腹ペコな二人
ベルを解放したシロウは途方に暮れていた。
町から逃げ出したはいいが、シロウは金を一銭も持っていない。
流石に水だけでは限界が近い。
「アル、頼む、食い物出してくれ。この通り」
アルに手を合わせるシロウの体から力が流れる。
それは今までで一番強いものだった。
アルの体が光を放ち更に成長した。見た目が五歳程になっている。
「おお、凄いではないかシロウ!…じゃが我に食べ物を出す力は無い」
「何でも出来るんじゃねぇのかよ!?」
「通力も万能ではない。」
「…信仰心返せよ」
「一度受け取ったものを返すなんて、そんな無粋な真似は出来んな」
そう話したアルのお腹がクゥと鳴る。
「お前も腹減ってんのか?」
「お主の信仰だけでは、成長は出来ても、体の維持が出来んからのう。足りん分は食わねばならん」
「そうなのか…」
ここでアルと言い争っていても仕方がない。
理由はよく分からないが、腕っぷしは強くなっている。
「用心棒でもやるかぁ…。なんか食わねぇと流石に死にそうだ。」
「お主、死にたかったのではないのか?」
「そういやそうだな。…おかしいぞ?」
「お主に棲み付いている魂は、死んで後悔した者ばかりじゃからな。その影響じゃろ。
それに腹が減ってもお主は死なんぞ。飢えは感じるし、いずれ動けなくなるじゃろうがな」
飢えても死なない。それは何かを食べないと、ずっと飢餓感を抱えたままという事だ。
そのまま動けなくなる……。
「冗談じゃねぇ!とにかく飯だ!」
シロウはここから一番近い村を目指し歩を進めた。
最悪、教会で何か恵んでもらおう。
村についたシロウは、そう考え村の中をうろついた。
その村はさびれた村だった。うろつく野良犬もやせ細っている。
シロウはアルを店の前で待たし、目についた酒場に足を踏み入れ、カウンターの疲れた顔の男に声を掛けた。
「なぁ、なんか仕事はねぇか?体力には自信がある」
「今、この村に仕事なんかねぇよ。他所を当たんな」
「そんな事言わねぇで頼むよ。もう三日も何も食ってねぇんだ」
男はチラリと腹を押さえるシロウを見て口を開いた。
「村長とこ行ってみな。山賊退治に兵隊集めてる」
「ありがとよ。恩に着るぜ」
「餞別だ」
男はリンゴを一つシロウに投げた。
「いいのか?」
「死人にゃ手向けが必要だろ?」
「手向け?」
男の言葉の意味が分からず、シロウは問い返したが男はそれ以上何も言わなかった。
首を捻りながら店を出たシロウはリンゴを齧った。
三日ぶりの食べ物は甘く、体に染み渡るようだった。
シロウは横を歩くアルを見て、半分程食べたリンゴをアルに差し出した。
「ほれ、お前も食えよ」
「良いのか?腹が減っておるんじゃろう?」
「子供が遠慮すんなよ」
「我は子供では無いが…。くれると言うなら貰っておこう」
アルはリンゴを受け取り、シャクシャクと音を立てて美味しそうに食べた。
「甘くて美味いのう。…お主、意外と優しいんじゃな」
「もうこれ以上後悔は増やしたくねぇんだ。それに村長とこへ行きゃ、何か食わせてもらえるだろ?」
村長の家は他の建物より大きかったが、中は閑散としていた。
男は兵隊を集めていると言ったが、通されたロビーにはシロウ以外誰もいない。
ロビーでアルと二人暫く待つと、案内してくれた初老の男が痩せた老人を連れて現れた。
「お待たせしました。私が村長のニムです。何でも山賊退治を引き受けていただけるとか?」
「ああ、俺はシロウ。こいつはアルだ。それで他の連中は?」
「集まったのは貴方一人です。この村の若い男は息子も含め、殆ど山賊に殺されましたので…」
「…俺一人?」
他に誰もいないと聞いて、シロウは気になった事を聞いてみた。
「領主は何してんだ?普通こういうのは領主の仕事だろ?」
「領主様は動いてくれませんでした。何度かお願いに上がったのですが、酷くお怒りになられて、二度と来るなと…」
「なんだよそれ?」
呆れと怒りを含んだ声が思わず漏れる。
