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捨てられた娘 後編

「あ?ムースが何処へ行ったかだって?そりゃ、俺の方が知りたいよ。貸した金も返さないで消えやがって」


隣町でムースの事を尋ねて回ってみたが、大体の反応は同じだった。

彼が住んでいた家はすぐに見つかったが、もぬけの殻で家財道具も全て処分されていた。


「打つ手なしか…」


シロウが途方に暮れているとアルが声を掛けて来た。


「シロウ、力を貸してやろうか?」

「…力を貸すって、お前、分からないって言ってなかったか?だから村や町を訪ねたんだろう?」


「この家はムースという男が住んでいたんじゃろう?ならば方法はある。…シロウ我に願え」


「…神頼みってやつか?……アル、ムースの居場所を教えてくれ」


シロウは以前よりは幾分、真面目にアルに祈りを捧げた。


「おお、良いぞシロウ!その調子じゃ!」


アルの体がシロウから流れ出た力で光を放つ。

光が収まるとアルは少し成長していた。


「ふむ、これならムースとやらの後も追えよう」


アルは鼻をひくつかせた。

少女が床に這いつくばり、匂いを嗅いでいる様子は、あまり人に見せられたものでは無い。


「アル、獣に戻った方が良くねぇか?」

「むッ、シロウは我の本来の姿の方が好みか?」


「好み云々じゃ無くて、女の子が床の匂いを嗅いでるのはどうかと思ってな」

「細かい事を気にする奴じゃ。そんな事より匂いを追うぞ」


アルはシロウを置いて外に駆けだす。シロウは慌ててその後を追った。


辿り着いた先は意外にも町の大きな屋敷だった。


「本当にここか?」

「うむ、間違いない匂いはこの中に続いておる」

「ホントかねぇ…」


シロウはそう口にしながらドアをノックした。


「すまねぇ!少し話を聞きたいんだが!?」


そう声を掛けると、中から黒服を着た男が顔を出した。


「兄ちゃん、この家が誰の家か分かってるのか?」

「さぁ?誰の家なんだ?」


「…ここいら一体を取り仕切ってるバニア様のお屋敷だ。分かったんなら帰んな」

「バニア…?俺はムースって男を探しているだけなんだが…」


ムースと聞いて男は威嚇するように睨んできた。


「悪い事は言わねぇ。痛い目見たくなきゃ今すぐ消えろ」


以前のシロウなら、男の顔を見ただけで回れ右していただろう。

だが今は男の事が少しも怖くは無かった。


「そう言う訳にはいかないんだ。ムースについて聞かせてもらえるかい?」

「…馬鹿な奴だ」


男はそう言うとシロウを殴りつけた。


「グッ!」


呻き声を上げたのは男の方だった。

男の拳はまるで岩を殴ったかのように、皮膚が割け血を流している。


「急に殴るなんて酷い奴だな」

「てめぇ何もんだ!!」

「俺はシロウ。ムースを出してくれりゃ、すぐ引き上げるさ」


男はシロウの言葉を無視して、彼を家に引き込み腰からナイフを抜いた。


「この商売コケにされたら終わりなんでな。悪く思うな」


男はナイフをシロウの腹に突き立てた。

しかしナイフはシロウの服は切り裂いたが、シロウ自身に傷をつける事は無かった。


「なんでナイフが通らねんだ……」

「なんでだろ?…兎に角、教える気は無いんだな。分かった。勝手に探す。アル、匂いを追ってくれ」


「分かった。こっちじゃ」


不思議な事にアルの姿は男たちには見えていないようだった。

これも神の力だろうか。

だったら俺も見えなくしてくれりゃいいのに。


そんな事を思いながら、アルの後を追いシロウは歩みを進めた。

当然男はそれをさせまいとシロウの肩を掴んだが、シロウは掴まれたまま先に進む。


「殴り込みだ!!こいつを止めろ!!」


男が声を上げた事で、十人程の黒服の男たちがシロウを取り囲んだ。


「何処の組織の人間だ!?」

「……組織?…強いて言うならアルブム教かな?」

「アルブム教?坊主が一体何の用だ!?」

「…もういいよ。どいてくれる?」


シロウはなんだか面倒になり、男たちを無視して先に進む事にした。

行く手を阻もうとした男の一人を手で払いのける。


軽く押したつもりだったが、男は壁まで吹っ飛んで気絶したようだ。

その様子に男たちは騒めきを上げ、肩を掴んでいた黒服も思わず手を放す。


「なんだこれ!?」


シロウも驚いたが、その気持ちもすぐに治まる。

男たちを無視して、アルを追って二階に上がる。


「シロウ、この部屋の様じゃ」


アルが示したのは二階の奥、立派な両開きのドアだった。

シロウは部屋のドアノブを掴む。


「ん?鍵がかかってんのか?…誰か鍵持ってねぇか?」


シロウを追って来た男たちに声を掛けるが、誰も返事を返さない。


「シロウ、今のお主なら扉ぐらいぶち破れるじゃろう?」

「そうなのか?」


アルの言葉に従い、シロウはドアに拳を打ち付けた。

ケンカ等まともにした事も無かったが、シロウの動きは素人のそれでは無かった。


蝶番が外れドアが吹き飛ぶ。


