入らずの森
シロウ達は都への道を野宿しながら進んだ。
道中、ウルラが何度か狩りに出て獲物を捕まえてきたので、肉は新鮮な物を食べる事が出来た。
三日目の夕方、明日には都に着けるだろうという事で、シロウ達は街道から少し離れた森の中で夜を明かす事にした。
シロウが火を起こし野営の準備をしていると、狩りに行ったウルラが人を抱えて戻ってきた。
「お前…、それは駄目だろう?」
「……。何勘違いしてるのさ!?森で倒れていたから見捨てるのもどうかと思って、わざわざ運んで来たんだじゃないか!!」
ウルラが運んで来たのは、十歳前後の少年だった。
足の骨が折れている様で、気を失い荒い息を吐いている。
「どうも、崖に生えている植物を取ろうとして、滑ったみたいだね」
「崖から…」
シロウの心に家族の事が蘇る。
重く沈みそうになる心は、一瞬で平穏を取り戻す。
「…アル、頼めるか?」
「任せるのじゃ」
アルが手を翳すと、腫れていた少年の足から腫れが引いて行く。
更に滑落した時付いたであろう傷も癒えていく。
「いつも思うけど大した物だね」
「フフッ、我の本当の力はこんな物では無いぞ。信仰さえ戻ればもっと様々な奇跡を起こせるのじゃ!」
胸を張るアルを横目に、シロウは少年の体を調べた。
アルの力で怪我は全て治っているようだ。
「ありがとよ、アル。」
「お安い御用じゃ」
「…さてと後はこいつが起きてからだな」
「助けて終わりじゃないのかい?」
「ほっとくと、また崖に行くかもしれねぇだろうが」
「…君、お人好しだね」
ウルラは少し呆れた様子でシロウを見た。
シロウはウルラに答えながら少年に目をやる。
その手には見た事の無い草が握られていた。
その草を見て、唐突に知識があふれ出す。
草の名前はラサン草。肺病の特効薬として知られている草だ。
それ以外にも薬の作り方や、処方の仕方が頭に次々と浮かんだ。
突然の事にシロウは顔をしかめる。
「シロウ、どうしたのじゃ?」
「いや、リックの知識がな…」
シロウが頭を振っていると、少年が目を覚ました。
「…ここは……」
「おッ、気が付いたか?ここは都へ向かう街道の側さ。崖下で倒れていたお前を、仲間が見つけて連れてきたんだ」
シロウが話しかけると、少年は勢いよく起き上がり、ふらついた。
「おい、いきなり動くんじゃねぇよ」
シロウは少年を支え、座るのを手伝ってやる。
「助けてくれてありがとうごさいます。でも早く草を集めないと父さんが…」
「まあ、落ち着けよ。その草、ラサン草だろ?親父さん、肺が悪いのか?」
草の名を口にした事で、少年はシロウを驚いたように見た。
「…もしかしてお医者様ですか?」
「いや、たまたま知ってただけだ。それより事情を話してみな」
少年は少し口ごもったが、意を決した様に顔を上げた。
「僕の名前はロック、都で暮らしています。……この事は内密にして頂きたいのですが…」
「俺はシロウ、それにアルとウルラだ。心配しなくても、わざわざ言いふらしたりしねぇよ。お前らも言うなよ」
シロウはアルとウルラにそう告げる。
「分かったのじゃ」
「はいはい」
シロウは頷きロックに視線を戻し続きを促す。
「…貴方の仰る通り、父が肺の病にかかり倒れてしまったのです。」
「それで薬草を取りに来たってわけか?」
「はい。」
「それにしたって何で一人できたんだ?誰か頼れる大人はいなかったのか?お袋さんは?」
シロウの言葉にロックは唇を噛んだ。
「…母は僕が幼い時に亡くなりました。」
「……そうか、すまねぇ。悪い事聞いちまったな」
「いえ。」