それと同時にシロウは酒場の男が言っていた意味が分かった。
「…それで山賊は何人ぐらいなんだ?」
「数は三十名程ですが、軍隊崩れのようで村の者では歯が立ちませんでした。」
「戦争屋かぁ。たちが悪そうだな」
「はい、もうこの村に奪える物はないというのに…」
シロウがニムと話していると、乱暴にドアが開かれた。
「ジジィ!!今日の分は用意出来たのか!?」
「ザック!もう無理だと言ったろう!」
「はぁ?まだあるだろうがよぉ?お前の孫娘や、村の奴らが隠してる女どもがよぉ?」
シロウはザックと呼ばれたガタイのいい男を見た。
鉄の胸当てを付けて斧を腰に下げている。
後ろにはザックに負けないぐらい筋骨隆々の男たちが十名以上控えている。
シロウはザックの前に立ちふさがった。
「そんな立派な体があるのに、爺さんにたかるなよ」
「何だぁ、てめぇ。死にたいのか?」
「アル、下がってろ」
「うむ、ニムとそこの男。あとはシロウに任すのじゃ」
アルに手を引かれてニムと男はロビーの奥に下がる。
「一人で粋がってんじゃねぇ!」
ザックは斧を腰から抜き振り下ろした。
シロウは片手でそれを受け止め、ザックの腹に拳を叩き込んだ。
「ぐぇッ!!」
男は腹を押さえうずくまる。
腹は皮鎧で覆われていたが、鎧にはくっきりと拳の後が刻まれていた。
「小隊長!?てめぇ拳法使いかなんかだな!?チッ!全員で掛かれ!!」
男たちが次々と襲い掛かるが、シロウはそれを次々に叩きのめした。
『後ろだ』
唐突に頭の中に声が響く。声に導かれて振り返ると槍が突き出された。
咄嗟に槍の柄を掴み、中程で叩き折る。
槍を持った男は柄を捨て、剣を抜き斬りかかって来た。
その剣を両手で挟み込むようにして折り、回し蹴りを繰り出す。
蹴りをもろに喰らった男は、壁まで吹っ飛び気絶した。
その男が最後だったようだ。
シロウは呻いているザックに歩みより告げた。
「今からお前達を潰しに行く。帰ってお頭にそう言っとけ」
「……てめぇは絶対俺が殺す」
「へぇ、そいつは楽しみだ」
ザックはシロウを睨みつけると、部下を置いて足早に立ち去った。
彼が去った後、家の外から馬の走り去る音が聞こえた。
アルがシロウに駆け寄る。
「…シロウ、やはりお主、大分影響を受けておるな」
「だろうな。俺は拳法なんて一回も習った事はねぇからな」
「いやそれだけでは無く、性格も…」
二人の会話に割り込む様に興奮したニムが声高に言う。
「流石、山賊退治に名乗りを上げるだけあってお強い!これならお一人でも山賊退治が出来そうですな!」
「こいつ等どうする?」
ロビーには気を失った山賊たちが転がっている。
「倉庫にでも放り込んでおきますわい」
「そうか。……村長さん。山賊退治の前に頼みがある」
シロウはニムを見て神妙な顔で言った。
その顔を見てニムはゴクリと唾を飲み込む。
「……何ですかな?」
「腹ペコなんだ。取り敢えず何か食わせてくれ。俺とこいつの二人分…」
シロウの腹が盛大に鳴った。
「おお、これは気が付きませんで。スミス、食事の準備を…」
「畏まりました。ではシロウ様、アル様こちらへ」
スミスは二人を部屋の奥の扉へ促す。
通された食堂には、リンゴがテーブルの上に置かれていた。
「またリンゴじゃ!?」
「申し訳ございません。この村はリンゴの生産やシードル造りで生計を立てていたのですが、山賊が現れる様になってから、それを恐れて商人も近寄らなくなりまして…」
「なるほどな。…山賊を如何にかすりゃあ、別の物も食えるって訳か?」
「仰る通りでございます。今は小麦などは村に残ったものを、食い繋いでいるような状態で…。私からもお願いします。山賊を追っ払ってくださいませ」
「おう、任せとけ!」
「兎に角、出された物は有難く頂くのじゃ」
アルはそう言うとリンゴに齧り付いた。
「お前、遠慮がねぇなぁ」
シロウがアルを見て呆れていると、誰かがドアの隙間から食堂を覗いているのに気付いた。
