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南と西へ

その日の夜、懇意にしている貴族の下部組織、ダール商会に手紙を書いていたジャクソンのもとに、その貴族、カリムから呼び出しがあった。


彼が馬車でカリムの屋敷に着くと、まるで連行される様に兵士に部屋に通される。

その兵士達もどこか動きがぎこちない。

部屋への道中、ロビーから見えた屋敷の様子にジャクソンは絶句した。


通された部屋で彼は酷く憔悴した様子だった。


「ロックフォール様、一体何があったのです?どうして屋敷があんな事に…?」


カリムはそれには答えず、質問で返した。


「……ジャクソン。お前、商会を使ってどこかの道場に人をやったそうだな?」

「確かに使わせていただきましたが、一体……?」


「……今日、二人の男が突然押し入って来て、歓楽街の計画を見直せと言って来た」

「まさか!?それを飲んだのですか!?」


ロックフォールは疲れた顔でそれに答える。


「仕方なかろう…。商会は支部も含めて全部潰され、私の私兵も殆どが使い物にならなくなった…。屋敷もお前が見た通りだ…。お前、一体、何に喧嘩を売ったのだ?」

「商会が!?たった二人にですか!?衛視は!?衛視に報告したのですか!?」


ジャクソンの言葉にカリムは血走った眼を向け叫ぶ。


「その様な事をしている場合ではない!!商会の事も邸宅が襲撃された事も、対立議員の恰好の餌だ!!これだけ事が大きくなればもみ消しも出来ん!!私は議員としては終わりだ!!全部、全部お前の所為だ!!」

「そんな、ロックフォール様!?今まで上手くやって来たではないですか!?」


カリムは縋り付くジャクソンを振り払いヒステリックに叫んだ。


「うるさい!!あんな化け物共に喧嘩を売る貴様が悪いのだ!!金輪際連絡して来るな!!私は、私はもう関係ない!!」


カリムはそれだけ言うと、頭を抱え黙り込んだ。

呆然とするジャクソンの肩に兵士が手を置いた。


兵士たちはジャクソンを屋敷の玄関から突き飛ばし、扉を硬く閉ざした。

その扉を見つめるジャクソンの耳には、御者の呼ぶ声も届いてはいなかった。




一夜明けた翌日、街は黒い噂の絶えなかったダール商会が壊滅的な被害を受けた件と、繋がりを噂されていたカリムの屋敷が襲撃を受けた話が、街のいたるところで噂になっていた。


