かと集まってくる。
「誰だお前ら!?」
「あっ!?お前いつの間に抜け出しやがった!?」
「君らに用は無いよ!」
「うわぁあ!」
「お助けぇぇぇ!」
ウルラが手を振り上げると風が巻き起こり、海賊たちは吹き飛ばされ次々と海に落ちた。
「何事だ!?」
騒ぎを聞きつけた海賊の頭が、テントから飛び出してきた。
想像していたより若い、黒髪の男だった。
船長服を身につけ、胸を大きくはだけている。
服から除く筋肉質の体には、無数の傷跡が刻まれていた。
「お前はジョシュア!?どうやって檻から出た!?」
「こちらのアルさんに助けて貰ってね。いい加減お暇したいと思ってたから、いいタイミングだったよ」
「アル?」
頭はジョシュアの横にいた白髪の少女に目をやった。
「そのガキが首謀者か?よくも俺の仲間を吹き飛ばしてくれたな。こんな事してタダで返すと思うのか?」
「我らは喧嘩をしに来たのでは無い!交渉に来たのじゃ!」
「交渉だと?」
ジョシュアは手に持った彫像を突き出した。
「大事な物なんだろう?」
「貴様!?……それを……その人をそんな風に扱うな!!!」
頭が激高すると、浜辺から水が立ち昇り、激流となってアル達に降って来た。
「これは…交渉どころの騒ぎじゃないな…」
「あんなに怒るとは…。これは想定外なのじゃ…」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!!」
ウルラは風を操り、必死で水の流れを押しとどめる。
「凄いのじゃウルラ!!」
「褒めてくれるのは嬉しいけど…あんまり…持たないよ…」
ウルラは顔を歪め竜巻を起こし、降り注ぐ激流を防いでいたが、ここは海の側、水は幾らでも有る。
「返せ!!それは唯の彫像では無い!!」
頭は水を操りながら、腰の剣を抜いてジョシュアに襲い掛かった。
ジョシュアもそれに反応して飛び出し、頭の攻撃を剣で弾いた。
頭の剣術はジョシュアに遠く及ばない様で、彫像を持ったままでも彼は頭の繰り出す攻撃を、いとも容易くさばいていく。
「おのれ!!母上を返せ!!」
頭はそう言うと、左手を突き出した。
そこから霧が噴き出し、ジョシュアを包み込む。
「ジョシュア!!」
アルは思わず叫び声を上げた。
「大丈夫です」
霧の中からジョシュアの返事が聞こえる。
その声はしっかりとしており、意識を奪われた様子は無い。
彼が意識を失わない事は頭にとっても衝撃だったようで、気が付けば水流による攻撃も止まっていた。
「助かったぁ…」
ウルラが限界といった様子で地面にへたり込む。
「何故だ?何故効かない…?」
頭の疑問はすぐに解けた。
ジョシュアの周りの霧は、キラキラと輝き氷の結晶に変わっていく。
「ダイヤモンドダストだと?この南の地でそんな事、起こる筈が……」
「本当に凄い剣ですね。……貰わなくて良かった。これがあると頼り切ってしまいそうだ」
刃の煌めきは結晶を切り裂き、欠片を大地に降らせた。
「頭、アンタの技はもう効かない。……さあ交渉を始めようか?」
ジョシュアは剣を掲げ、頭に目を向けた。