目が合うと慌てて隠れたが、どうも女の子のようだ。
先ほど話に出た村長の孫娘だろう。
「取って食ったりしねぇよ。出て来な、なんか話があるんだろう?」
シロウがそう呼びかけると、十代半ばの金髪の少女が食堂に入って来た。
「お嬢様…」
スミスが心配そうに少女を見ている。
「大丈夫よ、スミス。この人は悪い人じゃ無いと思う」
少女の姿を見るとシロウの中に愛おしい様な、懐かしい様な気持ちが沸き上がった。
『テレーズ…』
「テレーズ?」
シロウが口にした名前を聞いて、少女は少し驚いた様子だった。
「お母さんを知っているの?」
「いや、そういう訳じゃ…」
「じゃあどうして名前を?」
アルがリンゴを食べながら、口を開いた。
「シロウの中の誰かが知り合いなんじゃろう」
「シロウの中?どういう事?」
少女は訝し気にアルとシロウを見た。
リンゴを食べ終えたアルは、皿に芯を置き少女に説明する。
「この男の中には無数の魂が棲み付いておる。その中の一人がお主の母親と知り合いだったんじゃ。たぶんな」
「魂が…。そんな事あるの?……だからあんなに強いの?」
彼女はシロウと山賊の戦いを見ていたようだ。
「そうらしい。よく分かんねぇけど」
少女は少し戸惑っていたようだが、シロウを見て意を決した様に口を開いた。
「お願いがあります。山賊に攫われたお母さんや村の女の人を助け出して欲しいの」
「別にあんたにお願いされなくても、村長から山賊退治は頼まれてるぜ」
「それは退治だけでしょう?私が言ってるのは、売られたりした人も助けて欲しいって事なの」
シロウは面倒だという思いが沸き上がるが、別の気持ちがそれを押し流した。
何故か少女の願いを叶えたくて仕方が無くなっている。
「…分かった。死んでたら無理だが、生きてる奴は取り戻してやるよ」
「本当!?もし皆が戻ってくるなら、……私を好きにしていいわ」
「お嬢様!?」
少女の言葉にスミスは慌てている。
「お前、意味わかって言ってるのか?」
「馬鹿にしないで。もう子供じゃないわ。それにお前じゃなくて、アニーよ」
「アニー。悪いが俺は結婚してる。それにお子様は趣味じゃねぇんだ。……そんな事しなくてもきっちり助けてやるよ」
アニーは少しムッとしたが、シロウの助けるという言葉で少し笑みを見せた。
その微笑みでシロウの心に切ない気持ちが広がる。
自分の中に別の感情が流れ込んでくる事に戸惑いながら、シロウはアニーに笑い返した。
「一つ条件がある」
纏まりかけた話にアルが口を挿んだ。
「なんだよ?もう話は済んだろ?」
「いや、まだじゃ。もし村の女たちを助けた暁には、村に祠を立てアルブム・シンマを崇めよ」
「アルブム・シンマ…?何?神様?」
「そうじゃ白く輝く巨大な獅子の姿の神じゃ。願えばどんな事も叶えてやるぞ」
シロウはよく言うぜという目でアルを見た。
「やるぞって、まるで貴女が神様みたいに言うのね」
「そう。我こそがアルモガッ!」
シロウは咄嗟にアルの口を塞いだ。
「アルは最近、神様ごっこにハマっててな!気にしないでくれ!」
「ふうん。よく分からないけど、祠を立ててアルブムって神様を祀ればいいのね」
「そうそう。それだけでいい」
アニーと話していると、アルが手に噛みつきシロウは思わず手を放した。
「なにすんだよ!?」
「それはこちらのセリフじゃ!いきなり口を押えるなど、神や人である前に女にする事では無い!」
「お前がややこしい事を言い出すからだろうが!?」
噛みつかれた手を見ると、くっきりと歯型が付き薄っすら血が滲んでいた。
ナイフで傷一つ付かなかった体だが、やはりアルが神だからだろうか。
「フフッ、仲がいいのね」
「特に良くねぇよ」
「そうじゃ、この男とはお互いの利害関係が一致しただけじゃ」
「そうそう、持ちつ持たれつていうか」
「共存共栄じゃの」
「やっぱり仲良しじゃない」
そう言うとアニーは微笑んだ。