戦いの後
竜巻が巻き上げた水が雨の様に降り注いでいた。
それがマグナの体を焼いていた炎を消していく。
「アル、大丈夫か?」
「疲れたのじゃ…。シロウ抱っこ」
「…しょうがねぇ奴だな」
シロウはアルを抱き上げウルラ達の元へ向かった。
ルクスは既に人に姿を変えていた。
「シロウ、見事だった。まさか悪神が心を取り戻すとは思わなかったぞ」
「たまたま上手くいっただけだ」
「シロウ、頑張ったんだから少しは認めてよね!」
「ああ、よくやったウルラ」
シロウの言葉にウルラは照れ臭そうに頭を掻いた。
「ルクス様!」
声の主に目をやるとリイナが洞窟の入り口に立っていた。
ルクスが駆け寄りリイナの体を支える。
「リイナ!?寝ていなくてはならんだろう!?」
「それが、先ほど目覚めてから、胸の苦しさも体の痛みもどんどん引いていくのです」
そう言われればルクス自身、マグナに蝕まれていた筈の体の痛みを、いつの間にか感じなくなっていた。
「当然じゃ。我の力が宿った水をそれだけ浴びておればの」
ルクスは降り注ぐ雨に手をやり、空を見上げた。
「癒しの雨か……。にしてもこれは…。こんな優しく強い力は初めてだ」
雨として湖に戻った水は淡く緑の光を放っていた。
「すこしやり過ぎたかの…」
「いいんじゃねぇか、リイナも治ったみてぇだし」
そう言うとシロウは、足元の麦の芽を土ごと掘り出した。
「どうするんじゃ?」
「村の連中に育てて貰おうかと思ってよ。この麦が根付けばマグナも寂しくねぇだろ」
「シロウ…」
その後、シロウ達はルクスの洞窟で、ウルラが獲って来た鹿でささやかな宴を開いた。
ルクスが出してきた酒でウルラはしたたかに酔っぱらい、今は寝息を立てている。
アルは疲れからか宴が始まってしばらくすると、船を漕ぎ始め、今はリイナと一緒に寝室で眠っている。
部屋に残ったのはシロウとルクスだけだった。
「こんなに穏やかな夜は久しぶりだ。シロウ感謝する」
「別にいいさ。それよりお前、ちゃんと村の連中に説明しろよ。大分誤解があるみたいだぞ」
「……悪神の毒気の事もあったが、我は人と触れ合うのが苦手でな。……そうだな、リイナの事もあるし歩み寄ってみよう」
「そうしな。さてと、ロビン言いたい事があるんだろ?」
シロウが問いかけるとロビンの魂が姿を見せた。
彼はルクスの前に跪き、頭を垂れた。
『…竜神よ。俺の短慮で迷惑を掛けた。…その尻拭いを娘にさせていたとは梅雨知らず、俺はお前を殺そうと武器を探してさまよっていた。……浅はかだった。すまん』
「…立てロビン。我も人との交流を疎んじ、なんの説明もしなかった。あの時の事は我の怠惰にも責任がある」
『一つ、聞きたい。娘は…ターニャは…幸せだったのだろうか?』
「……彼女が幸せだったかは我には分からん。だが彼女はよく笑っていた。それにターニャと過ごした日々は、我にとってかけがえの無いものだった…」
『そうか……』
ルクスとロビンはそう話、お互いの顔を見つめた。
「男同士、見つめ合ってんじゃねぇよ。もういいだろ、終わりよければ全て良しってな」
シロウの言葉で、二人は一瞬キョトンとした後、顔を見合わせ笑い始めた。
「いい加減な男だな」
『まったくだ』
「なんだよ…。世の中、少しぐらいいい加減な方が生きやすいってもんさ。張り詰めてると肩が凝るばっかりだぜ」
二人はそれを聞いて爆笑した。
「……何?」
「何でもねぇよ。寝てろ」
「そうなの…。じゃあお休み」
笑い声で寝ていたウルラが寝ぼけまなこでこちらを見たが、シロウの言葉で再び目を閉じた。
