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剣士ソラス

吹雪は無駄だと悟ったのか、長はその身に氷を宿した。

全身に無数の氷の刃が伸びる。攻撃と防御、両方兼ね備えた物なのだろう。


「シロウ!!気を付けるのじゃ!!雪狼の氷は鉄より硬いぞ!!」


アルが長の体を見てそう叫ぶ。

長は全身が武器と化した体でシロウに駆け寄ってくる。

その巨体が側を駆け抜けるたび、シロウの体に傷が刻まれた。


「素手じゃ、分が悪ぃな」


シロウは攻撃を飛んで躱しながら、思考を巡らす。


『手を貸してやろうか?』


唐突に頭の中に声が響いた。


「誰だよ!?この忙しい時に!」

『俺はソラス。そうだな…、まずは奴の体の刃を奪え、そうすれば俺の力を貸してやる』

「偉そうな奴だぜ。こっちは家主だぞ……。刃だな」


シロウはそう声に返し、長が駆け抜けるのに合わせ、カウンター気味に蹴りを放った。

蹴りは長の額に当たり、そこから伸びた氷の刃をへし折った。

だがシロウも無傷とはいかず、蹴りを放った右足は刃により深く傷ついていた。


「シロウ!!」


アルの声を聞きながら、シロウは右足を確認する。

傷は深く、回復までには少しかかりそうだ。


「やっぱこの体でも、神様相手じゃギリギリだな」


シロウは雪に落ちた刃を拾い上げそう呟いた。


「奪ったぞ。どうするんだ?」

『体を貸せ』

「……ちゃんと返せよ」


その言葉と同時にシロウの意識は体の主導権を手放した。

視界や感覚は残っているが、体自体は自分の意思に関係なく動いている。

ソラスが主導権を握った事で、シロウの雰囲気は一変していた。


「この感覚久しぶりだ。右足は…まあ獣相手には丁度よかろう」


ソラスはそう言うと、手にしていた刃を砕き、持ち手を作った。

一応、剣の体は成しているが、酷く不格好だ。

二、三度振り具合を確かめる。


「即席ならこんなものか…」


長は額に攻撃を受けた事で警戒したのか、ソラスの周りをまわりながら隙を伺っている。

ソラスは刃を構え長に向けた。


長は再度額から刃を伸ばし、まるで雄牛の様にソラスに迫った。

ソラスは片足でステップしてそれを躱しながら、長の刃を次々と断ち斬っていく。


「フハハッ、いいぞ。体が軽い、これなら奴に勝つなど容易いな」


長は唸り声を上げ斬られた刃を再生させるが、ソラスの放つ斬撃はそれより速く刃を散らす。

長の体には斬撃により無数の傷が刻まれ、雪の上に赤黒い血の花が咲いていた。


「グルル…」

『おい!殺すなよ!』

「まったく、難しい事を言う。…まあいい、家主には従わねばな」


ソラスはそう言って左足一本で踏み込み、一気に間合いを詰めた。

左前足の腱を断ち切る様に、ギリギリの深さで刃が振るわれる。


「ギャン!!」

「まず一つ」


長が怯んだ隙を見逃さず、腹の下をくぐり抜け右前足に刃を振るう。


「二つ」


長は体を支え切れず、顎を雪原につける。

ソラスはそのまま体を捻りながら、右後ろ脚を斬りつけた。


「三つ」


更に回転を加え最後の一本を刈り取る。


「四つ」


支えを失った長の体は雪煙を上げて雪原に横たわった。


「グルルルル……」


長は限界に達したのか、唸り声を一つ上げて目を閉じた。


「なんという男だ。長を一瞬で…」


雪狼の中の一匹が思わずそんな事を口にする。


ソラスは全ての足の腱を斬り終えると刃を振り、血を払った。

雪原に一筋血で線が引かれる。


「神とはいえ、やはり剣技を知らぬ者では話にならんな」

『助けてくれた事に関しちゃ、礼は言うけどよぉ。その前にさっさと体を返せよ』

「…俺の願いを聞くか?」

『…願い?なんだよ?』


ソラスは右手を広げ、その感覚を確かめる様に拳を作った。


「俺は戦いたい奴がいる…。以前戦った時、俺の体は病に蝕まれ力を出し切れなかった。お前の体なら存分に戦えよう」


シロウは少し考えソラスに語り掛けた。


『今の俺の体はナイフじゃ傷もつかねぇし、力も普通じゃねぇ。そんな体でそいつに勝って、お前満足なのか?』

「…わからん。だが俺があの祠に向かったのは、早く生まれ変わって、あいつともう一度戦いたいと思ったからだ。」


ソラスと話している間に、長の周りには雪狼達が駆け寄り、シロウのもとにはアル達が寄って来た。


「凄いね。君、剣も使えたんだね?」

「……お主、シロウでは無いな?」

「ほう、よく分かるな。俺はソラス。剣の道を極めようとした男だ」

「ぬう。ソラスとやら、シロウに体を返すのじゃ!返さぬというのであれば…」


ソラスは目を細めアルを見た。


「一体どうするというのだ?」

