竜神の村
シロウ達は街を出た後、次の魂を解放する為、西へ向かっていた。
「しかし、あの屋敷の地下の迷路は何だったのかのう?」
「あそこの元の持ち主はギルド幹部だったみてぇだから、抜け穴とか隠し倉庫だったんじゃねぇかな?」
「隠し倉庫!?…ねぇシロウ、屋敷に戻らない?」
ウルラはすこしソワソワしながらシロウに尋ねた。
「なんでだよ?今目指してんのは西の村だぜ?」
「だって、盗賊の隠し倉庫なんだろ?凄い宝石とかあるかも知れないじゃないか?」
「仮にあってもパサンの物だ。それにアクセサリーはもう買ったろ?」
「そうだけどさ…。ラケルにはもっと大きいヤツが似合うと思うんだよね」
ウルラは、街で買ったネックレスを袋から取り出し、ため息を吐いた。
ネックレスは確かにそれ程高価な品ではないが、銀の鎖と琥珀の組み合わせをシロウは、彼女の金の瞳に良く似合うと思った。
「ウルラ、琥珀はラケルにあってると思うぜ、それによぉ豪華な宝石もいいが、ラケルはそんな事、気にしない筈だぜ」
「僕が気にするんだよ!」
「ウルラは何がそんなに気になるのじゃ?石は食べる事は出来んぞ?」
「アルはお子様だから分からないんだよ!」
「我は子供ではない!」
アルが幾つなのかは知らないが彼女を幼く感じるのは、体に引っ張られているのではないかとシロウは考えていた。
彼女の見た目は現在、人の姿で言えば八歳ぐらいだろうか。
色気より食い気なのは仕方が無いだろう。
「アル、ウルラはラケルに気に入られたくて必死なんだ。優しくしてやれ」
シロウはそう囁いてアルの頭を撫でた。
「うにぁ…。仕方ないのう…。ウルラ、その首飾りはきっとラケルも気に入るのじゃ。胸を張って渡せばよい」
「…そうかなぁ?」
「そうとも」
アルの言葉でウルラは少し元気付けられたのか、ネックレスを腰の袋に仕舞いポンと叩いた。
シロウが当たりを付け向かっているのは、領境を超えた先にある山間の村だった。
アルが視たのは髭面の中年男で、その村には彼の娘らしき少女が暮らしているらしい。
だがシュナの例もある。
既に何十年も月日が流れ、もうその少女が亡くなっている事も考えられた。
「なぁアル、その髭面が何者なのかは分からねぇのか?」
「それがのう、多分狩人ではないかとは思うんじゃが…」
「狩人ねぇ、弓でも持ってたのか?」
「うむ、弓を持って山の中を彷徨い獲物の鹿を仕留め、村に戻った所が視えたのじゃ」
アルの話を聞いて、少し不思議に思った事を訪ねてみる。
「山の中にいたのに、良く西の村だって分かったな?」
「魂に触れると、帰りたい方向と距離を漠然と感じるのじゃ。じゃからもし我らがもっと西にいたら東の村と言ったのじゃ」
「ふうん、魂の帰りたい場所か…。記憶なのか、本能なのか…。僕は巣の場所をどこにいても感じるけど、そういう事なのかな?」
人は行動して頭の中に地図を構築するが、空を飛び旅をしていたウルラの地図は、人の物よりずっと大きいのかも知れない。
数日程、旅を続け山の中の街道を進むと、目的の村が見えて来た。
「あの村じゃ!随分変わっておるが山の形は一緒じゃ!」
アルが雪を被った山を指差し声を上げた。
シロウの印象は田舎の山里といった物で、取り立てて何も感じる物はなかった。
だが村に入るとその印象は一変した。
何と言うか暗く沈んでいる。
活気が無く、これまで立ち寄った道中の村とは雰囲気が違う。
村の中を歩いていると、シロウは違和感の正体に気が付いた。
子供の姿が無いのだ。
今までの村には、必ず走り回っている子供の姿があった。
しかしこの村では、外で作業しているのは大人だけで、一人の子供もいない。
その大人達も話しかけてくる訳でも無く、暗い瞳でシロウ達を眺めるだけだった。
ただ大人達のアルを見る、ジトっとした視線がシロウには気になった。
「静かな村じゃの」
