ララの願い
青い目がシロウを伺う様に細められた。
「貴様、何故、私の本当の名を知っている?」
「…シュナに聞いた」
「シュナだと…。嘘を言うな、彼は二十年以上前に潜伏先から姿を消した。その後の行方は我々でも掴めていない」
ララはシロウを怒りのこもった目で見つめた。
「だろうな。シュナは死んだ」
シロウの言葉にララは掴まれていた手を振り払い、スカートの下に隠し持っていたナイフを抜きシロウに向けた。
「貴様が殺したのか!?」
「…俺はやってねぇ。シュナはある祠で死んだ。自殺だったのか、行き倒れたのかは分からねぇ」
「…お前は何者だ?」
シロウはララが突き出したナイフを、素手でつかんだ。
「何を!?放せ!!」
ララは驚き、シロウの手からナイフを引き抜こうとするが、ナイフはビクともしなかった。
「俺はシロウ、アルブム教の伝道師だ」
「アルブム教?」
「俺はシュナに頼まれてお前を探していた。お前とラグ、コビーの行方をな」
ララはラグとコビーの名が出た事で、目を見開きナイフから手を放した。
シロウはナイフを捨て、改めて彼女を見た。
シュナが言っていたように、赤毛で碧眼、年齢は二十代後半ぐらいシロウとは同年代だろう。
服装は学校の教師のような地味なドレスを纏っていた。
まぁ本物の教師はスカートの下に、ナイフを隠し持つ事は無いだろうが。
「本当にシュナを知っているのか?彼はいつ死んだ?」
「多分、行方不明になってすぐだと思うぜ。詳しい事は本人に聞てくれ。シュナ、出て来て話せよ」
シロウの言葉にララは困惑した顔を見せたが、彼の体からシュナの魂が現れるとその顔は驚愕に変わった。
シュナは今のアルより少し幼く見えた。
濃い金髪で少し灰色がかった青い目の少年だ。
「なんだこれは!?シュナ…なのか?」
『久しぶりだね、ララ。……すっかり大人になっちゃったね。…本当にお姉さんに……うう、僕だけ…僕だけ子供のままだ…』
シュナはララの姿にショックを受けたのか、言葉を続ける事が出来ず泣き出してしまった。
「シュナ、泣くな。泣き虫はコビーの方だったでしょ…。シュナ…」
ララはシュナを抱きしめようとするが、その手は彼の体を空しくすり抜けた。
「これは…?シロウだったな?説明しろ」
ララはシュナに向ける優しい目と打って変わって、睨むようにシロウを見た。
「そんなに凄むなよ。…俺の体には沢山の魂が棲み付いてる。シュナはその一人さ。さっきも言ったが俺はシュナに頼まれてお前と他の二人を探していたんだ」
シロウがシュナに目をやると、アルがその頭を撫でてやっていた。
アルに慰められシュナは少し落ち着いたようだ。
「ありがとよ、アル」
「誰かが泣いているのは好かんのじゃ」
「アル?誰に言っている?」
ララにはアルの姿は見えていないようだ。
「何でもねぇよ。…少し聞いていいか?」
「何だ?」
「お前がこの孤児院を仕切ってるのか?」
「そうだ」
「お前もこのクソみてぇな孤児院で育ったんだろ?なんで子供達をおんなじ目に遭わせてるんだ?」
ララは悔しそうに顔を歪めた。
「そうしないと生きていけなかったからだ。シュナが消え、コビーが居なくなり、ラグも消えた。ギルドに組み込まれたか、売られたかした事は分かっていた。利用されず生きていく為には、利用する側に回るしかなかった」
シロウは歪められたララの顔を見ながら言う。
「…俺に協力しろ」
「協力だと?どういう事だ?」
シロウは悪意をむき出しにした顔で笑った。
「ギルドを潰す」
「ハッ、馬鹿な事をたった一人で何ができる?」
「お前も納得してねぇんだろ?それに俺は一人じゃねぇ。数百人が俺の中にいる。…頼りになる相棒もいるしな」
シロウはそう言ってアルの頭に手を乗せた。
その事で隠形が解けたのか、いきなり現れたアルにララは驚きを見せた。
「子供が!?」
「こいつはアル。どんな人間でもこいつが本気で隠れたら、見つけるのは難しいと思うぜ」
「うむ、我の力をもってすれば簡単な事じゃ!」
アルの不思議な力を見て、ララは少し話をする気になったようだ。
「…どうやって潰す?ギルドはこの街を支配している。それにボスが誰で何処にいるのかもわからんのだぞ?」
「幹部に聞くさ。ダールの時はそれでいけたしな」
ダールと聞いてララは眉をひそめた。
「ダール…。まさか王都の事件は?」
「耳が早えな。あれは俺と剣士の二人でやったんだ」
「犯人が二人というのは本当だったのか…。噂に尾ひれがついただけだと思っていたが…」
「でどうする?協力するか?」
ララはシュナに目をやった。
思い出の中の姿のまま、子供のまま、彼は大人になる事無く死んでしまった。
シュナの姿はララの心の底に沈めていた、本当の気持ちを浮き上がらせた。
『ララ、みんな帰りたがっていた。みんなで家に帰ろうよ』