「お主に噛みつくのじゃ!!」


アルは歯を打ち鳴らし、指を曲げてソラスを威嚇した。


『止めろよ!!それって俺も痛ぇじゃねぇか!?』


シロウの声はアルには届かなかったが、ソラスの琴線には触れたようだ。


「フッ、フフフッ」

「なッ、なにが可笑しいのじゃ!!我の牙はその体でも、容易く傷つける事が出来るのじゃぞ!!」

「いや、すまん。体は返そう。…シロウ頼む、俺の願いを叶えてくれ」


『まぁ全員の願いを叶えて魂追い出さねぇと、俺は普通に死ぬ事も出来ねぇみたいだしな…。いいぜ。聞いてやるよ』

「ありがたい…」


ソラスの意識は消え、シロウの意識は主導権を取り戻した。


「シロウ…戻ったのか?」

「ああ。…不安そうな顔するなよ、俺は大丈夫さ…」

「そんな顔はしておらん!!お主がいなくなると……ちょっと困ると思っただけじゃ!!」


そう言いながら、アルはシロウの右足を癒し、その足にしがみついた。

シロウはそんなアルの頭を優しく撫でてやった。


「…バラフ、ここで払いを始めるぞ!!」

「兄上!?しかしここにいる者では技量が…」

「長の穢れはまだ広がっている!!急がねば完全に堕ちてしまう!!」


アルはその会話を聞いてシロウから離れ、雪狼達に近づいた。


「我も手伝おう」

「……助かります」

「アル、そんな事出来んのか?」

「当たり前じゃ、我に出来ぬことなどない!」


アルは胸を張り鼻を鳴らす。


「飯は出せねぇじゃねぇか…」

「食べ物以外は通力さえ戻れば大体……シロウは細かいのじゃ!!術の邪魔じゃから離れておれ!!」

「へいへい」


アルの手から淡い緑の光が流れ出て、長の体を包み込む。

すると長の体から黒い靄が立ち昇った。

その靄を雪狼達の操る吹雪が絡めとっていく。

その様子を少し離れた場所でシロウが見ていると、ウルラが話かけて来た。


「アルは器用だね。ぼくは風を使うこと以外はあまり得意じゃないから…。君の言っていた事、すこし納得できたよ」


「そうか…。そう言えばさっきはありがとよ」

「フフッ、お礼を言われるのも、悪くないモノだね」


そんな事を話している間に長の体は白い輝きを取り戻し、靄は黒い氷の塊に凝縮されていった。

完全に靄を集めきった後、それは術を主導していた雪狼の前に落ちた。


「ついでに怪我も治しておいたのじゃ」


アルの言葉どおりソラスがつけた傷は、長の体から一つ残らず消えていた。


「ああ、ありがとうございます。無礼を働いた我らにここまで手を尽くして下さるとは…」

「感謝を感じるのであれば、我を崇めよ。我が名はアルブム・シンマ!偉大なる白き獅子神ぞ!」


「アルブム・シンマ様…。雪狼族を代表してこのニクス、日々、祈りを捧げる事をお約束いたします。」

「うむ。良きに計らえ」


アルは満足そうに微笑んだ。

そんなアルを横目に、シロウは氷の塊についてニクスに尋ねる。


「なあ、その氷どうするんだ。なんかヤバいんじゃねぇのか?」

「これは、我々の手で少しずつ浄化いたします。…ご助力頂いた貴方様にも、何かお礼をせねばなりませんね」


ニクスはシロウが手にしていた、氷の刃に目をやった。


「その刃、そのままでは人が扱うには使いづらそうですな?」

「まぁ、ソラスが即席で作った物だからな」

「お預かりしてもよろしいですか?」


シロウが刃を差し出すと、ニクスは吹雪を刃に送った。

吹雪は刃を宙に浮かせ、刃の形を変えていく。

吹雪が途切れた後には、雪原に白い鞘に納められた一本の剣が残された。


「柄と鞘には私の毛が織り込んであります。どうぞお収め下さい」


シロウは雪から剣を取り、鞘から抜いてみる。

透明な氷で出来た、片刃の剣だ。

日の光を浴びて、それは宝石の様に輝いた。


「氷の剣か…。これ溶けないのか?暑い所へ行ったら無くなっちまいそうだが?」

「雪狼の氷はそんなに軟では御座いません。溶岩にでも放り込まない限り、溶ける事など御座いません。」


「そうなの?…まぁ溶けないならいいか。ありがとな」

「いえ……では我々は失礼いたします。重ね重ねありがとうございました」


雪狼達は気を失った長を、吹雪を使い担ぎ上げ麓へと去っていった。


「僕も…僕も手伝ったのに……」

「……この剣いるか?」


納得出来なさそうなウルラにシロウは剣を差し出す。


「剣なんかいらないよ!!雪狼ならラケルに似合う、氷のアクセサリーとか作れたかもしれないのに…」

「そのうち、なんかいい感じのが手に入るさ」


シロウはそう言って、消沈するウルラの肩を叩いた。

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