ジョシュアとソラス
薬を飲み始めて一週間。ロックの父親は元気を取り戻していた。
今朝は庭に出て木剣を素振りしている。
「そんな事してたら、ロックやジョシュアにまた叱られるぜ」
「これはシロウさん、おはようございます。貴方の薬のお蔭で、こうして剣を振る事も出来る様になりました。なんとお礼を言っていいか…」
ロックの父親、マーロウが元気になったのは、病魔がほぼ駆逐されたタイミングでアルが術を掛けたからなのだが、その事は…まぁいいだろう。
「感謝はアルブム・シンマって獅子神様にしてくれ、その神様のお蔭で俺達はロックを救えたし、あんたの病気も治せたんだ」
「アルブム・シンマ様?」
「ああ、俺はその獅子神様の伝道師なんだ」
「今まで聞きそびれていましたが、お坊様でしたか。それで医学の知識をお持ちなのですな」
マーロウは得心いったという風に頷いている。
「父さん!?何をしているのです!?」
「いや、ちょっと素振りをな…」
「病み上がりなのですから、もう少し自重してください!」
「私はもう大丈…ロック!手を引っ張るな!大丈夫だと言っておるだろう!?」
素振りを続けようとするマーロウの手を引くロックの目には、大粒の涙が溜まっていた。
気丈に振舞っていても、まだ子供だ。それにロックは母親を亡くしている。
父にまで死なれたら、彼は一人ぼっちになってしまう。
「マーロウ、子供のいう事は聞くもんだぜ」
「……シロウさん。分かりました。ロック、ちゃんと休むから泣かなくていい。」
「泣いてなどいません!」
「ハハッ、そうだな。シロウさんでは」
「おう、しっかり休めよ」
強がるロックの頭を撫でマーロウは笑いながら母屋に戻って行った。
後ろ姿を見送るシロウに、ジョシュアが声を掛ける。
「シロウさん、助かりました。師匠は放っておくと、すぐ稽古しようとしますから」
「ホント剣術が好きなんだな」
「剣術というよりは、体を動かす事が好きなんですよ」
「ところで一つ聞きたいんだが、お前、ソラスって知ってるか?」
シロウの問いにジョシュアの目つきが鋭さを増す。
「何故その名をご存知なのですか?」
「まあ、何というか、知り合いなんだ」
「……何が目的です?」
「あんたの話はソラスから聞いてる。凄腕なんだろ?だったら一つ手合わせしてもらえねぇか?」
ジョシュアはシロウを睨みながら、それに答える。
「お断りします。他流試合は師より禁じられております。それに私は腕試しの試合はしたくありません」
「ソラスとは戦ったんだろ?」
「……あれは若気の至りでした。今では後悔しています」
シロウは苦い顔をするジョシュアを見て、少し笑みを浮かべた。
「俺もソラスから、そこまで詳しく聞いちゃいねぇ。何があったか話しちゃくれねぇか?」
「…彼は生きているのですか?」
「いや、奴は死んだ」
「やはり……」
ジョシュアは少し悩んだ様子を見せたが、顔を上げて答えた。
「別の場所で話しましょう」
ジョシュアがそう言って向かった先は、さびれた酒場だった。
客はシロウ達しかいない。
ジョシュアはテーブルに座り、二人分のエールを注文した。
しかし、シロウはエールではなく、ぶどうジュースを頼んだ。
「エールと言っても水替わりの様なものですが?」
「……酒は止めた」
「…そうですか」
店主がエールのジョッキとジュースのグラスをテーブルに置いた。
暫く経ってからジョシュアは重い口を開いた。
「…もう五年程前になるでしょうか、私は師匠の下で剣術を習い、周囲からその腕を認められるようになっていました。そうなってくると腕試しがしたくて、しょうがなくなってきたのです」
シロウはそれに頷きを返し、続きを促す。
「私は師匠に隠れて剣客の下を訪れ、試合を申し込むようになりました。結果は連戦連勝で、当時の私は益々自分が他の人間とは違うと己惚れていったのです」
「人間、若いうちは自分が特別だと思いたいもんさ」
ジョシュアは自嘲気味に笑ってさらに続けた。
「私も今はそう思えます。ソラスと戦ったのはそんな時でした。彼は病を押して私の挑戦を受けてくれました。最初は変幻自在の彼の剣術に翻弄され、手も足も出ませんでした。しかし不意に彼の動きが止まり、私はそれを隙と捉え思わず剣を打ち込みました。」
「…隙じゃなかったのか?」
ジョシュアはそれに頷き、言葉を続ける。
「剣を撃ち込まれたソラスが血を吐いた後、彼の病の重さを知りました。私はその時、自分のしている事が、自己満足にすぎないという事に気付いたのです。それ以来、私は腕試しの為に戦う事は止めようと誓ったのです」
「…なるほどな。戦いたくねぇ理由は分かった。」
シロウの言葉にジョシュアは、ホッとしたような笑みを浮かべた。
