海賊船
ガルンが海賊船だと言った船は、三本マストの大きな船だった。
しかし、マストは立っているものの帆は張られておらず、それなのに滑る様に海の上を走っていた。
「噂通り気味の悪い船だぜ!!」
「どうする?一旦島から離れるか?」
シロウは海賊船を見ながらガルンに尋ねた。
「いや!!少し様子を見よう!!言ってて悲しくなるがこっちは小せえ漁船だ!!よっぽど目の良いヤツじゃねぇと見つけられねぇはずだ!!」
「海の事は素人だ。任せるぜ」
「おう!!」
ガルンが言った様に、海賊船は漁船を見つける事が出来なかったようで島の影に消えた。
「ふう!!少し焦ったぜ!!しかしデカい船だったな!!聞いてなかったけどよぉ兄ちゃんはどうやって海賊を退治するつもりなんだ!?」
「船を燃やして、海賊は俺とウルラで叩きのめすつもりだ」
「たった二人でか!?ガハハッ!!面白れぇ!!島に送るだけのつもりだったが俺も協力するぜ!!」
「なら俺も行くぜ親父!!」
「いやお前は船に残れ!!船と嬢ちゃんたちを守るんだ!!」
ドーガはチラリとアル達を見て顔を引き締め頷いた。
「了解だ!!船にも嬢ちゃんたちにも指一本触らせねぇ!!」
「ガハハッ!!頼んだぞ!!」
ガルンとドーガがそんな事を話していると、島の影から先ほどの海賊船が姿を見せた。
「ずっと警戒を続けてんのか。ご苦労なこったぜ」
シロウがそう呟くと、マストの上のウルラが再び声を上げた。
「ねぇシロウ!気の所為かも知れないけど、あの船こっちに向かって来てるように見えるんだけど!?」
「あ!?島の周りを回ってるだけだろ!?」
シロウはそう返したが、ガルンは真剣な様子で海賊船を観察し、突然船尾に走った。
「ドーガ!!帆を上げろ!!気付かれたみてぇだ!!」
「分かった!!」
「アル!!イルル!!二人は船室に入ってろ!!」
シロウはアル達に向かって声を上げる。
「分かったのじゃ!!行くぞイルル!!」
「船室は嫌なんだけど…」
アルはイルルの手を引いて船室に駆け込んだ。
ドーガはロープを操り畳まれた帆を張り、ガルンは船を操り、海賊船から逃れようと舵を切る。
だがその間にも海賊船は、信じられないスピードでどんどん漁船に近づいて来る。
「クソッ!!こりゃ風が有っても逃げられそうにねぇな!!」
ガルンの言葉を聞いて、シロウは船室に走り弓を手に船尾に立った。
「弓一本でどうしようってんだ!?」
「まぁ見てなって」
シロウが弦に手を添えると、炎が噴き出し矢がつがえられる。
「何だぁその弓!?」
「竜神様にもらった魔法の弓さ」
シロウは弓を限界まで引き絞ると、船体を狙って矢を放った。
赤く輝く矢は稲妻の様に飛んだ。
すると海賊船の周囲の水に立ち昇り、矢を巻き込んで海賊船を守る様に水の玉を作り出した。
水に巻かれた矢は爆発して玉に穴を開けた。
しかしその穴もすぐに塞がっていく。
「こいつが矢が弾かれる仕組みって訳か」
「兄ちゃんどうすんだ!?」
「問題ねぇよ」
シロウは矢をつがえながらガルンに答え、水の玉に向けて矢を放ち、更に追加で二本目を放った。
一本目の矢は水の玉に当たり、炎を吹き出して玉の表面に大きく穴を開ける。
その穴を通り抜け、二本目の矢は船体に命中し船の横っ腹に大穴を開け炎上させた。
甲板の上では海賊たちが慌てている様子が見て取れる。
「凄ぇ弓だな!!」
「まあな。ただ陸じゃ火事が怖くて使えねぇけどな」
「ガハハッ!!そりゃそうだ!!」