「いいじゃないか、騒がしくなくて。僕は嫌いじゃないよ」
「ニムの村みてぇに、山賊にでも狙われてんのかねぇ?まあいい、アル、取り敢えずお前が視た家に案内してくれ」
しかしアルはキョロキョロと周囲を見回すと、困った様にシロウを見上げた。
「よく分からんのじゃ。家の場所が全然違うのじゃ。…また時が経ちすぎたのかのう」
「しょうがねぇ。大体でいいから連れてってくれよ」
「分かったのじゃ」
アルは時折立ち止まり、周囲を見回しながらシロウ達を導いていく。
「シロウ、その魂の知り合いが、もう誰もいなかったらどうするのさ?」
「そうさなぁ…。お手上げだ。何とか納得してもらって、出て行ってもらうしかねぇなぁ」
「…君、楽観的だねぇ」
「シロウ、ここじゃ!」
アルが指し示したのは、朽果てた木造の家だった。
殆ど柱は崩れ屋根は落ち、家というよりは残骸というべきだろう。
「こりゃ、望み薄だな」
『ターニャ、俺が間に合わなかったばかりに…』
「当たりか?…おっさん、俺はシロウ。お前は?」
しかしシロウの問い掛けに魂が答える事は無かった。
「声が聞こえたのか?」
「ああ、でも黙り込んじまった」
「どうするんだい?」
「娘の名前は分かった。ターニャだ。…村の連中に聞き込むとするか」
それを聞いたウルラはシロウ達から離れ、村の入り口へ向かった。
「僕は少し狩りをして来るよ。この辺りは獲物が多そうだ」
「晩飯までには帰って来いよ」
「……あのねぇシロウ、僕は神だよ。こう見えて君の何倍も生きてるんだ。母さんみたいな事言わないでよ」
「お前を大人だなと思えたら、考えってやってもいい」
「言ったね。それじゃあ、とびっきりの大物を捕まえて、大人って所を見せてあげるよ」
ウルラはそう言って駆け出した。
「そういう所なんだがなぁ」
シロウの声はウルラには届かず、村に積もった雪に消えた。
ウルラが狩りに出た後、シロウとアルはターニャについて村人に聞いて回った。
村人の殆どはターニャ等、知らないと素気無かったが、一人の老婆だけは彼女の事を覚えていると話した。
彼女はシロウ達を家に招き入れ、ターニャについて話し始めた。
「ターニャ…。ターニャか、随分と懐かしい名前だ」
「そのターニャの親父の名前が知りてぇんだ。教えてくれるか婆さん?」
「彼女の父親はロビン。村で一番の猟師で一番の馬鹿者さ」
「馬鹿者?どういうことだ?」
老婆は細い目を開き、少し白濁した目でシロウを見た。
「あの男はねぇ、竜神様の怒りを買っちまったんだ。その所為でこの村じゃ三十年に一度だったのが、十年に一度、竜神様に捧げ物をしないといけなくなっちまった」
「竜神の怒り?」
老婆はアルを見て薄く笑い話を続ける。
「そうさ、あの男は村で決まった捧げものを拒み、竜神様を殺そうとしたんだ。恐れ多いことだよ」
「なぁ、さっきから言ってる捧げものってなんだ?」
「……知りたいかい?それはね、子供さ!!」
老婆の声を合図に、鍬や鉈を持った男たちが扉を破りシロウ達に迫る。
「なんとなく、こうなんじゃねぇかとは思ってたけどよ。アル、こいつ等叩きのめして話聞くから、お前は隠れてろ!」
「分かったのじゃ!」
シロウは家に踏み込んできた男達を叩きのめしながら、家から飛び出す。
家の周辺は村の男達が取り囲んでいた。
アルは隠形を使い、ドアの近くでシロウを見守っていた。
シロウが男達相手に大立ち回りを演じていると、不意にアルが叫び声を上げる。
先程の老婆がアルを羽交い締めにして、喉元に包丁を当てていた。
「アル!?」
「油断したのじゃ!このお婆には隠形が通じぬのじゃ!」
「クソッ…、分かったよ。抵抗しねぇからアルから物騒なモン退けろよ」
シロウが構えを解くと、村人達は申し訳なさそうに武器を収めた。
「すまんのう。これも村の子供を守る為じゃ」
そう言うと老婆は白濁した目でアルを見つめた。