孤児院という名の牢獄
翌日、シロウは宿主に聞いた孤児院に向かう事にした。
アルを連れて通りを歩く、念のためアルには宿でた時から隠形を使ってもらった。
宿を出る際に宿主からは再度止められたが、シロウの顔を見た宿主はそれ以上何も言わなかった。
教えられた孤児院は、見た目は普通の教会の様に見えた。
中に入ると天井にはフレスコ画が全面に描かれ、正面に黄金で出来た神の像が祀られている。
随分と羽振りが良さそうだ。
キョロキョロしていると、左奥のドアから神父の恰好をした男が現れ、シロウに声を掛けた。
「ようこそいらっしゃいました。今日はどんな御用でしょうか?」
「ここは孤児院だって聞いたんだが?」
「はい、確かに身寄りのない子を預かり育てております」
三十半ばの金髪を後ろに撫でつけた男は、ニコニコと笑い答えた。
「その子たちに会わせて貰えねぇか?」
「里親希望という事でしょうか?」
「いや、そういう訳じゃねぇんだが…」
「ではお会い頂く訳には参りません」
男は表情を一切変えずシロウに言う。
全く変わらないその笑顔が、シロウにはまるで仮面の様に見えた。
「実は人を探しててよ。ここにいるかもって聞いてきたんだ」
「人探し…」
「いるかどうかの確認だけでもさせて貰えねぇか?」
「申し訳ないのですが、確実に里親になっていただける方以外には、子供達を会わせない様にしているのです。子供達も期待してしまいますので」
口調は穏やかだが、はっきりとした拒絶をシロウは感じた。
「どうしても駄目か?」
「規則ですので」
「そうかよ!」
シロウは男の懐に飛び込み、鳩尾に拳を叩き込んだ。
崩れ落ちた男を床に寝かせる。
男は意識を失っても笑っていた。
「ミスったぜ。里親希望って言っときゃよかった」
「なんでも暴力で解決するのはどうかと思うぞ」
アルがジト目でシロウを見上げた。
「しょうがねぇだろ。それより子供達を探そうぜ」
『右奥だよ。通路を進んだ先に、みんな閉じ込められてる』
唐突にシロウの中に声が響く。
どうやらこの場所で正解のようだ。
「俺はシロウ、お前は?」
『僕はシュナ。ねぇ、みんなを助けて。全員、家に帰りたがっていたんだ』
「シュナだな。分かった」
「シロウ、声が聞こえたのか?」
「ああ、この奥にいるみてぇだ」
奥に進みドアを開けると長い廊下が続いており、その先に皮鎧を着た男が二人立っていた。
男達はシロウを見ると、何も言わず剣を抜き襲い掛かってきた。
「噂は本当みてぇだな」
シロウは間合いを詰め、二人を一瞬で昏倒させた。
男の一人が腰に鍵を吊るしていたので、それを奪い更に奥へと進む。
ドアを開けるとそこは高い塀に囲まれた広い庭だった。
庭の真ん中に大きな石造り建物が建っている。
庭には誰もおらず建物以外は何もない、入り口もシロウが入ったドアが一つだけだった。
シロウとアルは周囲を警戒しながら、建物に近づいた。
窓から中を覗くと表情を無くした子供達が、教師らしき人物から講義を受けている。
『違う…。みんなどこに行ったの?』
「違う?どういう事だ?」
『みんな知らない子ばかりだ。ララもラグもコビーもいない。みんな何処?なんでいないの?』
シュナの声は不安で押し潰されて震えていた。
「シュナ、落ち着け。きっと別の場所に移されたのさ」
『別の場所なんて無い!!ここからいなくなった子は、誰も帰って来なかった!!』
「シロウ、魂は何と言っておるのじゃ?」
「知ってる奴が誰もいねぇって」
アルは腕を組んで少し考え、口を開いた。
「時間かもしれん」
「時間?」
「魂の時間は止まっておる。祠に縛られて、長く時が経ちすぎたのではないか?」
シュナが死んで時間が経ちすぎた為、彼の友人たちはもう売られたという事だろうか…。
「事情を知ってそうな奴を捕まえて、話を聞いてみるか。おいシュナ、お前の友達はどんな奴だ?」
『どんな奴?…ララは同い年なのにお姉さんぶるんだ。ラグはかけっこが早い。コビーは面白いけど泣き虫なんだ』
シロウはその答えを聞き、少し質問を変えた。
「そうじゃねぇ。友達の髪の色や瞳の色。容姿について知りたいんだ」
