神殺し
「それじゃあやろうか、神殺しを」
シロウの言葉を聞いて、ルクスが彼に歩み寄った。
ルクスが手を振ると炎が舞って、彼の手に一張りの弓が現れる。
『それは俺の…』
「ターニャの父、ロビンだったか。これはお前の弓を我が炎で鍛えた物だ。悪神にも通じよう、使ってくれ」
「弓か…。ロビン、体を貸してやる。これはお前の仕事だ」
『俺の仕事…』
「娘にいいとこ見せろよ。父親だろ?」
ロビンはシロウに歩みより、彼の体に消えた。
シロウの体を操ったロビンは、ルクスから弓を受け取った。
「お前を殺す為に求めた神殺しの武器を、お前から受け取る事になるとは…因果なモノだ」
「ロビンが操っているのか…?フフッ、世の中とは得てしてそういう物だろう」
洞窟に降り立ったウルラは、訳が分からずアルに事情を尋ねている。
「ねぇ、どうなってるの?神殺しとか物騒な単語が聞こえたんだけど?」
「今からそこの竜神ルクスの中におる悪神を、我らで倒すのじゃ」
「我ら!?僕も入ってるの!?嫌だよ、悪神なんて!?穢れたらどうするのさ!?」
「穢れなど全て我が払ってくれるわ!!我は癒しの獅子神アルブム・シンマぞ!!」
ウルラは落ち着かなげに、アワアワと口に手をやった。
「なんでこんな事になってるんだよ…。僕が折角うまそうな鹿を仕留めてきたのに…」
「鹿じゃと!?でかしたウルラ!!事が済んだ後は鹿肉で宴じゃな!!」
「…なんかアルは張り切ってるし、シロウどうなってるんだよ?」
『後顧の憂いを絶つためさ。諦めて協力しろって…今は聞こえねぇのか』
「シロウ、何とか言ってよ!?」
「なにをする!?止めんか!?」
ロビンの抗議も聞かず、ウルラはシロウの体を揺さぶりながら声を荒げる。
そんなウルラにルクスが声を掛けた。
「貴様も勇敢なソカル族の一員だろう?そんな事では空の勇者の名が泣くぞ」
「うう、空の勇者は爺ちゃんだよ…。分かったよやればいいんだろ!!やれば!!」
ウルラはヤケクソ気味に叫んだ。
ルクスは洞窟を出て姿を竜に変えた。
『奴は蜘蛛神だ。動きを封じられん様に気を付けろ』
「分かった。所でこの弓の矢は無いのか?」
『矢など不要だ。唯引くだけでよい』
「引くだけで?」
シロウの体を使い、ロビンが弓を構え引くと、弓から炎が上がり赤く輝く矢がつがえられた。
「なるほど、これは便利だ」
『気を付けて使え。森に矢が落ちれば火の海になるぞ』
「誰に言っている。俺が外す訳ないだろう」
『生意気な人間だ…。フフッ、さすがターニャの父親だ』
笑い合う二人を、ウルラはまだ及び腰で見ていた。
「なんでみんなそんなにやる気満々なの!?悪神だよ!?迷惑の塊みたいな奴なんだよ!?」
「ウルラ、シャキッとせい!!そんな事ではラケルに嫌われるぞ!!」
「ラケル……。そうだよね。ラケルの旦那さんも悪神と戦ったんだもんね。なら僕も……」
ウルラも覚悟を決めたようだ。
ルクスは全員の気持ちが固まったのを確認し、口を大きく開いた。
そこから黒い靄が吐き出され、黒い塊が勢いよく飛び出す。
塊は湖に落ち、周囲の水をどす黒く染めた。
その中心から巨大な女が水しぶきを上げて立ち上がる。
「ふう、ようやく出す気になったのね。まったく、強情なんだから」
上半身は女、下半身は巨大な蜘蛛の姿の怪物が艶のある声で話しかけた。
黒く染まった体、赤黒い瞳は怪物が闇に落ちた事を示していた。
女の周辺の水、黒く染まった水には無数の魚が浮かび、水は悪臭を放っている。
『手早く終わらそう。我は炎で上空から攻撃する。ソカル、お前は風で援護。ロビン、お前は我らの作った隙を突け。アルブム殿は穢れが広がらない様に払ってほしい』
「分かった」
「承知」
「任せるのじゃ」
『では行くぞ!!』
ルクスの声でウルラ達は三方に散らばった。
ルクスは翼をはためかせ、悪神の頭上から炎を浴びせる。
「相変わらず芸の無い男」
悪神は糸を吐き出し、ルクスが吐いた炎を絡めとる。
更に両手からも糸を出し、ルクスの翼に絡ませようと伸ばす。
「させないよ」
ウルラは風を操り無数に伸びた糸を断ち切った。
「あら、新顔がいるじゃない?一人ぼっちの貴方にもお友達が出来たのねぇ。じゃあまずお友達から殺す事にしましょうか?」
『グッ!?しまった!!』
悪神は爆ぜる様に糸を噴出すると、それにルクスが怯んだ隙に湖面を滑るように移動した。
八本の足がウルラに向けて疾走する。
「舐めるなよ!僕もソカル族の一員だぞ!!」
ウルラは風の刃を次々と放つ、しかし悪神は余裕の笑みを浮かべその刃を糸で絡めとる。
「フフッ、可愛い坊や。まだひな鳥じゃない?……美味しそう」
「ヒッ!」
悪神の舌なめずりにウルラは思わず後退った。
「ウルラ、怯むな!!我がお主を守ってやるのじゃ!!」
アルが叫びを上げ、緑の光を放つ。
その光は湖の黒く淀んだ水を浄化していく。
「この光は…、私の力を払うなんて…」
悪神は光の強さに目を覆う。
「グガッ!!」
