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リイナの婚礼

宴の翌朝、シロウ達はルクスとリイナを連れ村に戻った。

シロウの姿を見つけた村人が、ニコラスに知らせたのだろう。

程なく彼らは村人たちに取り囲まれる事になった。


村人の中から、竜神について話してくれた老婆が歩み出てシロウに尋ねる。


「竜神様は何と仰られたのじゃ?」

「本人に聞けよ」

「本人じゃと?」


シロウはルクスを指し示した。

だが老婆の視線は、ルクスの後ろにリイナに釘付けとなった。


「まさか……」


そう呟き、老婆はフラフラとリイナに歩み寄った。

彼女の顔に手をやり、目を眇め顔を確認する内、濁った眼からは涙が零れた。


「リイナか?…リイナなのか?」

「はい、リイナですお婆ちゃん」


老婆はリイナに駆け寄って、彼女を抱きしめ涙を流した。


「リイナ!?本当にリイナなの!?」


老婆の声を聞いて、リイナに似た女が駆け寄る。


「母さん!?」

「生きていたのねリイナ!?」


母さんと呼ばれた女性は、老婆と共にリイナに抱き着いた。


「うん、病で死にかけていた所をアルブム様に救ってもらったの」


老婆がアルブムと聞いてシロウに目をやった。


「アルブム様…。そこの伝道師が言っておった獅子神様か…。一体何があったのじゃ?」

「お婆ちゃん、ルクス様の話を聞いて」

「ルクス…様?」


リイナの言葉に困惑している村人たちに、ルクスが声を掛ける。


「我はルクス・ドラッウェド。お前達が竜神と崇める者だ。我の話を聞いて欲しい」

「竜神様…?しかし人にしか見えんぞ?」

「ルクス様は本当に竜神様です!」

「だが…」


疑う村人たちに見える様に、ルクスは手のひらの上に炎を立ち昇らせた。


「炎が!?」


炎は舞う様にルクスの周り飛んで、彼が手を握ると一瞬で掻き消えた。


「……我は人では無い。村人よ、どうか我の話を聞いてくれ」


ルクスは本物だと悟りひれ伏す村人たちを立たせ、過去の悪神マグナとの戦いから、捧げられた子供達がどうなったか、さらにシロウ達と協力してマグナを倒した事などを語った。


