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吸血鬼の宿

更に詳しい話を聞くためシロウはジュナに声を掛けた。


「ジュナ、いくつか質問していいか?」

「質問?何さ?」

「さっきママって言ってたよな?そのママは何処にいる?」

「…もういない。…ずっと前に死んじゃった。それから私は一人だよ」


ジュナは少し寂しそうに答えた。


「一人?仲間はいないのか?」

「昔はもっといたみたいだけど、血を飲むって人間には気持ち悪いみたいでさ…。虐められて殺されたって…。私が知ってるのはママだけ…」

「そうか、辛い事聞いちまったな。すまねぇ」


シロウの言葉にジュナは少し驚いた様子だった。


「君は気持ち悪いと思わないの?」

「別に…。だって飯食ってるだけだろ?それにお前は大工を襲わなかった。人の血は飲まねぇんだろ?」

「うえっ、思い出しちゃった。…人の血は美味しくないから嫌い」


彼女はげんなりした様子でそう答える。


「飲んだ事あるのか?」

「大昔にね。旅をしていた頃、お腹が空いてちょっと分けて貰った事があるんだ。…個人差があるかもだけど、その人のは脂っこくて駄目だった。それ以来飲んでない」


答えを聞き、シロウは満足気に頷いた。


「だから動物の血を飲んでいるのか?」

「そうだよ。術を掛けて眠らせて、少し血を貰ったら餌をあげて放してあげるんだ」

「ここにいるのはそういう奴らか…」

「みんな餌をあげたら懐いちゃって、自分から来るようになっちゃった」


冬の間は餌も乏しい、暖かく餌を貰える場所は動物には魅力的なのかもしれない。


「ジュナ、これだけは聞いておきたい。人を傷つける気は無いんだな?」

「無いよ。さっき襲い掛かったのだって、シロウ達がズカズカ入って来たからだもん。ホントは怖かったんだから!」


なんとなく分かって来た。

ジュナの一族は、血を吸う行為に忌避感を持つ人間たちによって迫害されてきたようだ。

ウルラの話は彼らのことを恐れた人間によって、伝えられたのではないだろうか。

それにより数を減らし、彼女は数少ない生き残りの一人なのだろう。


「シロウ、どうするのじゃ?」

「そうだな…。無理矢理追い出すのも後味が悪ぃしなぁ」


シロウは少し考え口を開いた。


「ウルラ、さっき日の光に弱いって言ってたよな?」

「えっ?…ああ、お話ではそうなってたよ。灰になるって」

「ジュナ、そうなのか?」


ジュナはキョトンとして答える。


「お日様は苦手だけど、それは眩しくて目が開けていられないからだよ。灰になんてならないよ」

「そうか…。パサンに話してみるか」

「どういう事?私ここに住んでいいの?」

「決めるのはパサンっていう持ち主のおっさんだ。連れて来てやるから、住ませてくれって自分で交渉しろ」


シロウの言葉にジュナは顔を引きつらせた。


「人間と交渉するのかい?…上手くいくとは思えないけどなぁ」

「そこは上手くやれよ、働くとかなんとかさぁ。屋敷の修繕や掃除はお前がやってきたんだろ?」

「そうだけどさぁ……。ママは人間には気を付けろって言ってたしなぁ」

「どっちみちパサンを説得できなきゃ、ここには住めなくなると思うぜ」


ジュナはごねていたが、シロウにそう言われ諦めた様に呟いた。


「…しょうがないか。せっかく居心地よくした家を、追い出されたくはないしね」

「じゃあパサンが来た時、なるべくいい印象を持つようにしねぇとな」

「いい印象?どうするの?」

「それはな…」


シロウの提案にジュナは顔をほころばせた。


「本当!?…分かった、やってみる!」


そう言って両手を握るジュナを見てシロウは少し笑った。


「シロウ、我も手伝うぞ」

「やれやれ、またなのかい」


アルは手を上げて飛び跳ね、ウルラはため息を吐いた。



一週間後、シロウはパサンを連れて屋敷を訪れた。

彼はシロウから話を聞き、同行する事をかなり渋っていたが、シロウにシーズンが終わるぞと言われた事で、嫌々行くことを了承した。


「シロウさん、本当に大丈夫なんでしょうね?だって血を吸うんでしょ、その娘?」

「食いもんが血ってだけだよ。それも動物のな。人は襲わねぇし管理人としちゃ優秀だと思うぜ」

「はぁ、私ぁ普通の人間がいいんですがねぇ」


パサンのため息を聞きながら、シロウは屋敷のドアを開けた。


「シロウさん、これは…?」


暗かった屋敷は窓から光が射しこみ、とても明るい雰囲気になっていた。

ロビーはすっかり改修が済み、いつでも営業できそうだ。


「待ってたよ。君がパサンだね?私はジュナ。……あの色々とごめんなさい!!」


ジュナは黒いヴェールで覆われた頭を深く下げた。


「アンタが吸血鬼?…屋敷を改修したのはアンタなのか?」

「そうだよ。シロウ達にも手伝ってもらったけどね。…あのね、それでね…。もしよかったら、ここに住まわせて欲しいんだ。ちゃんと仕事もするからさ。……駄目かな?」


パサンは改めてジュナを見た。

瞳はヴェールに覆われてうかがえないが、覗く口元はとても整っている。

黒いドレスと艶やかな黒髪、白い肌はパサンにはミステリアスな魅力を感じさせた。


彼女は看板娘として客を呼ぶ力になるかも…。

商売人としてパサンは素早くそろばんを弾いた。


「ジュナさんだったね。一つ条件がある」

「条件?なんだい?」

「顔を見せてもらえないか?」

「昼間は眩しいんだけど…」


そう言いながらジュナはヴェールを外した。

パサンの目はその深紅の瞳に釘付けになった。


「……採用だ」

「えっ?」

「アンタの美貌ならシーズン外でもきっと客が呼べる!!こちらからお願いする!!是非このホテルの看板娘になってくれ!!」


ポカンと口を開けたジュナに、アルが嬉しそうに笑い掛けた。


「良かったのう、ジュナ」

「ホントにいいの?」

「勿論だとも、血が必要と言うのなら家畜を用意しよう!!」

「ワォ、大盤振る舞いだね」


ウルラが目を丸くして呟いた。

パサンの天秤は吸血という事に対する忌避感より、ジュナの集客力に傾いたようだ。


「ただし、客の前で血は吸わないでくれよ」

「私そんなはしたない事しないもん!」


頬っぺたを膨らまし怒るジュナにパサンは愉快そうに笑った。


その後、シロウ達はパサンから約束より大分多く礼金を貰い街を離れた。


暫くして盗賊の街として知られていた街の近くに、不思議な少女が切り盛りするホテルが出来たと話題になった。


黒いドレスの少女はミステリアスな美貌とは裏腹に、人懐っこくとても良く働くと評判になった。

それと同時に彼女が夜中に血を舐めていたという噂もあったが、それが逆に怖いモノ見たさの客を集めた。

その客達は口をそろえて、いい宿だったと人に語ったという。

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