仲がいいほど…
「海賊?」
宿の主人は困ったもんだとシロウに頷きを返した。
「そうなんだよ。交易船を狙う海賊がうろつく様になって、この街も商売あがったりだぜ」
主人はそう言って肩をすくめた。
シロウは大きな港町の割に人の顔に笑顔がない事が気になり、その事を宿の主人に尋ねた。
返って来た答えが海賊だった。
「交易なら領主が絡んでるだろ?討伐隊とかは出ねぇのか?」
「それがよぉ、討伐隊の船団が追いかけたらしいんだが、奴らの船は風も潮の流れも無視して進みやがって、まんまと逃げおおせたそうなんだ。」
「風も潮も?そんな事出来んのか?」
「少なくとも俺はそんな船見た事ないね。ただ戻って来た討伐隊の連中は、全員口をそろえて言ってたし、襲われた連中も似たような事は言ってたから、まるっきり出鱈目って訳でもねぇと思うがな」
例えガレー船の様なオールが使える船を使っても、潮や風を使わずそんなに早く進めるものだろうか。
しかも宿屋の親父は討伐隊の船団と言った。つまり、追跡用の足の速い船もあった筈だ。
普通の船が逃げ切れるとは考えにくい。
シロウはテーブルに戻り、主人に聞いた話を他の三人に伝えた。
「多分その船、何かの神が関係してるわね。……これは私の勘だけど、シロウちゃんが手っ取り早く魂を解放したいのなら、その船を追うべきね」
イルルは果実を絞ったジュースを飲みながら、自信たっぷりにそう告げた。
勘とは言うがイルルは運の神だ。馬鹿には出来ないだろう。
「でもよぉ、追うって言っても討伐隊から逃げれる様な船だぜ。追い様がねぇんじゃ…」
「フフッ、ウルラちゃんがいるじゃない。風なら操り放題よ」
「操り放題って…。風を操るのは結構疲れるんだよ…」
シロウ達の話を聞いていたアルは、シロウを見て寂しそうに言う。
「シロウは魂を早く解放したいのか?解放したら我とはもう…」
「そんな顔しなくても、お前が大人になるまでは一緒にいるさ。とにかく海賊とやらを探ってみようぜ。うまく解決できりゃ、お前の名前も売れるかもしれねぇ」
「…ふむ、分かったのじゃ」
アルとウルラは余り乗り気ではないようだったが、取り敢えず一行は港で海賊の噂を集める事にした。
宿に戻り集めた情報を出し合う。
情報をまとめると、海賊船が出る様になったのはここ一年程。
彼らが狙うのは主に外洋に向かう交易船で、漁船等で被害にあった船は無い様だ。
宿の親父が言っていた様に、逆風でも凪でもお構いなしに動き回り、こちらの攻撃は不思議な事に相手の船に届く事は無かったそうだ。
ただ乗り込んできた海賊たちは、確かに腕は立ったが普通の人間だったらしく、用心棒として船に乗っていた男は何人か斬り殺したと自慢げに語っていた。
まあその用心棒もその後、発生した霧によって意識を失ったそうなのだが…。
「乗ってんのは唯の海賊って事か?」
「船を動かしたり守ったり、あと霧を作ったりしたのは神という事じゃろうか?」
「神が海賊なんかに協力するかなぁ?」
「私やアルみたいに信仰を失って、しょうがなくかも知れないわよ」
何にしても、普通じゃない事が起こっているのは確かなようだ。
解決すれば、海賊が溜め込んだお宝の一部を謝礼として貰えるかもしれない。
今の所、金には困っていないが何しろ三人ともよく食うので、シロウとしては金は有るに越したことはなかった。
「よし、イルル。大体で良い海賊のアジトの方向は分かるか?奴らも補給をしたりお宝を下ろす場所は必要な筈だ」
「大体で良いのね」
ベッドに座っていたイルルは、目を閉じて両手を組み顔をあげた。
その様子は何かに祈っているようだった。
彼女は暫くそうした後、瞳を開け視えたものを話した。
「入り組んだ入り江が見えた。多分島だと思う。方角は南東…だと思うわ」
「南東の島だな?んじゃウルラちょっくら見て来てくれ」
「……やっぱり僕が行くんだね。最近思うんだけどさぁ、君、僕が神だって事忘れてないよね?」
「勿論、覚えてるぜ。何しろ人は飛べねぇからな。晩飯は奮発するからよぉ。頼むぜウルラ様」
「はぁ、分かったよ。…なんか敬意というか、そういう物を感じないんだよなぁ」
ウルラはぼやきながら、ベランダから飛び立った。
「のうシロウ。我は何をすれば良いのじゃ?」
「アルは神が悪神だった時に穢れを払ってくれ」
「ふむ、分かったのじゃ…」
アルは少ししょんぼりした様子で答える。
探しものはイルル、偵察はウルラ。
アルの力は確かに強力だが、今の時点では出来る事は少ない。
その点ではシロウも同様だ。
「俺達の出番は海賊のアジトに行ってからさ。穢れを払う、こいつはお前にしか出来ない事だぜ」
「俺達…。シロウも一緒か?」
「おう、頼りにしてるぜ相棒」
「うむ、任せるのじゃ!」
イルルは二人の様子を見て少し顔をしかめた。
「何だよ?」
「何でもないわ。…ちょっと羨ましかっただけよ」
そう言うとイルルはベッドに潜り込んで丸まった。
シロウはベッドに腰かけ、布団から覗く彼女の頭を撫でた。
「お前にもきっといい相棒が見つかるさ。なんたって幸運の女神だからよぉ」
「……うん」
アルはシロウに近づき指を立てて言う。
「シロウ、前から思っておったが、誰でも彼でも優しくするな。イザコザの元じゃぞ」
「イザコザか…。分かったよアル」
シロウがそう答えると、イルルは顔を布団から半分出しアルに向け呟く。
「……ケチ」
「何じゃと!?我はお主の為を思って…」
「フンッ!色々理由は付けてるけど、独り占めしたいだけじゃないの!この業突張り!!」
「ムキー!言わせておけば!」
ベッドに飛び乗りアルはイルルの頬を両手でつねる。
負けじとイルルもアルの頬に手を掛けた。
「…放しなさいよ」
「お主が放せば我も放してやるのじゃ。どうした涙目になっておるぞ」
「ハッ、アンタだって泣きそうじゃない」
ベッドの上でお互いの頬っぺたを引っ張り合っているアルとイルルを見て、シロウは肩をすくめベランダに出て空と海を見た。
空も海も青く輝き、波も穏やか。
舟の上では漁師が網を投げている。
暫くそれを眺めていると、二人は諦めたのかベッドで大の字になり荒い息を吐いていた。
「フゥ、まったく…強情な奴じゃ」
「ハァハァ、アンタだけには…言われたくないわよ」
「……その根性だけは認めてやるのじゃ」
「……フンッ、アンタの意地を通す所は私も感心するわ」
「フフフッ…」
「アハハッ…」
何というか、そういうのは男同士が土手でやる事では無いのだろうか…。
シロウが苦笑していると、空に黒い点が見えた。
点はたちまち大きくなり、人に姿を変えベランダに降り立った。
「見つけたよ!結構大きくて船も何隻か泊まってた!」
「でかしたウルラ!」
「神の姿も見たよ。あれは……、あいつはケートスだ!!」