そう言ってシュナはララに手を伸ばす。
「シュナ…シュナ…」
膝をついてその手を両手で包むと、ララの瞳から涙が溢れた。
少し泣いて顔を上げた時、ララの瞳から涙は消えていた。
「協力する。…ずっと憤りを感じてた。子供達を見るたび、私がやる事で他の人間がやるよりマシだと、ずっと言い訳を続けながら…」
「じゃあ、もう言い訳は止めようぜ。本当はどうしたかった言いなよ」
「孤児院も、ギルドも、無くなってしまえばいいと思っていた!それに協力してる私自身も!……お願いギルドを潰して」
シロウはニヤリと笑う。
「俺は女と子供の頼みは断らないと決めてんだ。潰してやるさギルドをよぉ」
「……ありがとう」
ララはシロウを見上げ少し笑った。
シロウとアルは夜の闇に紛れ、ララと共に幹部の家へ向かっていた。
彼女の話では、一度呼び出された事があるだけで、そこにいるかどうかは分からないという事だった。
シロウ達は共に塀を乗り超え、貴族街にあるその屋敷に忍び込んだ。
広い庭には歩哨が見回りをしている。
ちなみにウルラは宿に戻っていたが、暗いと見えないからと一緒に来ることを拒んだ。
役に立たない鳥だ。
歩哨を避け裏口に回ろうとするシロウをララが止めた。
「裏口は罠が仕掛けられてる事が多い、二階の窓から侵入しよう」
「任せるさ」
シロウもララも動きの邪魔にならない黒の上下を身に纏っていた。
ララは二階のベランダに鉤付きのロープを掛け、スルスルと登っていった。
それに続きシロウもアルもロープを上る。
シュナが力を貸してくれているのか、余り音を立てず動く事が出来た。
シュナが技術を学んだ経緯を考えると素直に喜んでいいのかは分からないが…。
ララはロープを回収し、ベランダの窓に近づき中を伺う。
人の姿がない事を確認して、ララは窓のカギを開けた。
「ついて来て、一度入っただけだけど、間取りの想像はつく。」
シロウとアルは頷きを返しララの後を追った。
両開きの扉の前でララは止まり、中の様子を伺った。
「ララ、中には一人だけの様じゃ。寝息からして熟睡している筈じゃ」
「…なんで分かる?」
「聞こえるからの」
平然と言うアルをララはしばし見返した。
気を取り直し、静かにドアを開く。
アルが言った通り、部屋の中にはベッドで眠る初老の男が独りいるだけだった。
ララはベッドに近づき男の顔を確認する。
男は禿頭で立派な髯を生やしていた。
彼女はシロウ達を見て頷きを返した。
シロウ達が近づく前に、ララは腰の鞄からハンカチを取り出し、薬品をしみこませた。
それを男の口元にそっと当てる。
シロウが男をのぞき込むと、ララは彼に指示を出す。
「椅子に縛り付けて、すぐに目を覚ます」
「こいつ何者だ?」
「…院長だった男。今は出世して人身売買を仕切ってる」
「へぇ、じゃあ容赦はいらねぇな」
シロウは男を椅子に縛り、猿轡と目かくしをした。
暫くすると拘束された事に気付いた男が藻掻きだした。
シロウは男の首に雪狼の剣を当て、耳元で囁く。
「騒ぐな。頭は胴体に繋がっていた方がいいだろ?」
当てられた刃の冷たさが男の動きを止めた。
「今から猿轡を外す、騒げば御大層なその髯を整える事が出来なくなるぜ」
男はゆっくりと頷いた。
シロウはそれを確認し、男の猿轡を外した。
「聞きたい事は一つだけだ。お前達のボスの居場所を吐け」
「…知らん。儂もボスには会った事はない」
「ふうん、じゃあお前が知ってる、一番上の人間がどこにいるか教えろ」
男が押し黙ったので、シロウは刃を左手の小指に当てた。
「言わねぇなら、指を一ミリづつ短くする」
そう言うと、指の先の肉を切り落とした。
「グッ」
「ひぇ、痛そうなのじゃ」
その様子を見て、ララはアルを抱き、目をそっと手で覆い囁く。
「子供が見る物じゃ無い」
「我は子供では無いのじゃ」
「いいから、静かにしなさい」
「むう」
シロウはララに頷きを返した。
その後、男の指が三本ほど無くなった頃、ようやく男は口を割った。
「…うう、儂が知っているのは、幹部のルビンスキーまでじゃ。それより上は本当に知らん」
「んじゃ、そのルビンスキーがどこにいるか言えよ」
「奴は賭場を仕切ってる。今日も歓楽街のカジノにいるはずだ」
「……カジノ」
シロウの顔が痛みで歪む。
「何処のカジノだ?」
「行けば分かる。一番デカい店だ」
「そうか、ありがとよ」
「…貴様が誰かは知らんが、ギルドに喧嘩を売ってタダで済むと思うなよ」
シロウは男の耳元で囁くように言った。
「タダで済まそうなんて思っちゃいねぇよ。アンタに心配されなくても、俺はギルドを再起不能にするつもりだ」
「何を馬鹿な事を…」
男はシロウの言葉に笑いを含んだ声で返した。
「楽しみにしてろよ。お前の居場所も無くなるから」
それだけ言うと、アルを抱いたララを促しシロウは屋敷を後にした。