館に潜む影
屋敷の中は暗くロビーには、作業の途中で放置されたと思われる木材等が置かれていた。
アルが鼻を鳴らしている。
「なんか臭うのか?」
「血の臭いじゃ。こっちから匂ってくるのじゃ」
そう言ってアルは屋敷の奥を指差した。
この様子なら臭いの元は簡単に見つかりそうだ。
シロウはそう考えながらアルに案内を頼む。
「暗くてやだな。本当に奥に行くの?」
ウルラが面倒そうに言う。
「嫌ならお前だけ残れよ。ただし仕事しない奴に飯は出ねぇぜ」
「…分かった行くよ。シロウ、ランプを貸して」
ウルラに鞄から取り出したランプを渡す。
「夜目が利かねぇのは大変だな」
「見えづらいってだけで、全く見えないって訳じゃないけどね」
アルはシロウと手を繋ぎ、暗い廊下を進んでいく。
彼女はある程度進むと廊下の壁を指差した。
「臭いはこの先に消えているのじゃ」
「壁か…。隠し扉でもあるのか?」
シロウはアルから手を放し、彼女がこの先と言った壁を軽く叩く。
他の壁と音が違う。壁の中に空間があるようだ。
「強引に開けてもいいが、パサンに修理代を請求されんのも困るしな…」
そう呟き壁を睨んでいると、唐突に隠し扉についての知識がシロウの脳裏に浮かんで来た。
リックの時と同じくシュナの覚えた事が、関連する事柄に出会い湧きだしたのだろう。
「ウルラ、こっちの壁を照らしてくれ」
「そっち?アルのいう場所とはズレてるけど?」
ウルラは首をかしげながら、シロウが示した少し離れた壁にランプの光を向けた。
壁がランプで照らされると、その一部分だけが光の反射が違う。
「こいつだな」
シロウは反射の違う部分を人差し指で押し込んだ。
カチッと音がしてアルが示した壁がドアの様に薄く開いた。
「臭いが強くなったのじゃ!」
「ほんじゃ、行ってみるか」
薄く開いた壁をシロウが開くと、そこには地下に伸びる石造りの階段が現れた。
階段は人二人が並んで下りれるぐらいの幅で、その先は暗闇に覆われている。
「暗いな…。流石に何も見えねぇなこりゃ」
「シロウ、本当に下りるのか?」
アルがシロウの後ろから暗闇を覗き込み、不安そうに尋ねる。
「…アルとウルラはここで待ってるか?」
「こんな気味の悪い所に置いて行かないでよ!?」
「そうじゃ、一緒に行くのじゃ!」
ウルラはランプ片手にキョロキョロと周囲を見回し、アルはシロウの服の裾を掴んだ。
「お前ら二人とも神様だろ?お化けが怖いのか?何度か俺の中の魂を見てんじゃねぇか?」
シロウは少し笑いながら二人に尋ねる。
「おッ、お化けは魂とは違うよ!」
「そうじゃ!魂は理がある!お化けはその理の外、理解不能な存在なのじゃ!」
「よく分からねぇから怖いって事か?」
「怖いとは言ってないだろ!?ただちょっと爺ちゃんの話を思い出しただけだよ!」
シロウはウルラの話に興味を覚えた。
「へぇ、どんな話だ?」
「こんな風な立派な屋敷に住み付く怪物の話さ……。止めようよ!なんでこんな所で、怖い話を聞きたがるんだよ!?」
「そうじゃシロウ、我も聞きたくないのじゃ!!」
シロウは二人の様子にそれ以上聞くことを止め、ウルラに手を差し出す。
「ウルラ、ランプをくれ」
「下りるのかい?」
「ああ、ここで話しててもしょうがねぇからな」
そう言いながらシロウはウルラからランプを受け取り、階段を下り始める。
足元を照らしながら暫く下ると、石で作られた廊下に出た。
廊下は左右に伸び、ランプの届く範囲でも十字路が見えた。
恐らく迷路のように、屋敷の地下に広がっているのだろう。
壁には燭台が備えてあったが、蝋燭は無く灯りをともす事は無理そうだ。
「アル、臭いの元を探ってくれ」
「うう、シロウは怖くないのか?」
「なんか出てきたら殴り飛ばしてやるよ」
アルはシロウの服を握りしめ、その背に隠れる様に顔だけ出して鼻を鳴らした。
「臭いは右の奥に続いているのじゃ…」
「あんがとよ」
アルの指示に従い暗い廊下を進む。
シロウは迷わないように、蝋石で印しを付けながら歩みを進めた。
床には所々に血の痕らしき赤黒い染みが残っていた。
「…怪物は昼間は日の射さない地下にいるんだって…」
