気の合う二人
その日の午後、口髭を生やし、全ての指に指輪をはめた背の低い中年の男、カリム・ロックフォールは窓から庭を眺めながら、お茶を楽しんでいた。
誰にも邪魔される事の無いこの時間を、彼は何よりも愛していた。
時折、遠くから何かが倒れる音が聞こえる。
近くで工事でもしているのだろうか、全く無粋な事だ。
しかし、暫くするとその音も消えた。
気を取り直しお茶を飲む。
庭の木も葉を落とし、冬が近い事を感じられた。
だがその憩いの時間は、ドアが吹き飛んだ音で終わりを告げた。
「何事だ!?」
ドアが無くなり、四角く開いた入り口から、口元を布で隠した男が二人、部屋の中に入って来た。
そのうちの一人は私兵の一人の頭を片手でつかみ、引きずっている。
あまりの事に茫然としているカリムに、その男が言う。
「よぉ、アンタがダール商会の親玉かい?苦労したぜ。ここまで来るのはよぉ」
「なにも聞き出した場所を、全部潰す必要は無かったんじゃないですか?」
「徹底的に叩くって言ったのはお前だろ?」
二人はまるで何事も無かったように、平然と会話をしている。
カリムは椅子から立ち上がり声を上げた。
「きっ、貴様ら、何者だ!?ここが王国議員である貴族の館と知っての狼藉か!?」
「当たり前だろ?お前が歓楽街を作るって言いだした奴であってるよな?」
「貴様、貴族である私に向かってなんだその口の利き方は!?」
男は鎧を着た私兵を無造作に放り投げ、カリムに近づいた。
私兵は書棚に激突し、収められた本に埋もれた。
その迫力に圧され、カリムは壁を背にして立ちすくむ。
「わりぃが、俺は相手が神様だろうとこの喋り方なんだ。で、アンタが言い出しっぺだよな?」
「ぶっ、無礼者め!!賊だ!!誰かこやつらを取り押さえろ!!」
カリムは叫ぶが、誰も駆け付ける様子はない。
「無駄ですよ。大分暴れましたから、殆どの兵は戦闘不能でしょう」
「何…だと…。この屋敷には百人以上警備兵がいたのだぞ…」
「次から次へと出て来るから、途中で数えるのを止めちまった」
「私は六十二名倒したので、私の勝ちですね」
「待てよ、こいつは百名以上って言ったろ、って事は百五十かも知れねぇじゃねぇか」
「実際は何名ですか?」
透明な剣を持った男がカリムに尋ねる。
この二人は何について一体話しているのだ。
男の剣が揺れている。
カリムは困惑と恐怖を感じながらそれに答えた。
「……百二十名だったはずだ」
「やはり、私の勝ちですね」
「クソッ、負けか。…殺さないように加減して殴るのは難しいんだよ」
男は頭を掻きながら、カリムに目をやる。
「それでよぉ、貴族様。歓楽街の計画だが、見直してもらう訳にはいかねぇか?」
「でっ、出来る訳が無かろう!?」
「何でだ?まだ工事も何も始まってねぇよな?」
「私が根回しの為に幾ら金をばら撒いたと…」
男の目が鋭さを増す。
「こいつに聞いたんだが、あそこにゃ借家暮らしの人間が大勢いる。歓楽街が出来りゃ、地価が高騰して地主は住民を追い出して土地を売るだろう?」
「それがどうした!?」
「ギリギリで生きてる人間は、行き場所が無くなる。アンタの計画には、家を無くした住民の行き先までは入って無いよな?」
「だからそれが何だというのだ!?」
「金の為に人の人生を壊して平気なのか?」
男の瞳は真っすぐにカリムを見ている。
その眼力に耐え切れず、カリムは視線を逸らせ言った。
「たッ、民は貴族の為に存在するのだ!!我らの為に犠牲を払うのは当然であろう!?」
「…そうかい。それじゃ、アンタを動けなくするしかねぇなぁ」
「なッ、何をするつもりだ!?」
「舌を切って、両手を破壊する。喋る事も、サインする事も出来なきゃ、計画も進まねぇだろ?そうだ、やる前にお仲間の事も教えてくれると助かる」
男はそう言ってカリムの手首を掴みながら微笑んだ。
カリムは男の手を振り払おうとしたが、万力で絞められたようにビクともしなかった。
「やっ、止めろ!!」
「それじゃ、考え直してくれる?お仲間探し出して殴り込んでると、時間がかかりそうだし…」
「そうですね。さすがに数が多いと、何日かに分けないと回り切れませんね」
剣を持った男も平然とそう言った。
もう一人が、カリムの金の指輪の嵌った指に手をかけた。
「大丈夫、痛いけど死なないから」
そう言うとカリムの指を、関節とは逆方向に曲げ始める。
「分かった!!開発計画は見直す!!住民の転居についても国が補助を出すよう変更しよう!!」
男は嬉しそうに笑った。
「そうか。分かってくれて嬉しいぜ。それとアンタ、いかがわしい組織とは手を切った方がいいぜ。さっき言ったけどダール商会は潰した。もし別の組織がちょっかいかけて来るようなら、そいつら辿って全部潰す。……その時また、アンタの名前が出たら…」
握られた手首に力が籠められ、男の手がカリムの指をなぞった。
「舌と指だけじゃ済まねぇかもなぁ…」
カリムはブンブンと首を縦に振った。
「まるっきり悪役ですよ、それじゃあ…」
もう一人が少し呆れた様に呟いた。
「なんだよ、いいじゃねぇか。少しは浸らせろよ」
剣を持った男はため息を吐いて首を振った。
男はカリムから手を放し、最後に言った。
「そうだ。言い忘れてたけど、屋敷を大分壊しちまった。ごめんな」
「そうですね。私も余りに良く斬れるので、少し調子に乗っていたかもしれません。すいませんでした」
それだけ言うと、二人はカリムを置いて部屋を後にした。
その後ろ姿を見送り、しばし茫然としていたカリムだったが、我に返り部屋を抜けロビーまで走る。
ロビーについたカリムは膝を落とし、言葉を失った。
二階建ての左右に広がった屋敷の右側は、警備兵たちが倒れ、部屋の壁に無数の穴が開いている。
その穴の向こうには庭の景色が覗いていた。
カリムの屋敷から帰る途中ジョシュアがシロウに話しかけた。
「シロウさん、やっぱりドアから進むべきだったのではないでしょうか?」
「だって、面倒臭いじゃん。お前も貸したその剣で、壁に穴開けながら進んでたじゃねぇか?」
「切れ味に魅せられるなんて…、まだまだ修行が足りません」
そう言いながら、ジョシュアはシロウに剣を差し出した。
それを受け取りながら、シロウは言う。
「まあ、誰も死人を出さなかったから上出来じゃねぇの?」
「死者がいなければいいという事では無いような気もしますが…」
倉庫の件で味を占めたシロウは、雪狼の剣を使い壁を抜きながらカリムを探した。
途中、ジョシュアに剣を貸し、自身は拳で壁を破りなら進んだのだ。
「あれだけやりゃ、流石にもう手は出してこねぇだろ?」
「そうだと良いんですが…」
二人は暢気に話ながら道場への道を歩いた。