コリーデ村の蛇神
シロウ達はルクスに教わった、蛇神がいるという村を目指し旅を続けていた。
「蛇か…。僕は少し苦手だな」
「何でだよ?お前ハヤブサだろ?」
「蛇の神は執念深いって爺ちゃんが言ってたんだ。恨みをいつまでも覚えてるって」
「ふうん。でもよ、俺たちゃ会った事もねぇんだから、恨みの買い様がねぇだろ?」
「そうなんだけどさぁ」
シロウはウルラに様々な知識を教えた、彼の祖父に少し会ってみたくなった。
ハヤブサの老人…。一体どんな神なのだろうか…。
「アルは蛇神に会った事はあるのか?」
「昔、一度だけあるのじゃ。その時は土地をくれと言って来た其奴を、コテンパンにのしたのじゃ」
「へぇ、優しいお前がコテンパンねぇ?」
「その頃はまだ若くて血の気が多かったからの。今ならちゃんと話を聞いてやるのじゃが…」
アルはその時の事を思い出したのか、少し俯いて話した。
「いつか会えた時にあやまりゃいいさ。あん時は悪かったってよ」
シロウはアルの頭を撫でながらそう言った。
「そうじゃの…。うむ、そうするのじゃ!」
シロウ達はいくつかの領を超え、西の端のミリディアという伯爵の治める土地に辿り着いた。
この地は王都と比べても遜色がない程、発展していた。
伯爵は五大教を推奨し、年中行事の統合や民の価値観の平均化を図り、民の意識を発展に向けているようだった。
その代償として土着の神への信仰が薄れる事になったようだ。
古い神の社は地母神や交易神、叡智神の教会に変わり、古い神は姿を消す結果となっていった。
「この祠もからっぽなのじゃ…。この土地にはもう我のような古い神は必要ないのじゃろうか?」
「そんなにしょげるなよ。また広めりゃいいし、少なくとも俺にゃお前が必要だぜ」
「シロウ…」
アルはシロウの手を握り儚げに笑った。
シロウはそのアルの手を優しく握り返した。
「色々旅をしたけど、東の方が僕らみたいな存在は多いみたいだね。人間は姿を認識できる神より、見えないモノのほうがいいのかなぁ?」
「そうだなぁ…。実際、神様がいて話を聞いてくれるとなりゃ、どうしても頼っちまうからな。領地を繁栄させたい貴族にしてみりゃ、概念だけの神様の方が都合がいいのかもな」
シロウの話は別の土地から旅して来たウルラには、あまりピンと来ないようだった。
彼の故郷ではソカルというハヤブサの神は、強く人々に信じられているのだろう。
シロウ達はルクスに聞いたコリーダという村を探し、領内を旅して回った。
そして領の南西にコリーデという村があるという情報を聞きつけた。
王都で買った地図にも載っていないその村は、低い山の近く、平原に作られた特徴のない一般的な農村だった。
村に着いたシロウは早速、蛇神について村人に話を聞いて回ったが、誰一人そんな神について知る者はいなかった。
「やっぱり消えちまったのか、それとも名前が似てるだけで違う村なのか」
「消えてしまったのなら、少し寂しいのう…」
「どうするのさシロウ?別の魂の場所に向かうのかい?」
「いや、せっかく来たんだ。もう少し探してみようぜ」
「どうせ探すんならこんな田舎じゃなくて、この前寄ったミダスみたいな都会の方が美味しい料理も食べられたのに」
ウルラは酒を求めて立ち寄ったミダスの街を、随分と気に入ったようだ。
確かにあの街は活気に溢れていた。
街は古い街が取り壊され、いたるところで新しい建物が建設されていた。
あの様子だと、現在の二倍、いや三倍ほどの大きさにあの街は拡大するのではないだろうか。
「この酒も無駄になっちまったな」
「別にいいじゃないか。僕が有難く頂くよ。…それじゃ僕はそのお酒に合う獲物を何か獲ってくるよ」
「王都の時みたいに禁猟区に入り込むなよ」
「分かってるって、ホントにシロウは口うるさいなぁ」
ウルラはそう言うと、羽ばたきを残し空に消えた。
シロウはウルラを見送り、アルを連れて村を回った。
収穫は無く日も暮れかけた頃、ウルラが兎を数羽、仕留めて帰ってきた。
日暮れの人の絶えた村の小径に、ハヤブサの姿のウルラが舞い降りる。
人に戻った彼の腕に、小さなエメラルド色の蛇が巻き付いている。
「ただいま。今晩は兎だよ」
「……兎はいいけど、蛇なんて食わねぇぞ?」
