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都へ

雪狼が去った後、シロウは雪原に残っていた長の刃をかき集めた。


「シロウ、雪狼の刃などどうするのじゃ?」

「いや、売れねぇかなと思ってよ」

「売る?」


使えそうな物を餞別し、毛布に包んでひとまとめにする。


「ニクスは簡単には溶けねぇって言ってたから、鍛冶屋に持ち込みゃ買い取ってくれるかも知れねぇ」

「君、随分浅ましい事をするねぇ。恥ずかしくないのかい?」


ウルラの言葉でシロウの額に青筋が浮かぶ。


「お前ら二人がよく食うから、俺たちゃ素寒貧なんだよ!!」


シロウは包んだ刃をウルラに押し付け、大股で雪原を歩き始めた。


「シロウ、怒っているのか?…済まんのじゃ、次からは遠慮して食べるから許して欲しいのじゃ」


アルは申し訳なさそうに、シロウを早足で追いながら謝罪した。


「アル、謝る必要なんてないよ。神の糧を用意するのは下僕の役目さ」


シロウはアルを抱き上げ、ウルラに冷ややかな目をやった。


「アル、子供は遠慮なんかしなくていい。…ウルラ、お前は晩飯抜きだ」

「何でだい!?神の世話が出来るなんて光栄な事だろ!?それに何でアルはいいんだい!?」


ウルラを無視してシロウは雪の山道を下っていく。


「待ってくれよ!!僕なにか間違った事を言ったかい!?」


ウルラには人の世の仕組みについて、しっかり教える必要がありそうだ。




下山したシロウ達は鍛冶屋に立ち寄り、雪狼の刃を店主に見せた。


「あんた、こりゃあ……」


店主は絶句して刃を見つめている。


「山で見つけたんだが、買い取ってもらえるかい?」

「売るのか!?これはとんでもない貴重品だよ!?」

「へぇ、じゃあ良い値で売れそうだな」


シロウは店主の言葉に笑みを浮かべた。しかし店主は首を振った。


「とてもじゃないが、うちで扱えるような代物じゃないよ。もっと大きな街。それこそ都でもないと…」

「都…。」


店主の言葉で苦いものがこみ上げるが、それもすぐに四散した。


「言い値で良い。頼む、買い取ってくれ」


シロウは気を取り直し、店主に頼み込んだ。


「……分かったよ。それじゃこの小さいやつを一つ貰おう。でも良いのかい?絶対、都で売った方が得だよ?」


人の好さそうな店主は、シロウにそう言いながら金を手渡した。


「恩に着るぜ。なんならもう一本つけようか?」

「駄目駄目、そんな阿漕な真似出来ないよ」


そう言いながら店主は宝石でも扱うように、雪狼の刃を絹で包んだ。


結局、麓の町では鍛冶屋以外、買い取ってくれる店は無かった。

刃は都に行くまで持っておくしか無さそうだ。


「これ、僕がずっと持っていないと駄目なのかい?」

「いいかウルラ。人の世じゃ、働かざる者食うべからずって言葉があるんだ。飯が食いたきゃ働け、そしたら晩飯抜きは撤回してやる」


ウルラはシロウに抱かれて眠っているアルに目を向け言葉を続けた。


「アルは何にもしてないじゃないか?」

「アルは雪狼を治したりしたろ?」


ウルラは不満そうに、僕も風を起こしたのにと小声でぼやいている。


その日泊まった宿では、アルは遠慮したのかお代わりをせず、ウルラはシロウが制限した為に好きなだけ食べれない事をぼやいていた。


食事が終わった後、シロウはソラスの魂をアルに視てもらった。

ベッドに座りアルの手を握る。

出会った当初は小さかったアルの手も、今では随分大きくなっていた。


村人や雪狼たちが祈りを捧げているからだろう。


「ふむ、ソラスという男が戦いたがっているのは、東にある大きな街にいる剣士のようじゃな。相当な手練れじゃぞ」

「ここから東っていうと、それこそ都なんじゃねぇか?」


「シロウ、ソラスに直接聞いてみてはどうじゃ?」

「それが、なんか駄目みたいでよぉ」


シロウも後々何度か問い掛けてはいたが、魂は自分の想いに関わりのある場所や事柄がないと、表には出てこないようで呼び掛けには応じなかった。


「そうか…。魂は一つの想いに囚われやすい。その事以外は考えられなくなる事が多いのじゃ。これまで解き放ってきた者達も、後悔の対象が近くにいたから表に出てきたのじゃろうな」