少年はシロウの言葉に首を振り話を続けた。
「……父は都で剣術道場を開いているのです。お医者様にも診てもらったのですが、人にうつる肺の病だと言われました。…もし病の事が広まれば、道場に通う人はいなくなるでしょう」
「だから事情を知ってるお前だけで、特効薬を取りに来たってことか?」
ロックはその言葉に頷きを返す。
「でもよぉ都の近くに特効薬が生えてんなら、医者が薬を持ってるだろ?」
ロックは握りしめたラサン草を見つめ口を開く。
「確かにそうなのですが、薬代が高額で…。自分で薬を見つければと色々調べたのですが、特効薬のこの草は都の近くだと、入らずの森にしか生えていないんです」
「入らずの森?都の近くにそんな森あったか?」
「入らずの森は通称です。あの森は王様の庭なんです。なんでも狩猟の為に作られたとか…」
ウルラが納得した様に手を打った。
「だから武器を持った人間がウロウロしてたんだね!」
「お前、そんな森で狩りをしようとしてたのかよ…」
「人間が作った枠組みなんて、僕には関係ないよ。自然は元々誰の物でもないじゃないか?」
確かに土地の所有権なんて人が勝手に決めた事だ。
大昔からあった場所に、人が価値を定め線を引いたにすぎない。
「そうかも知れねぇけど、王と揉め事なんて起こしたら、やり難くてしょうがないぜ」
「お金もそうだけど、人間って面倒だね」
「して、シロウ。お主はどうしたいんじゃ?」
シロウはロックを見つめ笑みを浮かべた。
「バレないように、草を取ってくりゃいいんだろ?いるじゃねぇか隠れるのが上手い奴がよぉ」
シロウはアルに目をやりながらそう話した。
「…しょうがないのう」
アルはやれやれと言った口調で、そう答えたがその顔は笑っていた。
「あの…、もしかして手伝って頂けるのですか?」
「おう、なんせ人助けは布教に繋がるからな。そうだろアル?」
「うむ、そこな子供!父が助かった暁には白き獅子神、アルブム・シンマを崇めよ!」
片手を腰に当てて指差しながら、アルはロックにそう言い放つ。
「アルブム・シンマ?…聞いた事が無いのですが、新興宗教かなにかですか?」
「うぬぬッ!太古より人々を守ってきた我を、ぽっと出の神扱いとは!シロウ、我は悔しいのじゃ!!」
「落ち着けよアル、これから少しずつ広めていきゃいい」
憤るアルをなだめながら、シロウはロックからラサン草の場所や王の庭について尋ねた。
「よし!んじゃひとっ走りいってくるか。アル、草集めはお前に任せるぜ」
「分かったのじゃ」
アルはそう言うとロックに近づき、手にしたラサン草に鼻を近づけた。
「うえっ、臭いのじゃ…」
「えっ?そんなに臭いますか?」
ロックは自分も草の匂いを嗅ぎ首を捻っている。
「ハハッ、アルの鼻は特別だからな」
「はぁ…」
困惑気味のロックから視線を外し、シロウはウルラを見た。
彼は木に背中を預け座り、シロウ達に手を振った。
「僕は残るよ。暗いと見えなくなるからさ」
「分かったよ。その子を守ってやってくれ」
「…どうして助けてくれるのですか?道場を開いているとはいえ、うちはそれ程、裕福ではありませんよ?」
シロウはロックの言葉に、なんとも言えない表情を浮かべた。
「…子供は大人に頼るもんさ」
それだけ言うとシロウはアルを連れ、森に向けて駆け出した。
残されたロックはウルラに尋ねる。
「皆さんは何者ですか?旅の商人には見えませんが…」
「僕とアルは神、シロウはその下僕って所だね」
「神?…あの、冗談ですよね?」
「フフッ、君がそう思うならそれでいいよ。」
そう言うとウルラは木に背を預け、瞳を閉じた。