殴り込み
試合が終わり、シロウ達と話していたジョシュアにマーロウが声を掛けた。
「ジョシュア、見事だった。……さっき言った道場を継いで欲しいという話だが…。忘れてくれ」
「師匠?」
「お前はもっと強くなれる、その為に世界を見なさい。この街、いやこの国を出て広い世界を。そうすればお前はもっと沢山のモノを守れるようになるはずだ。」
そう言ってマーロウは優しい目でジョシュアを見た。
「…分かりました。……師匠、今までありがとうございました」
ジョシュアはマーロウに深く頭を下げた。
「ジョシュアさん、行っちゃうんですか?」
ロックは不安そうにジョシュアを見上げる。
「ああ、そんな顔しなくても、すぐ出て行く訳じゃない。まず道場の問題を片付けないと」
「ジョシュア、なんかするんだったら手伝うぜ」
「襲って来た男たちに詳しい事を聞こうと思います。先生が誰と繋がっているのか聞き出し、そこを徹底的に叩きましょう。相手が割に合わないと思うぐらいに…」
シロウはジョシュアの言葉に口笛を吹いた。
「いいねぇ、そういうの好きだぜ」
「シロウも行くなら我も行くぞ!」
「アル、お前はロックたちとお留守番だ」
「何故じゃ!?」
アルは両手の拳を握りシロウを見上げていた。
シロウはしゃがんでアルと目を合わせ、その頭を撫でて優しく言った。
「また誰か襲ってきたら、ロックたちが怪我しちまうかも知れねぇ。お前がここにいてくれりゃ、俺たちも安心して仕事が出来る」
「むう、またそれか…。我にもっと力があれば…」
「そうだな。お前の力がもどりゃ助けて貰えるのにな。まぁ今回は我慢してくれ」
「……分かったのじゃ」
男たちは縛り上げ庭の隅に転がしていた。
シロウは母屋に置いてあった雪狼の剣を持って出てきた。
「シロウさん、その剣は?」
「これか?貰ったんだが、あんま使い道がなくてよ」
ジョシュアに答えながら、シロウは男たちに近づいた。
彼らは既に意識を取り戻していた。
「よぉ、聞きたい事があるんだが?」
「何だよ?誰が頼んだかは話したろう?」
シロウに尋問された男が、仰向けに転がったまま口を開く。
「あんた等の組織について教えてくれや」
言いながら男に胸に足を置いてシロウは剣を抜いた。
透明な刀身からは冷気が立ち昇り、明らかに普通の剣ではないと分かる。
「何だよその剣!?それで何をするつもりだ!?」
「別に殺しぁしねぇよ。……お前、凍傷って知ってる?」
「…凍傷?それがどうした!?」
「凍傷ってのは重くなると、指とか鼻とか落ちちまうんだと」
そう言って、男の頬に刀身を当てる。
「冷てッ!!なにしやがる!?」
「頬っぺたの肉が無くなると、飯がこぼれて大変そうだな?」
シロウはまるで大した事では無いといった口調で、男の顔に刀身を当て続ける。
男は顔を青くして首を振った。
「止めろ!!放せ!!」
「組織の事を吐けよ。早くしないと肉が落ちるぞ」
「分かった!!言う!!言うから止めてくれ!!」
シロウは男が話す組織の事を聞きながら、ニヤリと笑った。
一通り聞き終えると、隣の男に同様の質問をする。
それを何度か繰り返し、彼らが嘘を言っていないか確認する。
彼らは末端の構成員の様で、上がどうなっているのかまでは詳しく知らないようだ。
「ジョシュア、どうする?」
「…シロウさん、私は彼らより貴方の方が恐ろしくなってきました」
「そうか?だれも殺してねぇんだがなぁ」
「はぁ、取り敢えず、彼らの言った建物に向かいます。そこから辿って行く事にしましょう」