「ではもう子供は捧げなくても良いのですか?」


リイナの母親がおずおずと尋ねる。


「うむ。我の傷もすべてアルブム殿が癒してくれた。いままで辛い想いをさせて済まなかった。世話役はもう必要ない」

「おお、なんと……ありがたい事じゃ」

「ああ…。ありがとう御座います。アルブム様」


村人達は子供が犠牲にならずにすむと聞き、ルクスを癒したアルに感謝の祈りを捧げた。


「……心地よいのじゃ。やはり純粋な感謝は良いものだの」


アルは深呼吸する様に息をしながら、優しく微笑んだ。


「ご老体、リイナについて頼みがあるのだが…」


ルクスがそう言うと、老婆は祈りを中断し彼に目を向けた。


「なんでしょうか?」

「我はリイナを妻に迎えたいと考えている。その許しが欲しいのだ」

「孫を竜神様の嫁に…」

「ルクス様…」


老婆は目を見開き、リイナは両手を口に当て涙ぐんでいた。


「許していただけるだろうか?必ず幸せにすると約束する」

「勿体ない事でございます。……孫の様な者で本当によろしいのですか?」


老婆の問い掛けにルクスは強く頷いた。


「リイナが良いのだ。この十年、病を押して支えてくれた彼女が…。我の為に犠牲になったこの村の子らの分まで幸せを与えると誓おう」


彼女の母親がリイナを見つめ問い掛けた。


「リイナ、貴女はいいの?竜神様のお嫁さんになりたい?」

「……はい。私はずっとルクス様が村の為に、悪神を抑えようと苦しんでいる所を見て来ました。そんなルクス様をお側でずっとお支えしたいと思っていました」


そう言って笑うリイナはシロウが初めて見た時の弱々しさは無く、その笑顔は光を放っているようだった。

母親はリイナを見てニッコリ微笑んだ。


「そんな風に笑えるんだもの。本当に好きなのね」

「はい、私はルクス様を愛しています」

「フフッ。あなた?あなたはどうなの?」


母親は振り返り、村人の中で呆然としていた一人の男に問い掛けた。


「あ?ああ。……リイナが幸せなら俺は構わない。……竜神様、娘をよろしくお願いします」

「うむ、大切にすると約束する」


ルクスは銀の瞳は真っすぐに男に向け、しっかりと頷いた。


「決まりじゃな。では皆の衆、善は急げじゃ。さっそく婚礼の準備を始めよう。心配せんでも金は儂が出す。今宵は大いに騒いでくれ」


老婆の言葉で村は歓声に包まれた。

村人が湧くなか、シロウは老婆に近寄り耳打ちする。


「よぉ、婆さん。大丈夫なのか?そんな大盤振る舞いして?」

「元々、孫が…、リイナが嫁に行く時の為に貯めておいた金じゃ。生い先短い婆が持っておってもしょうがなかろう。お前達も孫を祝ってやってくれ」


「そうか…。そんじゃあ盛大に祝ってやるか」

「二日連続ご馳走だよ!やったねアル!」

「そうじゃな。……良かったのうリイナ」


そう呟くアルは、ルクスに寄りそうリイナを羨ましそうに見ていた。



村人達は総出で婚礼の準備を整え、普段は静かな村は賑やかな喜びの声に包まれた。

それまで村人によって隠されていた子供たちは、声を上げて走り回った。

その中心ではルクスとリイナが婚礼の衣装を纏い、用意された壇上で座っている。


ルクスは少し居心地悪そうにしている。

リイナはそんなルクスを可笑しそうに見つめていた。


「良いもんだな。こういうのもよ」

「僕とラケルの結婚の時は、これよりもっと盛大な物にするよ。その時は二人も呼ぶから絶対に来てよね」

「はいはい」


ウルラの話にぞんざいに答えながら、シロウはアルに目をやった。

彼女は目をキラキラさせ、リイナを見つめていた。


その横顔を見ていたシロウの目に、不意にとても美しい妙齢の女性の姿が浮かぶ。

自ら光を発しているとしか思えない輝く白い髪に、夜明けの空の様な深いブルーの瞳、花に似たピンク色の唇、雪の様な白い肌。


神々しいその姿は女神と呼ぶにふさわしい物だった。


突然の事に、シロウは目をしばたたき頭を振った。

そんなシロウを不思議そうに見上げるアルは、もういつものアルだった。


「どうしたのじゃシロウ?気分でも悪いのか?」

「……いや、何でもねぇ。それよりアル、もっと食え。旅に出たらこんなご馳走暫く食えねぇぞ」

「そうじゃの!」


さっきのは、アル本来の姿だったのだろうか…。


――アルブム殿はお前に惚れているようだぞ?――


不意にルクスの言葉が脳裏をよぎるが、シロウはそれを打ち消して、目の前の肉を口に運んだ。




翌朝、村人たちに見送られ、シロウ達は西に向かって旅立つ事にした。

旅立ちの前、ルクスがシロウに蛇神について色々教えてくれた。


「彼女がいたのは、ここから西。コリーダという小さな村だ。そうだ、彼女に会うなら美味い酒を持っていけ。きっと歓迎してくれる筈だ」


「コリーダ?そんな村、地図に載ってたかな?」

「なにぶん二百年以上前の事だからな。村はもうないかもしれん」

「まあとにかく行ってみるさ」


「シロウ、アルブム殿、ウルラ。三人には本当に世話になった。何か困った事があったら声を掛けてくれ。いかなる時でも駆け付けると約束しよう」


「ああ、そん時はよろしく頼むわ。そうだ、婆さん。この麦なんだけどよぉ。村で育ててもらえねぇか?」


シロウは鞄から、袋に包んでいた麦の芽を取り出し老婆に差し出した。

老婆は差し出された麦を訝し気に受け取った。


「この麦を?」

「ああ、そいつも人の中で育てられた方が幸せな筈だしな」

「幸せ?どういう事じゃ?」

「まぁとにかく大事に育ててみてくれよ。多分美味いと思うぜ」

「お主がそう言うなら育ててみるが…。最後までよく分からん男じゃ」


老婆は肩をすくめながら麦の芽を見つめた。


「んじゃな。ルクス、リイナを大事にしろよ。そうそうルクスだけじゃなく、アルブム様にも祈りを捧げてくれよ」

「ルクス、リイナ。二人とも元気での。怪我や病気の時は我に願え」

「僕も一緒になりたい女性がいるんだ。式の時は呼ぶから二人とも来てよね」


シロウ達は挨拶もそこそこに、村を後にして西へ向かった。


その後、この村は山間にありながら、毎年豊かな恵みの実る豊穣の村として知られる様になる。

村で採れた麦は豊かな香りと甘さで、その麦で作ったパンは貴族の食卓に上がる程だったという。

やがてこの村から、赤い髪の女性が北へ嫁ぐ事になるのだが、それはまた別の話。

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