まるで閃光のようだった。
悪神の見せた一瞬の隙を突いて、炎の矢が虚空を貫いた。
矢は悪神の上半身、脇腹を抉り爆発的な炎を吹き出す。
湖の側でロビンが弓を片手に、その光景を茫然と見つめている。
「これが神殺しの武器の力か……」
「ガアアアアアアアアァ!!!」
炎は悪神を包み勢い良く燃え上がる。
「凄いのじゃ!!」
「やったの!?倒したの!?」
『いや、まだだ。この程度で倒せるようなら我も苦労はせん』
ルクスが上空から二人に告げた。
糸が繭を作り炎を包み込んだ。
その繭を破り悪神が姿を現す。
『よくも地母神たる私の肌に傷を!!』
悪神は完全な蜘蛛の姿になっていた。
その体から漏れ出る毒気は、湖面を伝わり周囲の森を枯らし始める。
『いかん、毒は容易に村まで届くぞ!!』
「任せてよ!!」
ウルラは悪神を中心に竜巻を起こし、広がる毒を吸い上げた。
『そのまま続けろ!!』
「キツイんだけど!!」
『弱音を吐くな!!絞り出せ!!』
「分かったよ!!」
竜巻は勢いを増し、毒気のみならず湖の水も吸い上げた。
『いいぞ!!さすがソカルだ!!』
ウルラが生みだした竜巻に乗せる様に、ルクスは炎を吐いた。
炎は飲み込んだ毒も水も飲み込み、湖面はその熱で爆発し白く霞んだ。
竜巻は炎を巻いて悪神を焼く。
『ギャアアア!!おのれ!!許さん!!許さんぞ!!』
『アルブム殿!!浄化の光を!!』
「分かったのじゃ!!」
アルは竜巻の中心に向けて、ありったけの力で光を放った。
薄緑の光が爆発し、竜巻を包んだ。
『止めろ!!私の力が!!私の命が!!おのれ!!おのれ!!このまま終われるか!!!』
炎に焼かれる事も厭わず、悪神は竜巻を抜け出して水面を走った
焼け焦げボロボロになった体でアルの前に立つ。
『アルブム殿!!』
「アル!!」
ルクスもウルラも攻撃で息が上がり、動く事が出来ない。
『忌々しい小娘が!!』
悪神はアルの前で巨大な足を振り上げた。
アルは先ほどの光で力を使い果たしたのか、へたり込んだまま微動だにしない。
『死ねぇ!!』
振り下ろした足が届く前に、その足は輝く刃に断ち切られた。
「やらせる訳ねぇだろ!!」
『グアアアアアア!!!私の!!私の足が!!』
「ロビンにぁ悪いが、アルに手ぇ出す奴は許せねぇんでな」
シロウは悪神が怯んだ隙を突き、足を次々と斬り飛ばす。
「二つ…三つ…四つ…」
『グアア!!止めろ!!』
その技はいつしかカーグ山で、ソラスが長を行動不能する為見せた剣技だった。
体を捻り回転するようにシロウは剣を振るう。
「五つ…六つ」
『止めろ!!止めてくれ!!!』
「七つ…最後八つ目だ」
悪神は全ての足を刈り取られ、轟音を立て大地に崩れ落ちる。
『信じられん…、いくら弱っていたとはいえ、これほど一方的に…』
「シロウはアルを溺愛してるからね。相当頭に来たんじゃない?」
「そこ!!溺愛なんぞしてねぇからな!!ちょっと……頭に血が上っただけだ!」
シロウは剣を収め、背負っていた弓を手にロビンに呼び掛けた。
「…邪魔して悪かったな。とどめはアンタが決めな」
『分かった。……感謝する』
ロビンは矢をつがえ、悪神の頭に狙いを定めた。
『お願い…見逃して…もう此処にはこないから…あやまるから…』
悪神は同情を誘う様に弱々しく声を出す。
「……詫び等要らん。…お前を殺してもターニャは帰って来ない。だが娘が守ろうとした未来は、父親である俺が守らんとな」
引き絞られた弦に命乞いは無駄だと悟った悪神は、残された体で飛び跳ね、ロビンを飲み込もうと口を開け襲いかかった。
『貴様だけでも道連れにしてくれる!!』
「さらばだ。堕ちた神よ」
矢は解き放たれ、元は地母神だった神の口内を通り抜け、体内を焼きながら、腹を突き抜けた。
悪神は体内から爆発するように燃え上がった。
大地に落ちた頭が、不意に人の姿に変わる。
炎に焼かれながら、彼女は言う。
『……私は地母神よ……それを忘れた人間が悪いんじゃない……消えたくない……消えたくないよう』
シロウは彼女に語り掛けた。
『……人も神もいつか死んで忘れられる。…それまでに何かを遺すのさ。…お前も何かを遺したんだろ?』
私が遺した物……。
悪神の脳裏に豊かに実った麦畑が浮かんだ。
人々が笑いながら焼いたパンを食べている。
そうだ。私はもう一度みんなの笑顔を見たかったのだ。
力を取り戻せばそれが叶うと思っていた。
『私が…残した物……フフッ、みんな美味しそうに食べてた』
『…お前、名前は?』
悪神はシロウの問い掛けに、首を傾げ少し微笑んだ。
『変な事聞くわね……。マグナ・マクラ。かつて豊穣の神として生きた女よ』
『マグナだな。…生まれ変わったら一緒に飯でも食おうぜ』
『…そうね……。名前を聞いておこうかしら?』
『俺はシロウだ』
『シロウね…。思い出させてくれてありがとう…。さようならシロウ。またあえたらパンを……』
マグナは燃え尽き消えた。
彼女が消えた後には、小さな麦の芽が芽吹いていた。