生きる道
ルクスの願いにシロウ達が困惑していると、広間の建物から一人の女が姿を見せた。
「ルクス様…、どうされたのですか?」
女はか細い声でルクスに問い掛ける。
女は酷くやつれ、入り口にもたれかかる様に体を支えていた。
「リイナ!?寝ていろと言っただろう!?」
「ですが…、大きな音が聞こえましたので…、また、ゴホッ、ゴホッ、発作かと…」
そう言うとリイナは口を押え倒れ込んだ。
ルクスは彼女に駆け寄り、その身を支えてやる。
意識を失ったリイナを抱き上げ、ルクスは建物の中に消えた。
シロウとアルは顔を見合わせ、頷き合うとルクスを追い建物に入った。
建物は簡素な作りだったが、人が暮らすには十分な家具がそろっていた。
ルクスはリイナをベッドに寝かせると、彼女の手を握りながらシロウ達に語り始めた。
「彼女で六人目だ…。リイナは我の世話役として村から送られて来た」
「どこか悪いのか?」
アルはベッドに駆け寄りリイナの、苦痛に歪む顔を見ながら尋ねる。
「我の中にいる悪神の力が、世話役の体を蝕むのだ。悪神を飲み込んだ当初は、我もその力を抑えておくことが出来た。だが奴は我の腹の中で力を蓄え、漏れ出す毒気はどんどん強くなった」
「娘の体はその毒気にやられたのか…。じゃが我なら毒気を払えるやもしれぬ」
アルはリイナに向け癒しの光を注いだ。
彼女の顔が少し和らいだ様に見えたが、またすぐに歪んだ。
「駄目なのじゃ。洞窟に満ちる毒気が娘の回復を妨げておる」
「やはりか…。何十年か前、猟師の男に傷を負わされ、それ以来、我は時折意識を失う様になった。決まってその後は洞窟に濃い毒気が満ちる」
「猟師…。ロビンだな。おいロビン、隠れてないで出て来いよ!!」
シロウの体から弾き出される様に髭面の男が現れた。
毛皮の外套を着た逞しい男だ。
「貴様はあの時の…?教えてくれ?ずっと疑問だった。我を崇めていた村の者が、何故我に矢を向けたのか…」
『……竜神よ、俺は…、俺は娘を失いたく無かったのだ。世話役がターニャに決まったと知った時、俺は村の連中に隠れてこの洞窟に来た。その時見たのだ。お前がやせ衰えた男を埋葬している姿を…。娘をそんな姿にしたくなかった』
ルクスは懐かしい様な、悲しい様なそんな顔をした。
「ターニャの父親だったのか…。あの娘には本当に良くしてもらった。彼女は我が悪神に支配されそうになるたび、毒気に曝されるのも厭わず、我を抱きしめてくれた。ターニャのお蔭で我は村を襲わずにすんだ」
『ターニャはここにいたのか!?俺がお前を殺しきれず、神殺しの武器を探してさまよっている間も!?』
ルクスは少し笑ってそれに答える。
「フフッ、男は駄目だな。すぐに邪魔なモノを排除しようと考える。我も良くターニャに叱られたよ」
『どういう事だ!?邪魔なモノとは村の事か!?』
「違う。……我だ。我自身が悪神に乗っ取られるのも、時間の問題だと分かっていた。自らを滅ぼそうと考えていたのだ。しかしその事をターニャに気付かれてな…。あの娘は神である我を泣きながら叱ってくれた。生きる道を探せと…。だから世話役達を犠牲にしながら、今まで生きてきたのだ。世話役達の死を無駄にしない為に…」
生きる道……。
シロウはリーネとレントの死を知って、生きる事を放棄し死を求め祠に向かった。
二人に詫びたい気持ちは、変わらず心の中にある。
しかしルクスの話を聞いて、安易に死を選ぶ事が、彼らに報いる道なのか分からなくなってきた。
生きる道……。未来……。リーネ、レント……。
『ターニャは…ターニャは何処に?』
「こっちだ。ついて来い」
ルクスはそう言って建物から出た。
ロビンはその後を追い、滑る様に建物から出て行った。
それを見たアルは、腕を組んで考え込んでいるシロウの服の裾を引いてルクスを追う。
ルクスはロビンに建物の隣に並ぶ柱の一つを指し示していた。
「右から二番目。その下に彼女は眠っている。次の世話役に我の事を頼んで、眠る様に息を引き取った」
『ターニャ…ターニャ!!』
ロビンは柱に縋り付いて泣き崩れた。
『俺が短慮を起こしたばっかりに……』
「いや、元はといえば、我が悪神を倒せなかった事が原因だ。済まない」
二人が墓を見下ろし沈み込む中、考えこんでいたシロウが突然声を上げた。
「分かったぜ!!」
『シロウ!?』
「何事だ人間!?一体何が分かったのだ!?」
「俺達のやることだよ!悪神を倒す!そしたら村の連中も、もう子供を捧げなくていいんだろ!?やろうぜ神殺し!」
ロビンとルクスは呆気に取られてシロウを見た。
『神殺し…』
「貴様、本気か?」
「封じるって事は、いつか復活するかも知れねぇんだろ?きれいさっぱり送ってやろうぜ!」
シロウの提案にルクスは顔をしかめる。
「しかし、ターニャは…」
「女が未来を作って、男はそれを守る為に戦う。こいつは生き物の性だと俺は思う。だからこの世に男と女がいるんだと思うぜ。戦おうぜ、未来を守る為によぉ」
「未来を…」
『守る…』
アルがシロウを見上げ不安げに尋ねる。
「シロウ、神を殺せば穢れを受けるやもしれんぞ?」
「悪神なんてモノは残しておきたくねぇ。それによぉ俺がやられた時はアル、お前が癒してくれんだろ?なぁ偉大な獅子神様?」
シロウはそう言ってアルに笑い掛けた。
「……我は偉大な獅子神。……我は癒しの神」
アルがそう呟いた時、彼女の体がまるで爆発の様な強い光に包まれた。
「これは…なんという…」
ルクスの驚きの声が聞こえる。
光が消えた時、アルは十歳ほどに成長していた。
「シロウ…我は…」
アルは自分の手を見た後、戸惑いながらシロウを見上げた。
シロウはその頭を撫でてニカッと笑う。
「頼りにしてるぜ。相棒!」
「シロウ…うむ、任せるのじゃ!」
アルがシロウに笑い掛けた時、空から羽ばたきが聞こえてきた。
『すごい光が見えたから来てみたら、シロウとアルじゃないか?…となりにいるのはここの土地神かい?』
「ちょうど面子も揃ったな。それじゃあやろうか、神殺しを」