いわく付きの屋敷
盗賊ギルドを潰したシロウだったが、今現在、彼は窮地に陥っていた。
雪狼族に協力を頼みその礼として彼らに食事をおごり、さらにウルラのアクセサリー探しに付き合いその金も出した。
結果として長の刃を売って得た金が、底をつきかけていた。
美味そうに肉を食べているアルに控えて欲しいとも言えず、シロウは内心頭を抱えていた。
そんな心の内を知らず、アルはニコニコとシロウに話しかける。
「シロウ、食わんのか?この牛の肉も猪とはまた違う美味さじゃぞ?」
「ああ、俺はもう腹一杯だから、食っていいぞ」
「そうかい?じゃあ僕が頂くよ」
「お前には言ってねぇ」
肉にフォークを伸ばすウルラの手を叩き、シロウはため息を吐いた。
人の世は何をするにも金が掛かる。
宿の親父に何か仕事が無いか尋ねてみるか。
シロウは食堂を離れ、受付で暇そうにしていた宿主に声を掛けた。
「よぉ、ちょっと聞きたいんだが」
「何ですかシロウさん?」
「何か仕事は無いか?こう見えて体は頑丈だから、キツイ仕事でも大丈夫だぜ」
「仕事ですか…。荒事というか、そんな仕事でもいいんですか?」
「荒事?護衛か何かか?」
宿主は身を乗り出し、低い声で話し始めた。
「これは知り合いから聞いた話なんですけどね…」
宿主はまるで物語を語る様に、シロウに語った。
ギルドが無くなり、その知り合いの宿も宿泊料を下げたのだが、その事で随分客が入る様になった。
更に街の人々も物が安く手に入る様になったので、今街はすこぶる景気がいいらしい。
知り合いは景気に便乗しようと、街から離れた山中にある屋敷を買いホテルにすることを思いついた。
その屋敷は以前はギルドの誰かの別荘だったようで、今は領の持ち物となっていた。
領は特に使い道もないので、格安で売り出した。
知り合いはその話に飛び付き、豪華な屋敷が安く手に入った事を随分喜んでいたそうだ。
その屋敷の前はスキーには持ってこいの、なだらかな斜面が広がっている。
しかし屋敷を改築しようと入った業者が、金は要らないから手を引かせて欲しいと言って来たそうなのだ。
詳しい話を聞こうとしても、とにかく手を引かせてくれの一点張りで何があったのか話そうとしない。
このままスキーシーズンが終われば、来年まで屋敷を遊ばせておく事になる。
何があったのか自分で見に行きたいが、屈強な肉体を持つ建築業者が逃げ出すような場所だ。
宿の経営者に過ぎない自分では、行ったらどうなるか分かったものではない。
「それで、その屋敷の何が問題なのか調べろって事か?」
「そう言う事です」
「で、何があったんだ?あんたなら噂ぐらいは知ってんじゃねぇのか?」
「分かります?」
宿主は少し得意そうにニヤリと笑った。
この男はギルドについても結構知っていた。
そんな面白そうな噂を集めない訳が無い。
「出るみたいですよ」
「出る?幽霊でも出んのか?」
「私、その業者の一人と知り合いなんですが…、話が聞きたくて飲みに誘ったんです。向こうも話したかったんでしょうね。その男が言うには…」
その男は大工だと言う。
彼は仲間達と工事の為、泊まり込みで作業する予定だった。
屋敷は奇麗でホテルとして使う為に行う、ロビーの改修と少し痛んでいた外壁以外はそれ程、手を入れなくてもそのまま使えそうなぐらいだった。
昼間作業をして、夜は屋敷の寝室を使い休む事にした。
お湯も使え、大浴場もある屋敷は街の自分の家よりも快適だった。
異変に気付いたのは、夜中にトイレに立った仲間の一人だった。
彼が暗い廊下をランプ片手にトイレに向かっていると、キッチンからピチャピチャと水の音がする。
水漏れでもしてるのかと、キッチンを覗いた男はそこで見たそうだ。
「髪の長い黒い影が、吊るした大きな獣から流れ出た血を皿で受けて、それを長い舌で舐めていたそうです。舌に付いた血がランプの光でヌラヌラ光ってて、とても不気味だったそうですよ」
「血を…。変質者でも住み着いてたんじゃねぇのか?」
「それがね。男が悲鳴を上げて、仲間を呼びに行って戻って来たら、キッチンには黒い影は勿論、獣の姿も無かったそうなんです。獣は暗くてよく分からなかったそうなんですけど、大きさからいって熊じゃないかって知り合いはいってました」
普通の人間が、熊を簡単に移動出来るとは思えない。
神だとして何の神だ…。
シロウが黙り込んだのに気付かず、宿主は話を続けた。
「その後もおかしな事は続いたそうです。資材を運び込んだ馬が血を抜かれ死んでいたり、昨日まで無かった血の手形が廊下の壁についていたり…。最初に影を見た男は部屋で布団をかぶって動けなくなるし、馬の次は自分たちかもって、怯えだしましてね。仕事にならないんで帰ってきたって訳です」
「なんで業者はその事を言わなかったんだ?」
「だって恰好悪いじゃないですか。肉体自慢の大工が、お化けが怖くて逃げだしたなんて」
「…確かにそうかもな。…で、その知り合いの宿屋ってのは何処の誰だ?」
宿主は少し驚いた様子でシロウに尋ねる。
「もしかして仕事を受けるんですか?」
「アンタだってそのつもりで俺に話したんだろ?」
「まぁ、そうなんですけど、まさかホントに受けるとは…」
シロウはその後、宿主から聞いた知り合いの宿に向かい話を聞いた。
宿主の知り合いパサンは中肉中背の初老の男だった。
パサンは依頼を受けてくれた事を、とても喜んでくれた。
業者が手を引いた事自体が噂として広まり、誰も話を聞いてくれなかったらしい。
依頼料の半分を先に支払ってくれたのは、シロウにとって有り難かった。
まあ何が起きているのか突き止めるまでは、逃げれないという事でもあるのだが…。
翌日、シロウ達は屋敷に向けて旅立った。
屋敷は街から半日程行った山の中腹に建っていた。
屋敷の前面はなだらかな斜面が広がり、背面は雪崩を防ぐ為か、針葉樹の林になっていた。
確かに聞いていた様に、スキーにはうってつけだ。
「わざわざ山ん中に、立派な屋敷を建てるなんて、金持ちの考えることはよく分からねぇぜ」
「雪遊びが好きなんじゃろう」
着膨れしてモコモコになったアルがシロウに言う。
雪遊び…。
スキーも雪遊びといえば、雪遊びかもしれない。
「シロウ、それにしたって何でこんな所まで来ないといけないんだい?」
「聞きたいかウルラ?それはな金がねぇからだ」
「領主を助けたんだから、彼に貰えばいいじゃないか?領主って金持ちなんだろ?」
「アイツも大変そうだしな。それに貴族に借りは作りたくねぇ」
そんな事を話しながら、シロウは預かった鍵で屋敷の扉を開けた。