試合
道場に戻ったジョシュアとシロウは、母屋のマーロウの部屋で事の経緯を説明した。
マーロウは少し落ち込んだ様子でぽつりと呟く。
「ジャクソン先生が…」
「師匠、先生はこの道場の権利、いえ土地が欲しくて堪らないようです」
ジョシュアの言葉にマーロウはため息を吐いた。
「先生にはルイーズも診てもらった…。私は友人の様に思っていたのに…」
「師匠…」
「んじゃ、道場をあの医者に渡すのか?」
「シロウさん…。いえ、私はここをいずれジョシュアに継いで欲しいと思っています。」
ジョシュアはそれを聞いて、何とも言えない顔をした。
その顔を見てマーロウは少し苦笑した。
「さっきのは私の勝手な願いだ。ジョシュア、お前はやはり広い世界が見たいのだな。」
「はい、しかしそれだけでは無いのです。……師匠、私は師匠の言いつけを破り、他流派との試合を行っていました。そんな私が道場を継ぐことなど出来ません。」
マーロウは笑って答える。
「フフッ、知ってるよ。お前ぐらい剣の腕が立てば、試してみたくもなるだろう。」
「ご存知だったのですか?」
「ああ…。私が他流派との試合を禁じたのは、要らぬ軋轢を避ける為だ。勝っても負けても良い結果にはならないだろうからな。今のお前ならその意味も分かるだろう?」
「はい…。あの頃の私の行動は、自分の心を満たす事と引き換えに、多くの嫉妬や恨みを買っていたと思います。それにその事で私は人を見下す様になって行きました……」
ジョシュアは苦い顔で言葉を吐き出した。
「ジョシュア…。剣の力は他者を貶める為にあるのでは無い。誰かを守る為、そしてその事がひいては自分の心を高める事に繋がると私は考える」
「自分の心を……」
『クククッ、面白い事を言う男だ。剣は何かを傷付ける為に生みだされたのだ。守りでは無く、攻める為の道具ではないか』
ソラスは嘲る様にそう呟いた。
「大切な何かを守る事で得る物があると私は思うのだ。それは人の生において重要な物の一つだとな。ジョシュア、お前の力は守る為に使え」
「守る為に…」
『重要な物の一つだと…。剣士における重要な事は勝つ事だ!それ以外に価値などあるものか!?』
「ソラス…。お前小っせぇ奴だな」
『何だと!?俺の何処が小さいというのだ!?』
「勝つか負けるかに縛られてる。多分お前、俺の体を使ってもジョシュアにぁ勝てねぇよ」
シロウの囁きにソラスは黙り込んだ。
部屋に沈黙が訪れたタイミングで、シロウはマーロウに声を掛けた。
「マーロウ。頼みがあるんだが?」
「シロウさん、何でしょうか?」
「ジョシュアと試合させてもらえねぇか?」
「試合ですが…。しかし私は先ほどジョシュアに言ったように、他流派との試合は…」
シロウはマーロウに向けて広げた手を突き出した。
「分かってる。だがこれはジョシュアの為でもある」
「ジョシュアの為?」
「ああ、あんたの弟子は、ある男との試合を心の中でずっと引きずってる。そいつを解放する為にも、俺とジョシュアは戦うべきだ」
困惑気味なマーロウにジョシュアは頭を下げる。
「師匠、私からもお願いします。シロウさんとの試合を許可して下さい」
「お前まで…。彼と戦う事はそんなに重要なことなのか?」
「はい、彼と戦えば、私は勝っても負けても、今より先に進める気がするのです」
「……いいだろう」
「師匠…ありがとう御座います!!」
ジョシュアは再度深く頭を下げた。
試合は道場の庭で行われる事になった。
ロックやアル、ウルラ達が見守る中、木剣を手にシロウはジョシュアと向き合った。
「シロウ、頑張るのじゃ!」
「アルさん、恩人のシロウさんには悪いですけど、ジョシュアさんには勝てませんよ」
「むう、やってみないと分からないのじゃ」
「シロウは僕にも勝ったしね。それに雪狼を倒したあの剣士なら、楽勝じゃないの?」
アル達が盛り上がる中、シロウはソラスに語り掛ける。
「ソラス、体を貸してやる。お前の剣が通用するかやってみるといい」
『言われるまでもない!この時をどれ程待ち望んだか!!』
シロウはソラスに体を明け渡し、自身の目から試合の行方を見る事にした。
審判を務めるマーロウが二人に声を掛ける。
「双方とも準備は良いか?」
「はい」
「いつでもいいぞ」
「では、始め!!」
掛け声と共にシロウの体を操り、ソラスは一気に踏み込んだ。
そのスピードに驚きながら、ジョシュアは繰り出される剣をことごとくいなした。
「流石、俺を倒した男だ」
「…確かにソラスの剣技だ。こんな事が起こり得るとは…」
ジョシュアとソラスは一端、間合いを開けお互いの出方を伺った。
「今までは様子見だ」
ソラスは剣の柄頭を右手で持ち、片手で剣を構えた。
踏み込みと同時に突きを繰り出す。
それをジョシュアは、木剣を刀身に触れる様に振り狙いを逸らす。
ソラスは逸らされた木剣を体を捻り、回転する事で袈裟斬りの形に変える。
ジョシュアはそれを更にいなしたが、ソラスは体勢を崩す事無く回転し斬撃を続けた。
「これは…」
「驚いたか!?以前戦った時も、お前は俺の剣を全ていなした!!それに勝つための答えがこれだ!!」
回転する斬撃は鋭さと速度を増した。
だがジョシュアはその斬撃をいなしながら、ソラスの動きを冷静に観察していた。
「シロウ、凄いのじゃ!!」
「ジョシュアさん、頑張って!!」
「シロウが勝ちそうだね」
ソラスはジョシュアが守りに入った事で勝利を確信し、止めとばかりに左から右への胴抜きを放った。
しかしジョシュアは振りが放たれる直前に懐へ飛び込み、しなり切った右ひじを突いた。
腕に痺れが走りソラスは剣を取り落とす。
「何と…」
マーロウはジョシュアの技に思わず声を漏らす。
「馬鹿な…俺の技が…」
ソラスの首に木剣を当てながらジョシュアが言う。
「確かに素晴らしい技術だったが、足さばきを見れば次に何が来るか読める」
「……そんな事が出来るのはお前ぐらいだ」
「ジョシュアの勝ちだな。シロウさんこれで満足ですか?」
「ああ、完全に…俺の負けだ…」
そう言うとソラスはシロウに体を返した。
「いてて。ジョシュア、ちったぁ加減しろよ」
「シロウさん…ですか?ソラスは?」
「なんか引っ込んじまったよ。まだ思い残した事があんのかね?」
二人の会話を聞いてマーロウが不思議そうな顔をしていると、アル達が駆け寄って来た。
「シロウ大丈夫か!?」
「お二人とも凄かったです!!」
「シロウ、人間に負けるなんて君もまだまだだね」
シロウはアルの頭を撫でながら、ウルラの頭に拳骨を落とした。
「痛い!!何するんだよ!?」
「どうしてお前は一言多いかねぇ。大体、お前俺に負けたじゃねぇか。どうせ口に出すんならジョシュアを褒めろよ」
「……たしかにジョシュアは強かったけど、人間を褒めるなんて…」
「凄ぇ奴は凄ぇ。それは人も神も関係ねぇだろ?」
「……分かったよ。ジョシュア、正直驚いた。人ってあんなに早く動けるんだね」
「はぁ、ありがとう御座います」
二人の会話を聞いていたジョシュアは、戸惑いながらそれに答えた。