そして旅は続く
ナミロと戦ってから二週間後、シロウ達は再びラケルの森の東、ガーヴが砂漠に変えた草原に来ていた。
「この荒れ地に草を生やせばいいんですの?」
「ああ、景気よくドバっとやってくれ」
「……あーた、簡単に仰いますけど土壌が肥えていないと、どんなに強い植物も根付きませんのよ」
そう言うと、深緑の髪の女は大地に手を触れた。
「……よろしゅうございます。土は合格といたしましょう」
「やった!頑張った甲斐があったよ!」
この深緑の髪の女は、ナミロに力を奪われ消えかけていたピアトという植物の神だ。
力を無くしカラカラになっていた所を、アルの力で救った一人だった。
その時はしわがれて老婆の様になっていたが、力を取り戻すと高飛車に笑いながら、アルとシロウを上から目線で褒めた事を思い出す。
戦いの後、ガーヴは砂の大地を時間をかけて荒れ地にまで戻した。
その後、アルが雨を降らせたり、ランガとシロウ、ガーヴが土地を耕したりしたのだが、そう簡単に草木が根付く訳も無くピアトに協力を仰いだという訳だ。
ピアトは掌から綿毛の付いた植物を生み出すとそっと息を吹きかけた。
綿毛は風に乗り荒れ地に広がっていく。
「これで良いでしょう。後は根付いた花が呼び水となって、自然の草木もやがてこの地に戻る筈ですわ」
「凄い凄い!ねぇ、君、砂漠でも同じ事出来る!?」
ガーヴは興奮してピアトに尋ねた。
ピアトは飛び跳ねているガーヴに首を横に振った。
「砂漠というのは、乾燥した砂の大地ですわね?」
「……うん」
「植物……いえ生物には水が必須ですわ。水以外にも養分を含んだ土も必要ですけれど、とにかく水が無いとお話になりませんわ」
「そっか……」
ガーヴは答えを聞き途端にションボリした。
「ガーヴそんなにショげるでない。ゆっくりやれば良いのじゃ」
「うん、そうだね……やっぱり優しいねアル君は!!」
「止めるのじゃ!!」
手を広げ抱き着こうとするガーヴから、アルは素早く逃げ出した。
二週間近く一緒に作業していれば、流石に相手の行動も読めて来るようだ。
荒れ地で追いかけっこを始めたアル達を横目にランガがピアトに尋ねる。
「ガァ。この土地は大丈夫なのか?耕しはしたが荒れ地だが?」
「ここはそこまで雨が少ない土地ではありませんし、アルブムさんの雨で地力も高まっていますから、問題無い筈ですわ」
「そうか。あんがとなピアト、わざわざ出向いてもらって」
「まったくですわ。あたくしは深い森に住む神秘の女神というイメージで売ってますの。加護を受けに来るのが基本で、出張サービスは行っていませんのよ。今回はあなた達がどうしても言うから引き受けましたの。感謝なさい」
すまし顔で答えるピアトにシロウは苦笑した。
「勿論感謝してるぜピアト様。その内、砂漠の事に目途が付いたらまた呼ぶからよ。そん時はたのまぁ」
「あーた、あたくしを砂漠なんて乾燥した所に連れ出すおつもりですの!?」
「駄目か?」
「駄目に決まってますわ!砂漠なんて行ったら、乾燥してお肌がひび割れてしまいますわ!」
「……まぁいざとなったら無理矢理連れていけばいいか」
「聞こえてますわよ!!」
ピアトがシロウの呟きを聞いて声を荒げていると、森から出てきた虹色の髪の美女がシロウ達に声を掛けた。
「皆さん、そろそろお昼にしませんか?」
「おっ、もうそんな時間か?おーい!アル、ガーヴ!飯の時間だ!」
シロウが呼びかけると、アル達は追いかけっこを止めてシロウの下に駆けてきた。
「ラケル!今日は何を食べさせてくれるのじゃ!?」
「フフッ、今日はドアンが玉子とベーコンを持ってきてくれたので、それでオムレツを作りました」
「オムレツ!!美味そうじゃの!!」
「僕、お腹ペコペコだよ」
「ラケルさん、あたくし、良く冷えた清水以外は飲まない事にしておりますの。用意して下さる?」
「はい、分かっていますよ」
「グォ……、何でこの女はこんなに偉そうなんだ」
ワイワイと騒ぎながら一行はラケルの社に向かった。
ナミロに潰された社は、ソカル族の力も借りて新たに建て直されていた。
ラケルは暫く王都の至高神の神殿で療養した後、ウルラが迎えに行った。
新築された社を見て、彼女はとても喜んでくれた。
細工をしたシロウとしても少し鼻が高い。
ちなみに神殿では、戦いに加わらなかったウネグがラケルの面倒を看ていた。
彼女はなんだかんだ言って、面倒見がいいみたいだ。
そういえば、ザルトの事をウルラは彼女に伝えたらしい。
ウネグは驚いた顔を見せた後、悲しそうに笑ってザルトの事を子供達に伝えなきゃねと言っていたそうだ。
