神の姿
王の庭、入らずの森にはウルラが言う様に警備兵が巡回していた。
シロウはロックから聞いたラサン草が生えている崖の側の茂みに身を潜めた。
「俺はここで隠れてる。危なくなったら呼べ」
「うむ」
アルはシロウを置いて、崖を登りラサン草を集め始めた。
登る前は不安だったがアルは危なげなく崖を移動し、次々と草を採取していく。
「やっぱ猫の神様だけあって、登るのは上手いもんだな」
アルはその呟きが聞こえていたのか、シロウに向かって抗議するように牙を見せた。
程なく草集めを終えたアルは、シロウのもとに戻って来た。
「ご苦労さん、ある。助かったぜ」
そう言ったシロウにアルは顔を背け、頬を膨らましている。
「………無い。」
「なんだよ、聞こえねぇぞ?」
「我は猫では無い!!獣の王たる獅子の神ぞ!!」
アルの声は静寂を保っていた森に響き渡った。
「何者だ!?」
「子供の声に聞こえたが!?」
声は巡回中の警備兵を引き寄せてしまったようだ。
「やべッ、逃げるぞアル」
シロウが伸ばした手を、アルは払いのけた。
「訂正するのじゃ、シロウ!」
「何だよ、そんなに気に障ったのか?」
「……神の姿は人の想いに依存しておる!伝道師のお主が猫と言えば、我は猫の神になるやもしれん!」
「なっちゃぁ駄目なのか?猫も可愛いと思うぜ?」
アルは目に涙を溜めて、シロウを睨んだ。
「猫では……猫ではお主を守れぬではないか!!」
「……アル。悪かった、お前は獅子の神様だ」
「……二度と猫とは言うな」
「すまねぇ」
シロウは俯いたアルを抱き上げ、頭を撫でた。
「そこにいるのは誰だ!?ここは王の所有地だぞ!!」
「不味い!」
シロウはアルを抱いたまま、入らずの森から逃げ出した。
アルは抱かれたまま泣き続け、泣きつかれたのかそのまま眠ってしまった。
シロウは警備兵を撒き、野営地までは戻ると焚き火の側に腰を下ろした。
焚き火に薪をくべていたロックが二人に声を掛ける。
「おかえりなさい。…アルさんはどうされたのですか?」
「…疲れて眠っただけだ…。問題ねぇよ」
「良かった…。あのそれでラサン草は…?」
「この通り、ちゃんと取って来たぜ」
シロウはラサン草の入った袋を、ロックに手渡す。
ロックは中身を確認すると笑みを浮かべた。
「これだけあれば…、ありがとうございます。街にもどったら是非お礼させて下さい」
「気にすんなよ。…そうだお前んち、剣術道場なんだろ?だったらソラスって剣士を知ってるか?」
「ソラスさんですか?…すみません。僕は知りません。でも父なら知っているかもしれません」
「そうか…。だったら、俺達を親父さんに紹介してくれ」
「はい。初めからそのつもりです。……あのウルラさんに聞いたんですが、ウルラさんとアルさんは神様で、シロウさんはその下僕って…、設定か何かですか?」
シロウは木にもたれて眠っているウルラを睨んだが、彼が目を開ける様子はなかった。
「いいか、ロック。俺はアルの世話係で二人で旅をしている。ウルラはそれに無理矢理くっついてきただけだ」
「…やっぱり神様っていうのは冗談だったんですね?」
「いや、冗談っていうか…。まあいいか。それより、親父さんが良くなったら、アルブムって獅子神様に感謝してくれよ」
シロウは胸にしがみついて眠るアルを撫でながら、ロックに告げた。
「分かりました。えっとアルブム・シンマ様ですよね?」
「そうだ。俺はそのアルブム様の伝道師なんだ」
「お坊さんだったんですか!?」
「坊主って訳じゃねぇんだが、アルブム様には色々世話になっててよぉ。まあ恩返しみてぇなもんだ」
ロックは首をかしげて、恩返し?と呟いている。
「見張りは俺がするから、お前はもう寝とけ」
「…分かりました」
ロックはまだ色々聞きたそうだったが、地面布いた毛布の上に横になった。
そう時間が経たない内に寝息が聞こえてきた。やはり疲れていたのだろう。
シロウが焚火を眺めていると、ウルラが起き出して向かいに座った。
「なにかあったのかい?」
「…なぁ、神様の姿ってのは、人の想いに依存するってのは本当か?」
「本当だよ。信じる人が僕らのことをハヤブサの神だって思っているから、世界最速でいられるのさ」
「じゃあ、もしお前は雀だって誰かが思ったら、雀になんのか?」
ウルラは少し笑みを浮かべそれに答えた。
「一人ぐらいじゃならないけど、沢山の人が信じたらなるかもね。…アルになにか言われたの?」
「…俺が猫っていったら、泣き出しちまってよぉ…」
「……アルは長い間、忘れられていたから、猫の姿で広まったら、そうなってしまうかもね」
「そうか…、分かった。聞いてくれてありがとよ」
「見張りはやっておくよ」
「…頼む」
シロウはアルを抱いたまま、毛布に横になった。
焚き火のはぜる音が夜の森に響いていた。
翌朝、シロウ達は都へ向かって歩みを進めた。
ロックの足に合わせ歩いていたが、午前中には街を囲む城壁が見えて来た。
城門では衛兵が中に入る人たちを調べている。
シロウは門から出てきた行商人風の男に声を掛けた。
「よぉ、なにかあったのか?」
「ん?ああ、なんでも昨日の夜、王の庭に忍び込んだ奴がいたみたいだね。出る分には何も言われないけど、入る人間は荷物を探られたりするみたいだよ。まったくいい迷惑さ」
行商人は、それだけ言うと肩をすくめ去っていた。
「荷物か…。ロック、ラサン草を渡してくれ」
「ラサン草ですか?…分かりました」
シロウはロックからラサン草の袋を受け取ると、アルに差し出した。
「アル、これを持って姿を消してついて来て欲しい」
「…分かったのじゃ」
アルは昨日の事が気まずいのか、シロウに視線を合わせず袋を受け取った。
シロウはアルの前にしゃがみ、肩に両手を置いた。
「アル、昨日は悪かった。二度とお前を猫なんて呼ばねぇ。お前は立派な獅子神だ。…どうか許して欲しい」
そう言ってシロウはアルに頭を下げた。
「シロウ…。我も少し言い過ぎたのじゃ。……シロウ、我の伝道師としてこれからも一緒にいてくれるか?」
「ああ、お前がいねぇと、俺も寂しいしな」
「我がいないと寂しい…。そうか…。それではしょうがないの。一緒に旅を続けるのじゃ!」
アルはそう言うと、シロウを見て嬉しそうに笑った。