「だったらお前は絶対に俺と戦うべきだ」
「シロウさん、仰っている意味が…」
「信じなくてもいいが、俺の中にはソラスの魂が棲み付いてる」
「そんな嘘までついて私と戦いたいのですか!?」
ジョシュアはシロウの言葉に怒りを顕わにした。
店主はチラリとテーブルに目をやったが、すぐに視線を戻しグラスを磨き始めた。
「まぁ普通は信じねぇよな。しょうがねぇ、出て来いよソラス」
シロウの呼び掛けで、ソラスの魂がシロウの横に浮かび上がった。
『ひさしいな、ジョシュア』
「ソラス…なのですか?」
『この男がお前の師が回復するまで待てと言うから、我慢してやったのだ。この一週間本当に長かったぞ』
「魂…本当に…」
シロウはジョシュアを見てニヤリと笑った。
「ジョシュア、お前の心にも引っ掛かってんだろ?ホントはどっちが強かったのかってのはよ」
『俺と戦えジョシュア。俺は死んでからもずっと修行を続けて来た。どれだけ強くなったのか見てやろうではないか?』
「お前、基本的に偉そうだよな」
ジョシュアは二人を見て口を開く。
「…確かにあの試合はずっと心に棘として残っていました。ソラス、お願いします。私と戦って下さい」
『もちろんだ。クククッ、ようやく新しい技が試せるな』
「だから、なんでそんなに悪役っぽいんだよ…」
その言葉を無視して、ソラスはシロウの中に消えた。
「シロウさん、ソラスは…?」
「戦うっていっても、あいつは体がねぇからな。俺の体を貸す事になってる」
「ソラスが貴方の体を使って戦うという事ですか?」
「察しが良くて助かるよ。んで何時やる?」
ジョシュアは少し考えシロウの問いに答えた。
「まずは師匠に説明をしないと…。私のしていた他流試合についても…」
「じゃあ取り敢えず、道場に戻るか」
「…はい」
シロウ達が道場に戻ると、アルが駆け出してきた。
「シロウ!!どこに行っていたのじゃ!?」
「ジョシュアと少し話をな…。何かあったのか?」
「道場破りなのじゃ!!マーロウがいきなり襲われたのじゃ!!」
道場破りと聞いて、ジョシュアが道場に駆け込む。
シロウとアルもそれに続いた。
庭にはガラの悪そうな男たち十人程立っていた。
その中の一人が、膝を突き荒い息を吐くマーロウを見下ろし笑っていた。
ロックがマーロウの前で、庇おうと手を広げている。
「約束通り、この道場の権利は頂くぜ」
リーダーらしき男がマーロウにそう告げる。
「権利って、勝手に喚いて父さんに襲い掛かったんじゃないか!?」
リーダーの男は、ロックを木剣ではね飛ばした。
「ロック!!」
「ガキが大人の話に首突っ込んでんじゃねぇよ」
それを見たシロウの中に、怒りが沸き上がる。
シロウは一瞬で間合いを詰め、男の腹に拳をねじ込んだ。
男は壁まで吹っ飛び、激突すると動かなくなった。
「子供に手ぇ上げてんじゃねぇよ…」
「てめぇ何しやがる!?」
「それはこっちのセリフだぜ!!」
男たちはめんどくさそうに、腰から剣を抜いた。
「用心棒を雇ってやがったか。ったく、サッサと病気でくたばっときゃいいものを…」
「…病気の事も知ってんのか?お前ら誰の回し者だぁ?」
「てめぇが知る必要はねぇよ!!」
男達はその言葉を合図にシロウに斬り掛かった。
だがその剣は間に入った影に、全て狙いを逸らされた。
「シロウさん、こいつらの相手は私にやらせて下さい。シロウさんは師匠とロックを…」
そう言ってジョシュアは、木剣を手にシロウの前に立った。
「…分かったよ」
シロウはマーロウ達に駆け寄り、倒れて気を失っているロックを見る。
打たれた左腕は骨が折れたのか、おかしな方向に曲がっていた。
「シロウさん、すみません。私が不甲斐ないばかりに…」
「悪いのは病み上がりに襲って来た奴らさ。アル、癒しを頼む!」
「任せるのじゃ!!」
アルは手を翳し、ロックとマーロウに癒しを施した。
「それにしても、ウルラはどこ行ったんだ?あいつがいりゃ、こんな事にはならなかったろうに…」
「ウルラは荷物から金を抜いて、どこかに行ったのじゃ…」
「あいつ…、今晩は飯抜きだな」
そんな事を話している間にも、ジョシュアは次々と男たちを倒していった。
「すげぇ…」
その剣技にシロウはしばし見とれた。
まるで剣舞の様に、ジョシュアは繰り出される刃をいなしていく。
男たちは力を受け流され、体勢を崩したところに木剣を叩き込まれた。
僅か数分で立っている者はジョシュア以外いなくなった。
『随分と腕を上げたようだ……。クククッ、フハハハッ!!そうでなくては戦い甲斐がないわ!!』
「絶対、お前の方が悪役だろう……。さてとそれじゃあ黒幕を聞き出すか…」
シロウは初めに殴り飛ばした男に向け足を踏み出した。