二人の笑いが収まるのを待って、シロウは弓をルクスに差し出した。
「こいつは返しとくぜ」
「…いや、それはお前が持っておけ。旅を続けるのなら、役に立つ事もあるだろう」
シロウは弓を見つめ少し考え、頷いた。
「そうだな。悪神ってのがまた出るかも知れねぇし、頂いておくとするか」
『では、俺の経験もお前にやろう。弓があっても当てられんのでは意味がないしな』
「……行くのか?」
『ああ、俺はずっと娘の事が気がかりだった。それも分かったしな。もう思い残す事はない。…シロウ、ありがとう』
ロビンの魂は光を放ち、シロウの中に引き絞られた弦の様な感覚を残して虚空に消えた。
「ロビンは行ったのか?」
「ああ」
「シロウとアルブム殿はずっとこんな事をしているのか?」
「そうしねぇと人並みに死ぬ事も出来ねぇんでな」
ルクスは目を細め、シロウの中を覗き見る様な仕草をした。
「なるほど…。それがお前の力の源か。……シロウ、もしお前が人に戻りたいのであれば西に向かえ」
「西?何があるんだ?」
「西の地にはかつて地を守っていた蛇神がいた。最後に会ったのが二百年以上前だから、今もいるかは分からんが、彼女が健在なら内に棲み付いた魂について、相談に乗ってくれるはずだ」
西の蛇神…。
確かにこの調子で一人一人後悔を晴らしていたのでは、全てを解放するまで何年かかるか分からない。
それもいいかなとシロウが考えていると、ルクスは更に言葉を続けた。
「ただ、お前の人外の力は膨大な魂によるものだ。解き放てば普通の人と変わらなくなる。力だけでなく寿命もな。その事はアルブム殿とよく話し合え」
「アルと?あいつとは元々、魂を解放するのを手伝う代わりに、アルの事を広めるって事で一緒にいるんだぜ?」
ルクスは呆れた様な顔をしてシロウを見た。
「気付いていないのか?アルブム殿はお前に惚れているようだぞ?」
「アルが?…無い無い。たしかにあいつはよく懐いているが、まだ子供だぞ?俺も自分の子供に重ねて、可愛がってはいるけどよぉ」
ルクスはため息を吐いて言葉を続けた。
「よいかシロウ、アルブム殿が子供の姿なのは力を失っているからだ。本来の彼女は恐らく我よりも古い神だ。……彼女は十分に成熟した女性だよ」
「……そうなの?…アルがねぇ」
「…まあいい。旅を続けアルブム殿の事を広めれば、それ程、時を置かず彼女は力を取り戻すだろう。そうなった時にどうするか考えればよい」
「大人の女…。アルがねぇ…」
シロウはアルが成長した姿を思い浮かべようとしたが、出てきたのは美味そうに鹿肉を頬張っていた姿で、大人になったアルを想像する事は出来なかった。
「古来より、人と神が結ばれた例がない訳では無い」
「ウルラは聞いた事が無いって言ってたぜ」
「彼はまだ若いからな。現に我もリイナを妻に迎えようと思っている」
「ホントかよ!?そりゃ目出度ぇ!」
ルクス少し悲しそうに笑って言った。
「神と人では共に過ごせる時間は刹那であろうがな」
「それでも、婆になって死ぬまで一緒にいたいんだろ?」
「まあな。だからお前が少し羨ましい。魂を解放しなければ、長い時を共に過ごせるお前とアルブム殿が…」
ルクスの言葉でシロウは考える。
人と人でさえ同じ時は過ごせない。
大体は何方かが何方かを見送る事になる。
人と神であれば、恐らく神が人を見送る事になるだろう。
アルに見送られて死ぬか…、そん時はあいつには笑っていて欲しいな。
シロウは泣きじゃくるアルの顔を想像して、多分無理だろうなと少し笑った。