「ウルラ、止めるのじゃ!!」
「だって、聞いた話とそっくりなんだよ!?」
シロウは歩きながらウルラに話の続きを促した。
「太陽が苦手なのかそいつ?」
「…日の光を浴びると灰になるんだって。だから昼間は棺桶の中で眠ってるって…。そう丁度あんな感じの……」
ウルラが示した先は開けた部屋の様になっており、その真ん中に黒い棺桶が置かれている。
「なんでこんなところに棺桶があるんだ?」
シロウは棺桶に近づき、蓋に手を掛けた。
「止めようよ!お話の怪物は人の血を吸って、手下にするって爺ちゃん言ってたよ!」
「そうじゃシロウ!もう帰るのじゃ!」
「何にしても調べねぇと金がもらえないだろ?」
シロウはそう言うと無造作に棺の蓋を開けた。
棺はカラッポで、中にはクッションが敷かれ意外と快適そうだ。
そのフカフカのクッションの上に、ぬいぐるみがいくつか置かれている。
「なんだこれ?ホントに誰かここで寝てんのか?」
シロウはランプを掲げ周囲を照らす。
するとその部屋から続く奥の廊下に、一瞬だが黒い影がよぎった。
「追うぞ!アル、臭いを追ってくれ!」
アルを抱えシロウはその影を追った。
「シロウ、我は嫌なのじゃ!怖いのじゃ!」
「んな事言ってる場合か!」
「待ってよシロウ!置いてかないでくれよ!」
嫌がるアルに臭いを追わせ、シロウは廊下を走った。
そのうちシロウでも感じられる程、血の匂いが強まった。
辿り着いた先、その部屋には様々な動物が横たわり、血を抜かれていた。
動物は死んでおらず、刺さった針から繋がる管を通りガラスの器に注がれている。
その動物の中には大工が見たという熊の姿もあった。
「動物から血を抜いてんのか?でもなんでこいつ等、じっとしてんだ?」
「うう、不気味なのじゃ…」
シロウ達が茫然とその姿を眺めていると、その動物の影から黒い影が襲い掛かって来た。
「わわっ!!」
シロウは驚き声を上げるアルを抱えたまま、攻撃を躱し影の足元を右足で払った。
影は襲って来た勢いのまま転倒し、顔から床に突っ込んだ。
「いたぁい!!……酷いよ鼻を擦りむいちゃったじゃないか!?」
シロウがランプを向けると、黒髪で黒いドレスを着た赤い目の少女が、鼻を押さえながらシロウを睨んでいた。
「なんだお前?」
「むっ、無礼な奴だな。私は夜を統べる吸血の王だぞ」
「吸血の王?」
「ひぇぇ、お話の怪物じゃないか…。本物の吸血鬼だ…」
ウルラが少女を見ながら怯えた声を出す。
「フフフッ、そうとも私は伝説の吸血鬼。分かったら跪いて臣下の礼を取るがいい。そしたら足を引っかけて転ばした事は大目に見ようじゃないか」
少女は赤い鼻のまま、立ち上がり左手を腰に当て、右手を前に突き出した。
シロウはアルを下ろし、少女に向き直った。
「…なんでそんな事しなくちゃいけねぇんだよ。襲って来たのはそっちだろ?」
「人の家に土足で入り込んでおいてなんて言い草だ。だから人間は嫌いなんだ」
「人の家って…。お前の家じゃねぇだろ?」
「……だって誰も住んで無かったし。ママも人のいない家なら住んでいいって言ったもん!」
少女は拳を握り力説している。
「人が住んでなくても、持ち主はいんだよ」
「……だって、だって私はもう二年もここにいるんだよ!?掃除もしたし、頑張って棺桶も作ったんだから!」
無人の屋敷がキレイだったのは、少女が掃除をしていたからのようだ。
「大工を脅かしたのはお前だな?」
「お前って言うな!私の名前はジュナ!」
「…それでジュナ、お前が大工を脅かしたので間違いねぇな?」
「フンッ、人の家でトントン、カンカン、煩くするからだ。ゆっくり眠る事もできゃしない」
ジュナは腕を組んでそっぽを向き、頬を膨らませた。
「馬を殺したのもお前か?」
「……馬を殺したのは悪かったと思ってる。馬の血は飲んだ事が無かったから、ちょっと血を貰おうと思ったんだ。…上手く術が利かなくて暴れたから、血が止められなくなっちゃって…」
ジュナはそう言うと目を伏せた。
血を吸うのは本当のようだが、それ程悪い奴では無さそうだ。
シロウは詳しい話を聞くため、少しシュンとしているジュナに目を向けた。