ジョシュアはため息を一つ吐いてシロウに言った。
「了解だ」
シロウはウルラにアル達を守る様に告げ、ジョシュアと二人、男たちが話した建物へ向かった。
ジョシュアは木剣では無く、鋼の剣を腰に下げていた。
「ジョシュア、出来るだけ殺さないでくれよ」
「そのつもりですが…。シロウさんは何と言うか、行動は乱暴なのに言う事は平和的ですね」
「それには、切実な理由があってな…。まぁなんだ、神の伝道師が人を簡単に殺しちゃ不味いだろ?」
「伝道師は悪漢の根城に、殴り込んだりはしないと思うのですが…」
話している間に、二人は建物へたどり着いていた。
場所は倉庫街の一角、看板も何も出ていない倉庫の入り口には、ガラの悪い男たちがたむろしていた。
シロウは彼らに近づき陽気に尋ねる。
「なぁ、仕切ってる奴は中にいるのかい?」
「あ?てめぇ俺達が誰だが分かってんのか?」
「ここってダール商会だろ?」
「ふざけやがって!!」
男はシロウに殴りかかった。
その拳を捻り、男を地面に叩き付けながら、にこやかに尋ねる。
「で、お前らのボスは中にいるのか?」
「畜生!!舐めんじゃねぇぞ!!」
男たちが抜いたナイフや剣を、ジョシュアの剣が一瞬で断ち切る。
男たちは断ち切れた武器を手に茫然と立ち尽くしている。
「シロウさん、彼らに聞いても無駄でしょう」
「そうか?…んじゃ、勝手にお邪魔するか」
シロウは剣を抜き、倉庫の壁に穴を開けた。
「ホントに良く切れるなこれ」
剣を鞘に納め、内部を見渡す。
倉庫の中は、外見とは違い結構立派な家具が置いてあり、床には絨毯が敷かれていた。
「贅沢な部屋だな。道場の母屋なんて壁に穴が開いてて、隙間風がひでぇのに…」
「…シロウさん、師匠は清貧を心掛けているんです。それにお金は木剣等の練習道具に使ってしまうんです」
「だからあの道場、妙に設備だけは良かったのか…」
シロウが納得した様に頷いていると、野太い声が二人にかかる。
上等な服を着た顔に傷のある、スキンヘッドの男が部下を引き連れ二人を睨んでいた。
「てめぇら何者だ?ここがダール商会の支部と知って殴り込んで来たのか?」
「あんたがその支部の親玉?本部は何処にあるんだ?」
「本部だと…。さてはトーガ同盟の回し者だな?」
「なぁジョシュア、トーガ同盟って知ってる?」
「さぁ?私も道場と家を往復する毎日ですから、世事には疎くて…」
「お前、まだ若いのに…。俺が言える事じゃねぇけど、もっと遊んだほうがいいぜ」
「内職が忙しくて、そんな暇はありません」
ジョシュアも結構、苦労しているようだ。
世間話をしている二人に、スキンヘッドの男は青筋を立てて叫んだ。
「ぶち殺せ!!」
十分後、シロウとジョシュアの周りには、腕や足を折られうめき声を上げる者と、腱を斬られ床に倒れている者で溢れていた。
「本部がどこか教えてくれよ」
シロウは床に尻もちをつき、怯えた表情を見せる男を見下ろし尋ねる。
「おッ、お前ら化物か…」
「大分人間やめてるけど、化物とは心外だぜ」
「いや、シロウさんは十分、化物だと思います」
「こいつはお前らって言ったんだぞ。ジョシュアも含まれてるじゃねぇか」
「…確かにシロウさんと一緒にされるのは納得いきませんね」
「お前、結構言うねぇ」
シロウは男に向き直り、再度尋ねる。
「さて、お前の言う化け物に建物ごと潰されたくなきゃ、本部がどこか教えてくれよ」
シロウは拳を鳴らしながら、ジョシュアは剣の血糊を拭いながら男に目をやった。