「ホントに開いたぜ」


部屋の中には一組の男女がベッドで裸で抱き合っていた。

どうも事の真っ最中だったようだ。


突然ドアが吹き飛んだ事に驚き、目を丸くして二人ともこちらを見ている。


「そいつがムースじゃ」


アルが金髪の男を指差す。確かに二枚目の優男だ。


「あんたがムースかい?」

「おッお前、誰だよ!?」


「俺はシロウ。ベルって娘が会いたいって言うから連れてきたんだ」

「ベル!?」


ムースはベルと聞いて顔色を変えた。


「あいつとは別れた!!もう関係ない!!」


その言葉でシロウの胸に痛みが走った。

かつて自分も経験した事のある、この世の全てに否定された様な鈍く重い痛みだ。


シロウの胸からベルの魂が飛び出した。

栗色の髪の愛らしい少女の姿がそこにはあった。

少女はムースに訴える。


『ムース、嘘でしょう?私の事、愛してるって言ったじゃない』

「べッ、ベル!?何だよその姿は!?…まさか幽霊!?」


『ねぇムース。私の事、愛しているわよねぇ?』

「あっ、愛していない!!別れたって言ったろう!?」


ムースは抱き合っていた女の影に隠れた。


「ムース、私を盾にするんじゃないよ!!まったく顔以外は使えない男だね!!」

『ムースを返しておばさん』


ベルは冷ややかな瞳で黒髪の女を見た。

黒髪の女はベルを睨み返し声を上げる。


「フンッ!この男は今は私の愛人なんだ!アンタこそ死んだんならさっさと成仏しな!」


『…ムースは私のものなんだがらぁ。お前がぎえろぉおお!!』


家具がガタガタと揺れ出し、風が巻き起こる。


「何だいこりゃ!?」


ベルの姿は醜く歪み、その色はどす黒く変わっていった。


「ヒェェ!!ばっ、化物!!」

『ムース…』


ムースの言葉でベルの魂から悲しみがシロウに流れ込む。

悲しみを感じながらムースを見ていると、シロウの中に唐突に激しい怒りが沸き上がってきた。


シロウは女の後ろに隠れたムースに歩み寄った。

ムースの頭を片手で掴み持ち上げる。

その事に全員動けないまま、シロウに目が釘付けになる。


「てめぇ、それでも男か!?女に縋って生きてきたんだろ!?最後まで夢を見させてやれよ!!なんで愛してるの一言ぐらい言えねぇんだ!?」

「お前何言って…」


そのままの勢いでシロウは、ベルを見て捲し立てる。


「ベル!!てめぇもだ!!何時までもこんな男に執着してんじゃねぇ!!さっさと生まれ変わって、次の恋に生きりゃぁいいじゃねぇか!!」


ベルはポカンとシロウを見つめ呟いた。


『次の恋…?』


「そうだ!!お前は今こいつしか見えてねぇ!!だがなこんなカスよりましな男は世の中幾らでもいるんだよ!!こいつはババァにくれてやれ!!」


『おばさんにゆずる?』


「ゆずるんじゃねぇ!!いらねぇモンを押し付けるんだ!!お前ぇは捨てられたんじゃねぇ!!捨てたんだ!!」


『私が捨てた…』


ベルの魂から淀みが消えていく。


『フフッ、私がムースを捨てた』

「おうよ!お前ぇなら生まれ変わっても美人の筈だ!恋人なんて選び放題だぜ!」


『選び放題かぁ……。ありがとうシロウ』


「なんで、俺の名前を?」


『ずっと貴方の中で見ていたもの…。他の皆、貴方を通してずっと見てる…。』


ベルから白い光が溢れる。


『さようならシロウ。…私、生まれ変わったら、恋人は貴方みたいな人がいいなぁ』


ベルはシロウの頬に口づけをして一際強く輝いた。

シロウの中に暖かいものが流れ込む。


「これは…」


アルが目を見開き、驚きの表情でその光景を見ている。

光が消えた後、ベルの姿はもうどこにも無かった。

シロウは掴んでいたムースを投げ捨てた。


「騒がしてすまなかった。俺の用は終わりだ。行くぞアル!」

「あ、ああ。」


全員が起こった事に唖然としている間に、シロウはアルを抱え窓から飛んだ。

女が我に返り慌てて窓に駆け寄るが、既にシロウの姿は無かった。


「あの男、何者だい?」


黒服の一人が女にローブを掛けながら答える。


「よく分かりませんが、アルブム教と言っていました。新しい宗教でしょうか?」


「アルブム教?聞いた事無いねぇ。でもあの啖呵は中々良かったねぇ」

「助かったのか…?」


床で胡坐をかき周囲を見回しているムースを見て女は口を開いた。


「あんた、まだいたのかい?さっさと出て行きな」

「えっ?俺ここを追い出されたら、行くとこなんて…」


「はぁ…。やっぱり、顔だけの男は駄目だねぇ。こいつをつまみだしとくれ。」


黒服たちはムースを抱え玄関に向かう。


「待ってくれ、バニア!!俺達、愛し合ってたんじゃないのかよ!!」


「ハッ、そんなもんあるワケないだろ。」

「バニア!!バニア!!ブベッ!!」


素っ裸のまま放り出されたムース、は町の人々に見つかり散々殴られた後、町を逃げ出した。


彼が何処へ行ったのか、誰も知らない。

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