「この子は獲物じゃないよ。兎を追ってたら、狐に追われてるこの子に出くわしたんだ。狐は僕を見たら逃げ出したんだけど、地面に下りたら巻き付いて離れなくなっちゃってさ」
「どうすんだ?お前が食うのか?」
「うーん、どうしようかな。妙に懐かれちゃったから、食べるのは抵抗があるなぁ」
シロウ達が話しているとアルがウルラに近づいた。
蛇はアルが近づくと牙を剥いて威嚇を始める。
「こやつ、普通の蛇では無いようじゃぞ」
「こいつが例の神様だってのか?」
「そうやも知れん。我と同じように力を失い、体が小さくなったのではないか?」
「そうだったとしても、これじゃ話も出来ないぜ」
蛇は相変わらずアルに威嚇を続けていた。
「ふむ、シロウ。この蛇に祈ってみるのじゃ。話を出来る程度には回復するかもしれん」
「…やってみるか。そうだな……。よし、蛇神様、俺の中にいる魂について教えてくれ」
シロウは蛇に向かって祈りを捧げた。
最初にアルに祈った時とは違い、彼女が起こした奇跡を何度も見ていた為、信じる想いは幾分強いモノとなった。
シロウの祈りに引っ張られ、中の魂も同時に祈る。
その力は蛇神に流れ、小さな蛇は輝きを増した。
『アルブム・シンマ!!ここは私の土地よ!!さっさと出て行って!!』
幼い声がアルに向けて叫びを上げた。
『まったく、自分の土地に入られた時は、話も良く聞かないで叩きのめして追い出した癖に、ひとの土地には断りもなくズケズケと押し入るなんて、厚顔無恥も甚だしいわ!大体そのしょぼくれた姿はなによ!どうせ信仰を失って別の土地を探して彷徨っていたんでしょ!?はぁ、それで私の豊かな土地に目を付けたって訳ね!駄目よ、駄目駄目!ここは私が見つけたんですからね!』
早口でまくしたてられたアルは、目を白黒させている。
「まさか、いつかの蛇神か?」
『そうよ!貴女が忘れても、私は忘れていないんだから!なによ男を二人も侍らして!厭らしいたらありゃしない!だいたい…』
「まぁ、ちょっと落ち着けよ」
シロウがそう声を掛けると、蛇は妙に色っぽい目を彼に向けた。
『…あら、よく見ると良い男。ねぇ、そんな乱暴な女より私に仕えない?あなたの運気、上げてあ・げ・る』
「運気ねぇ。それよりさっきの願いを叶えて欲しいんだが?」
『なに?魂の話。……聞いてあげてもいいけど只ってのもねぇ』
「こいつでどうだ?」
シロウはそう言って酒瓶を取り出した。
『気が利くじゃない!?お酒なんて何十年ぶりかしら!……そうね、立ち話もなんだから私のお家に来て?』
「家?」
『そうよ。案内するからぁ、連れって行って下さるダーリン?』
蛇はウルラの首に巻き付き、耳元で囁いた。
「ダーリンって僕のこと!?」
『決まってるじゃない。狐の馬鹿から私を救ってくれたハヤブサの王子様。なんか運命感じちゃった』
「ひぃ」
耳を舐められたウルラが小さく悲鳴を上げる。
『もう、初心なんだから…。でもそういう所も可愛くて好きよ』
「……なんか凄ぇな」
「昔、出会った時はこうでは無かったように思うがのう…」
ウルラは蛇に耳を舐められながら、彼女の指示に従い森へ向かった。
蛇はアルが一緒に来ることをかなり嫌がったが、シロウが取り成しなんとか同行を取り付けた。
『ここよ!ようこそ、私の御殿へ。少し散らかってるけど大目にみてね』
蛇が案内してくれたのは、御殿とは名ばかりの小さな社だった。
おそらく何十年、いや百年以上、人の手が入っていないのではないだろうか。
崩れていないのが不思議なくらいだ。
シロウが恐る恐る入り口の扉を開けると、意外にも中は綺麗だった。
中央に火が起こせるよう囲炉裏が据えられ、板張りの床も綺麗に磨き上げられている。
蛇はウルラから離れ、人に姿を変えた。
アルより幼く、三歳ぐらいのエメラルド色の髪の少女が、ウルラの手を引いて家の中に招いている。
特徴的なのはその瞳で、緑がかった黄色の瞳には縦長に細く瞳孔が走っていた。
全員が中に入ると、少女はシロウ達を座らせ、ウルラが持っていた兎を、鮮やかな手つきで解体した。
囲炉裏で種火から火を起こし、網の上に肉を並べるとようやく腰を下ろし、シロウ達を見回した。
「ここにお客様が来るなんて何十年ぶりかしら。…一人お呼びじゃないのもいるけど。…まぁいいわ、ようこそ蛇神イルル・ナハッシュの社へ」
そう言うと少女は妖艶に微笑んだ。