色々文句は言うが、ウネグは優しいなとシロウは思う。
その話をしたウルラだが、現在は一族と共に故郷のレム山脈に帰っている。
次に来る時は一族を説得してからだそうだから、戻ってくるには暫く掛かりそうだ。
「シロウ様、皆様、お疲れ様です。それで上手くいきましたか?」
「ああ、アルの雨が良かったみてぇだ」
「フフン、我の癒しは大地にもよく効くのじゃ」
「そうですか、それは良かったです。……私もお手伝い出来れば良かったのですが」
「ファルはラケルの社の掃除とかしてんじゃねぇか?それで十分だぜ」
「そうですよファル。とても助かっています」
シロウはファルの頭をポンと軽く撫でた。
するとファルは嬉しそうに笑った。
「グヌヌ、シロウ!!なんども言っておるが誰にでも優しくするでない!!」
「なんだよ?誰にでもってファルは仲間だろ?」
「勿論仲間じゃが、それとこれは別なのじゃ!!ファルを一回撫でるなら、我は二回撫でるのじゃ!!」
「なんでファルを撫でたら、お前も撫でないといけねぇんだよ?しかも二回も」
「良いから撫でるのじゃ!ほれ早う!」
頭を突き出したアルを撫でながらシロウは苦笑した。
その様子をガーヴが歯ぎしりしながら睨んでいる。
「騒がしくて嫌ですわ。あなた達いつもこんな感じですの?」
「ガァ……まあな……」
ナミロが木々をなぎ倒した所為で光が入る様になった森の中、楽しそうな声が木々の間に木霊した。
その後の話を少し。
ファニは国王への請願が通り、教団の解散を告げた。
国は五大教も含めた多神教の国家として動いていく事になった。
ファニはマオトに命じ、不死鳥を信仰する物を打ち立てたので、その内そちらに移るのだろう。
ランガは故郷であるベルタ山に帰った。
今は麓の村で伝道師として暮らしている。
自分が火山の神では無く、段々と温泉の神にシフトしているのが複雑なようだ。
キマは暫く王都にいたが、何時の間にか姿を消していた。
ミダスの街で叡智神の信仰が盛り上がっているそうなので、そちらで何かしているのかもしれない。
ウルラは一族を説き伏せ、ラケルと結婚した。
今は彼が言っていたように、故郷と森を往復して暮らしている。
何故か彼の祖父が森に住み着いたので、新婚生活でイチャイチャという感じでもないようだ。
ウネグは東の国、ザルトの故郷から戻った後、イッシュの所で働いている。
どうもイッシュを落とそうとしたようなのだが、アルが薬を抜いた副作用か彼には一切の薬物が効かなくなった。
病気になったら困るのではと思ったが、風邪一つ、ひかなくなったらしい。
その副作用で、イッシュにはウネグの魅了も効果が無い様だ。
「アルブム!!なんでいつも邪魔するのよ!!」
自分の術が効かない事がアルの所為だと分かったウネグは、そう叫んで地団駄を踏んだと後にイッシュから聞いた。
ただ、術で篭絡出来ないと分かった後は、行動で落としてみせると真面目に働いていたようだ。
色香では無く、働きを認められ称賛される事は彼女にとって喜びが大きかったようで、今では自ら意見を出し領の運営に貢献している。
解散した教団についてだが、ナミロの信者の中には反発する者もいたが、シロウがナミロを封じた事を伝えると一人二人と教団を去っていた。
熱狂的信者は残るかもしれないが、シロウの計画では復活するナミロは猫になっている筈だ。
その時、彼らがどうするのかシロウは少し気になったが、先の事を思い悩んでも仕方がないと考えるのを止めた。
どこまで行っても、いい加減な男だ。
そしてシロウ達は現在、王国を出て、東の隣国を旅している。
メンバーはシロウとアルの他、ファルとガーヴが同行していた。
「次の村がグラスの故郷か?」
「うむ、我が見た風景はここで間違いないのじゃ」
「シロウ様、本当にこの旅はしなくてはなりませんか?魂を解放する度、シロウ様は普通の人と変わらなくなってしまいます」
「それはもう散々話したろう。人間は無限に生きてちゃいけねぇんだ」
「そうだよファル。人間は死んで世代交代しないと駄目なんだよ」
ガーヴは少し嬉しそうにファルに告げた。
恐らくシロウがいなくなれば、アルを独り占め出来るとでも考えているのだろう。
「ガーヴ様にはシロウ様の魅力が分からないのです。貴女は黙ってそこらへんの草でも反芻していて下さい」
「なんだとー!ファルこそ家の壁でも齧ってればいいよ!」
アルがそっとシロウに歩みより手を握る。
「楽しいのシロウ!」
「そうだな」
二人の側を風が吹き抜ける。
一人と一柱の旅はまだまだ続きそうだ。
最後までお読みいただきありがとう御座いました。