「なんでも犯人は黒髪と金髪の二人連れらしい」

「うちはダール商会から立ち退く様に、何回も嫌がらせされていたからスカッとしたよ」

「貴族の屋敷を襲撃したのも、その二人だって話だぜ。やっぱり噂は本当だったんだな」

「俺は医者のジャクソン先生が黒幕だって聞いたぜ?」


シロウとジョシュアは顔は一応隠していたが、結構派手に暴れていたし、シロウはジャクソンの名前を頻繁に出していたので、野次馬の中にそれを聞いた者もいたのだろう。


その後、民の声を無視出来なくなった王国議会はカリムを召喚。

これまで彼の行って来た不正について、対立議員による追及が始まった。


ジャクソンは、これまでカリムと共に行ってきた悪事が明るみに出て、逃げようとしていた所を衛視に逮捕された。

彼は今後、証人として牢屋と議会を往復する毎日になるだろう。


歓楽街の件は、主導していたカリムが失脚した事で白紙に戻った。

どうなるかは分からないが、民の事を考えない計画を打ち出せば、同じ事が自分の身に起こるかもしれない。

それは王国議員への牽制になる筈だ。


無論、事を起こした二人、シロウとジョシュアにも捜索の手は伸ばされたが、殴り込みをかけたその日の内にシロウ達は王都を逃げ出していた。


その後、しばらくして王都の貧しい民の間で、獅子の神様を祀る信仰が、ある道場から広まった。

国は信仰の自由を掲げていたので排除する事も無く、長く癒しの神として祀られる事になるのだが、その事をシロウ達は知らない。





王都を離れ南へ向かう街道を、奇妙な四人連れが歩いていた。

麻の服を着た黒髪と金髪の二人はまだ良い。

冬の初めだというのに薄手の服の男と、白い髪の上等な服を着た少女。

どういった者達なのか想像がつかない。


「後先考えないであんな事するから、慌てて逃げ出す事になったんじゃない?僕はもう少し、大きな人間の街を満喫したかったなぁ」


ウルラがシロウを横目で見ながらそんな事を言う。


「なんでも潮時ってもんがあんだよ。大体、叩くって言いだしたのはジョシュアだぜ」


「私に振らないで下さい。ダール商会だけで良かったのに、貴族までやろうと言ったのはシロウさんじゃないですか?」


「お前が住民の話なんかするからだろ」


シロウとしても、初めはダール商会のボスをとっちめればいいと考えていた。

しかし、ジョシュアから聞いた道場の周りで暮らす人々の話を聞いて、家族の事を思い出し放っておけなくなったのだ。


「良いではないか。皆、追い出されずに済んだのじゃろう?」

「まったく、アルは優しいね。獅子とは思えないよ」

「王とは全ての者に安寧を与える者でなくてはならんのじゃ」


誇らしげに言うアルの頭をシロウは撫でた。


その日は街道の側で野宿をした。

干し肉を嫌がったウルラが狩りに出かけると言い出し、止める間も無く姿を変えて飛び去った。


「あれは一体…」

「うん、まぁなんだ…。あいつ神様なんだ」

「神様?」

「そうじゃ、ウルラはハヤブサの神、ソカル族じゃ」


アルがジョシュアを見上げ得意げに解説した。


「ハヤブサの神…。まさか、シロウさんも神様なのですか!?」

「いや、俺は唯の人間さ…。俺の中にソラスみたいなのが結構な数棲み付いてな、それで人間離れしただけだ。神様はこいつさ」


そう言ってシロウはアルの頭に手を置いた。


「いいのかシロウ?」

「ジョシュアにはバレてもいいだろ」

「アルさんが神…」

「マーロウがすぐ元気になったのは、アルが癒しの力を使ったからだ」


ジョシュアはアルをまじまじと見た。


「ではシロウさんが言っていたアルブム教というのは…」

「そっ、こいつを崇める宗教さ。ただ、この見た目だと威厳がねぇし、バレると直で頼みに来る奴とかいそうだろ?」

「威厳が無いとはなんじゃ!?人の姿では駄目だというなら、これならどうじゃ!!」


アルは姿を獣に変えた。

鬣を生やしたしなやかな獣が現れる


「これは…なんと美しい…。私は神は人の姿をしていると思っていました。王都では至高神信仰が盛んなので…」

「聞いたかシロウ?ジョシュアは我を美しいと言っておるぞ」

「ああ、俺も綺麗だとは思うぜ」

「きっ、綺麗!?」


アルは人の姿に戻り、シロウに背を向けしゃがみこんだ。

そんなアルの行動を不思議に思いながら、シロウは考える。


王都で育ったジョシュアは、獣の神がいる事を知らなかった。

辺境ではまだ信仰されているが、王都では人の姿をした至高神の信仰が盛んだという。

アルが忘れられていった背景には、そんなモノもあったのかもしれない。





日も暮れ焚き火を囲みながら、一行はのんびりと過ごしていた。

ウルラは早々と横になり寝息を立てていた。


シロウは膝で眠っているアルを撫でながら、ジョシュアに聞いた。


「ジョシュア、これからどうするんだ?」

「このまま南に抜けて、王国の南の端まで行こうかと思います」

「んじゃ、もうすぐお別れだな。俺達は西の街に用があるんだ」

「そうですか。私は端に着いたら、海に出て世界を回ってみようと思っています」


二人が話しているとソラスがシロウに語り掛けた。


『シロウ、体を貸して欲しい』

「まだ、ジョシュアと戦いたいのか?」

『違う。……伝えたい技があるのだ』

「伝えたい技?」


シロウが突然独り言を言い出したのを見て、ジョシュアが問い掛ける。


「もしかして、ソラスですか?」

「ホント、察しがいいね。なんか技を伝えたいらしいぜ」

「技?」

「……後はソラスに聞いてくれ。いいぞソラス」


シロウはソラスに体を明け渡す。

ソラスはアルを毛布の上に寝かせ立ち上がった。


「ついて来い。見せたい技がある」


それだけ言うと彼は振り返りもせず、街道脇の林に足を向けた。

ジョシュアは何も言わずその後に続いた。


一本の木の前で、ソラスは足を止めた。


「この技は、かつて俺が異国の剣士から教わった技だ」


そう言うとソラスは腰の雪狼の剣の柄に手を置いた。


腰を落とし、木に向けて剣を抜き打つ。

鞘の中を駆け抜けた刃は稲妻の様に走り、一抱え以上もある木の幹を一太刀で断ち切った。


「これは…」

「なんでも、居合という技らしい。この国では見た事がないだろう?」

「どうして、私に技を見せたのですか?」

「お前は世界を回るんだろう?だったら手数は多い方がいい。お前なら一回見ただけで再現できるだろう。精進しろ」


そう言うとソラスはシロウの体から抜け出した。


「もう行くのか?」

『ああ、心残りは無い。……生まれかわりというのが、どうゆう物かは知らんが願わくばもう一度、人として生まれたいものだ』


「ソラス…。なぜさっきの技を試合の時に使わなかったのですか?」

『教わったと言っただろう?俺は自分の技でお前に勝ちたかった。…それだけだ』


ソラスの魂が光を放つ。


『シロウ、世話になった礼だ。俺の技をくれてやる』


シロウの中に冷たい刃の光に似た物を残しソラスの魂は消えた。


「最後まで偉そうな奴だったぜ。しかし剣術か…、加減が難しそうだな」

「シロウさんはもしかして、ソラスの為に王都へ来たのですか?」

「そうだ」

「では西の街の用事というのも?」

「まあな。次はどんな願いか…。まぁ気長にやるさ」


そう言ってシロウは笑った。

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