『なんだ。じゃあそう言ってよ。えっと…ララは赤毛で、少しそばかすがあってそれを気にしてた。目は青だよ。ラグは金髪で目はララと一緒で青。コビーは栗毛で目は茶色。太ってたからラグによく揶揄われてた』
「ララが赤毛碧眼でそばかす、ラグは金髪碧眼。コビーは栗毛で茶色の目、んで太っちょか」
シロウは確認する様にシュナが言った情報をまとめた。
『そうだよ。……ねぇみんなを探してくれる?』
「ああ、まかせな」
『…ありがとう、シロウ』
シロウはシュナとの会話を打ち切り、アルに声を掛けた。
「裏口から入ろう」
「分かったのじゃ」
シロウは建物の裏へ周り、通用口らしきドアノブに手を掛けた。
ノブを回すがドアは開かない。
どうやら鍵がかかっているようだ。
「建物にコッソリ入って、誰かに話を聞きてぇんだが、アル、お前鍵とか開けれないよな?」
「我は泥棒では無い。そんな事出来る訳なかろう」
「だよな…」
二人が押し黙っていると、シュナが語り掛けて来た。
『僕、開けれるよ』
「ホントか!?」
『うん、嫌だったけど…やらないとぶたれるから一生懸命練習したんだ』
「ぶたれる…」
シュナの言葉でシロウの心が騒めく。
「シロウ、落ち着け。暴れるのは話を聞いてからじゃ」
アルはシロウの顔が怒りで歪むのを見て、彼の手を取りそう言った。
「すまねぇ。少しムカついただけだ。…シュナ、力を貸してくれ」
『うん、いいよ。針金とかある?』
「針金か…」
シロウは腰のポーチを探り、野営の際に使う針金を取り出した。
「これでいいか?」
『すこし太いけど多分大丈夫。ちょっと体を貸して』
「分かった」
シロウが答えると、シュナはシロウの手を使って、針金で何本かの棒を作り、それを鍵穴に入れこじ開けた。
『この体、すごい力だね』
「お前の方が凄えよ。針金だけでよく鍵が開けれるもんだ」
『…覚えたくて、覚えんたんじゃないよ』
そう言ったシュナの声は少し悲しそうだった。
「すまねぇ。……とにかく中に入って一番偉い奴を探そう」
『偉い奴?』
「ああ、ここだったら孤児院だから、院長か」
『院長室なら二階だよ。……でも僕、院長先生には会いたくない』
シュナの声には怯えが感じられた。
シロウはニヤリと笑ってシュナに言う。
「シュナ、ビビんなくても大丈夫だぜ。お前には俺がついてる」
『……そうだね。分かったよ。行こうシロウ』
「おう。んじゃ開けるぞアル」
「うむ」
シロウはわずかにドアを開け、建物の中を覗いた。
長い廊下の両脇にガラスの窓が並んでいる。
さっき見た講義を行う部屋なのだろう。
二部屋程先に二階へ続く階段が見えた。
シロウは廊下に誰もいない事を確認し、腰を屈め階段まで移動した。
階段は二階へ上がる物の他に、地下に下りる物もあった。
取り敢えず上に向かう事にして、シロウは木の手すりに身を隠す様にして二階へ上がった。
不意にアルに目をやると、特に身を隠す様子も無くシロウの後ろについて来ている。
「ホント便利だよな、それ。……まだ俺に掛けれないのか?」
「もう少しかかりそうじゃ。…そうじゃの我の見た目がアニーぐらいになれば使える筈じゃ」
リンゴの村のアニーは、十代半ばだった筈だ。
まだしばらく掛かりそうだなと思いながら、シロウは二階の廊下を見渡す。
一階同様、二階も廊下に人影は無い。
『右の二番目の立派なドアが院長室だよ』
シュナの声に従い、シロウは院長室に近づいた。
ドアに耳を当てると中に誰かいる様だ。
アルがシロウの耳元で囁く。
「中にいるのは一人だけじゃ。足音が軽いから女じゃと思う」
『女の人?院長先生は禿げ頭の髯のおじさんの筈だけど…』
「踏み込んで取り押さえりゃ、何者か分かんだろ?」
「行き当たりばったりじゃの、結局」
「臨機応変って言えよ」
シロウはそう言うと素早くドアを開け、院長室に踏み込み、棚の書類に手を伸ばしていた赤毛の女の手を捻り、口を塞いだ。
「騒ぐなよ。ちょっと聞きたい事があるだけだ」
赤毛の女は、シロウの言葉に頷きを返した。
シロウが口から手を放すと、女はゆっくりと首を回しシロウを見た。
『ララ…?』
「ララ?」
シュナの言葉にシロウは、その赤毛の女の顔を見た。
青い目がシロウを睨んでいる。
その顔には、ほんの少しそばかすが浮かんでいた。