二人が話している間にも炎は広がり、穴から入り込んだ海水で海賊船は徐々に沈みつつあった。
海賊たちは海に飛び込んだり、ボートを下ろしたりして船から逃げ出している。
「思ったより簡単だったな」
「ガハハッ!!その魔法の弓がありゃ軍隊だって降参するぜ!!」
「ハハッ、そうかもな」
シロウとガルンが笑い合っていると、漁船のそばで突然海が盛り上がった。
巻き起こった波で船が大きく揺れる。
甲板にいたシロウ達は船にしがみつき、マストに登っていたウルラは思わず姿を変え空に舞い上がった。
何が起きたのかとシロウが視線を上げると、今まで何も無かった海面に、黒く巨大なモノが出現していた。
「島…?」
『シロウ、そいつがケートスだ!!』
ウルラの言葉でシロウは改めて島だと思った物を見た。
月明かりに照らされて黒光りする島としか思えない巨大な物体に、シロウは小さな目を見つける。
「こんなにデカいのかよ…」
『この海で我が民を傷付ける者は許さん!』
ケートスはそう言うと、勢いよく尾びれを海に打ち付けた。
尾びれは高波を起こし、漁船はその波に飲まれた。
波は一瞬で漁船を粉々にし、シロウ達は海に投げ出される。
シロウは波に揉まれながら、同様に投げ出された筈のアルとイルルを探した。
しかし彼女達を見つける前にシロウは、突然起きた流れに飲み込まれ暗闇に包まれた。
ケートスが海賊と共に島に去った後、漁船の残骸が浮かぶ海の上を巨大なハヤブサが旋回していた。
ハヤブサは気を失い浮かんでいた男二人と、白い氷の塊をつかみ上げると島に向かって羽ばたいた。
「ここは!?」
「海賊たちの島だよ」
砂浜で目覚めたガルンにウルラがそう答える。
「兄ちゃんが助けてくれたのか!?……ドーガは!?シロウや嬢ちゃんたちは無事なのか!?」
「ドーガはアンタの横で寝てるよ。アルとイルルは焚火に当たらせてる」
「シロウは!?あいつはどうなった!?」
ガルンの問いにウルラは首を振った。
「皆を助けた後、何度も探したんだけど見つけられなかった…」
「そうか…。すまねぇ」
「ガルンが謝る事じゃないよ。僕がちゃんとケートスの事を詳しく伝えてれば…」
「いや、船の上で起こった事は全て船長の責任だ!」
ガルンの声は普段の大きさからは考えられない程小さく、そして沈んでいた。
「シロウは生きておる。なにせあの者は普通に死ぬ事は出来んのじゃからな」
目を覚まし、焚き火を見つめていたアルが呟く。
「アル…。でもあの状況でどうやって…」
「分からん。じゃがウルラが探して見つからなかったのなら、海賊に連れ去られたのかもしれん」
「海賊に?月明かりじゃ、そこまでちゃんと見えなかったから可能性はあるけど…」
ウルラがアルの言葉に答えると、焚き火の側で寝ていたイルルがゆっくりと体を起こした。
「やっと動けるようになってきたわ。…アル助けて貰ったのは感謝するけど、氷漬けには二度としないで頂戴」
「しょうがないじゃろ。我はそれ程泳ぎは得意ではないのじゃ」
アルは船が破壊された時、イルルを抱いて咄嗟に近くにあった雪狼の剣を抜いたのだ。
剣は海水を凍らせ、アルとイルルを守る様に氷を作り出した。
その氷のお蔭で溺れる事は無かったが、寒さに弱いイルルは今まで動けずにいたのだ。
「……シロウちゃんは生きてるわ」
「本当かイルル!?」
「ええ、でも助けるのは中々難しいわよ。なんせシロウちゃん、ケートスのお腹の中にいるんだもの」