「じゃあ、何で山でソラスは出て来たんだ?」

「ソラスは剣での戦いに強い想いを持っておる。長の体の刃を見て刺激されたのではないかのう?」


とにかく、都へ行けばソラスが言う剣士が誰だかも分かるだろう。

シロウは都に向かう事に決め、二人にその事を告げた。


「都って、大きな街なんだろう?それじゃあ素敵な宝飾品も売っているよね?」

「そりゃ売ってるだろうが、そんなモノ買う金はねぇぞ」

「僕が持たされている雪狼の刃を売れば、お金になるんだろう?」

「鍛冶屋はそう言ってたがな…」


鍛冶屋の店主はとんでもない貴重品だと言っていた。

上手く売る事が出来ればいいのだが…。


シロウは都で働いてはいたが、働き金をためる事に終始していた為、自分の仕事以外で都の事はあまり良く知らない。


ちなみにシロウが働いていたのは家具職人の店だった。

それなりに手先が器用だった事と、職人になれば話す事が苦手でも仕事は出来ると考え、親方に弟子入りしたのだ。


「都か…」


都には少なからず知り合いがいる。

会わずに済めばいいのだが…。

シロウは自分を飲みに誘った仲間や、引き止めてくれた親方の事を考えると気が重くなった。


「シロウ、どうしたのじゃ?具合でも悪いのか?術をかけてやろうか?」

「なんでもねぇよ。…ありがとなアル、心配してくれて」


シロウは心配そうに見上げるアルの頭を撫で、笑みを浮かべた。


「ハハーン、分かったぞ。さては都に泣かせた女の子でもいるんだろう?」


ウルラはニヤニヤしながら憶測を語った。


「そうなのかシロウ!?」

「違ぇよ。…ウルラ、お前の明日の朝飯はパン一切れだ」

「酷い!!横暴だ!!刃を運んでいるのは僕なんだぞ!!」

「…お前はもう少し人の心を学べ。そうじゃねぇと、ラケルは百年たっても振り向いちゃくれねぇぜ」

「ひゃ、百年……」


シロウの言葉にショックを受けたのか、ウルラは茫然としている。


「とにかく、明日は防寒具なんかを売って、準備がすんだら都へ向かうぜ」

「分かったのじゃ。」

「百年…」


シロウとアルは項垂れているウルラを置いて、早々とベッドに潜り込んだ。

翌朝、宣言通りウルラにはパン一切れだけを与えた。


「うう、こんなひもじい思いは初めてだよ」

「口は禍の元って言ってな、モノを言う時はよく考えて喋りな。……昼飯は普通に食わしてやるよ」

「本当かい!?早く昼にならないかなぁ!」


恐らく昼には町を出ている。

食べるのは硬いパンと干し肉になるだろう。

その事はウルラには黙っておこうとシロウは思った。


準備を終えて、午前中には町を出る事が出来た。

都までは普通の人間の足でも一週間の道のりだから、シロウ達ならもっと早くつける筈だ。


ある程度歩き、頃合いを見てシロウは街道脇で昼食を取る事にした。

ウルラは予想通り食事に文句を付けた。


「普通って言ったじゃないか!?」

「旅の間はこれが普通だ。アルを見ろ、文句も言わずに食ってるだろ?」

「うむ、この干し肉はしょっぱくて美味いのじゃ!」


ウルラは美味しそうに干し肉を頬張るアルを見て、ため息を吐いた。


「すっかり餌付けされちゃって…。同じ神として僕は情けないよ」

「お前も文句を言わずに食えよ」


ウルラは顔をしかめながら、干し肉を噛み千切った。


「……シロウ。肉を取ってきたら、この硬い干し肉は食べなくていいよね?」


シロウは少し考え口を開く。


「まあな。でも俺達は都に向かうのが優先事項だ。狩りなんかしてる暇はねぇぞ」

「フフフッ、僕はハヤブサの神、世界最速のソカル族だよ。狩りなんて一瞬さ」

「…好きにしな。俺達は食い終わったら出発するぜ」


その言葉を聞きアルの耳がヒクヒクと動いた。


「君達が食べ終わる前に戻ってくるさ!」


そう言うとウルラは姿を変え大空に消えた。


「人様に迷惑かけんじゃねぇぞ!!」


空を見上げてそう声をかけ視線を戻すと、アルが硬いパンを口いっぱいに詰め込んでいる。


「なに慌ててんだアル?」

「んぐっ、ゴホッゴホッ!!」

「あーあー。慌てて食うから…」


シロウはアルの口に水筒を運んでやる。


「もっとゆっくり食えよ」

「シロウ、お主も早く食べるのじゃ!!」

「なんでだよ?」

「ウルラを撒けば、また二人旅に戻れるのじゃ!!」


シロウは、少し笑いながらアルに言う。


「そんなに嫌うなよ。それにあいつが肉を取ってくれば、おこぼれに与れるかもしれないぜ?」

「むう…肉…」

「まぁ、あいつの性格だと、独り占めしちまうかもしれないけどな」

「……やっぱり、早く食べるのじゃ!!」


アルの口元を拭ってやりながら、シロウは微笑みを浮かべた。

そんな事をしている内に、猪を抱えたウルラが戻って来た。

あの時間で猪一匹仕留めて来るとは、たしかに自慢するだけの事はあるようだ。


ウルラは猪を二人の前に投げ出し、得意げに言った。


「どうだい?僕にかかれば狩りなんて朝飯前さ。さぁシロウ料理してくれたまえ」

「……なんで俺がそんな事しなきゃなんねぇんだよ?」

「僕は人の食べ物が気に入ったんだ。町で食べたスペアリブという奴はなかなかの味だった。あれでいいよ」

「スペアリブ!!」


ウルラは尊大に言い放ち、アルは涎を垂らしている。


「俺は料理人じゃねぇ。あんな凝ったモノ作れる訳ねぇだろ。せいぜい塩ふって焼くぐらいしか出来ねぇよ」

「何だって!?君使えないなぁ…」

「お前だって料理なんか出来ねぇだろ!?」

「シロウ…スペアリブ…作れぬのか?」


アルが悲しそうにシロウを見つめる。


「……まぁ肉を無駄には出来ねぇしな。仕方ねぇなぁ」


シロウは猪を血抜きし解体して、すぐ使わない部位は鞄に詰めた。

肋骨部分を切り出し、塩を振って焼いて二人に差し出す。


「ほらよ。味については文句いうなよ」

「シロウ、感謝するのじゃ」

「ちょっと硬いね。町で食べたのは柔らかったのに…」

「ウルラ、てめぇ…」


シロウが睨むと、ウルラは愛想笑いを浮かべ言葉を紡いだ。


「いや、これはこれで、野性味あふれる味で美味しいなぁ。さすが僕が獲って来た猪だ」

「シロウ、美味しいのじゃ…ウルラにも感謝するのじゃ」


嬉しそうに言うアルを見て、やっぱり人間素直なのが一番だよなとシロウは思った。

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