ソカルの舞
ラケルの森近くの平原。
その上空で奇怪な獣と巨大な猛禽達が戦っていた。
怪物は虎の四肢を持ち、その頭部に当たる部分から人に似た上半身が伸びている。
尾は蠍の甲皮に覆われその先には鋭い針が覗いている。
それを基本に様々な獣の特徴を備えた異形の姿だった。
空での戦いは猛禽達に一日の長がある様で獣は翻弄されている様に見えたが、猛禽の放つ風は獣に痛手を負わせる程ではないようだ。
『父上、このまま戦っていても埒が明きません』
『そうだな、一気に畳みかけるか』
『ハッ!皆の者、舞を使って仕留めるぞ!!』
『承知!!』
ソカル族達は獣を中心に旋回を始める。
彼らは旋回に伴い風を生みだし、獣の周囲に風の幕を作り出した。
『また、空気を失くそうと言うのか?同じ手は食わぬわ』
獣は咆哮を上げ風の幕を弾き飛ばそうと試みたが、ガルダの叫びが生みだした風がそれを相殺する。
『味な真似を……』
ソカル族は風の幕に穴を開け、竜巻で風を送り込み内圧を高めていく。
圧縮により内部の温度は上昇し、高温を発生させた。
『グルル、熱で焼き殺すつもりか?だがこの程度の熱で俺は殺せぬ』
獣は炎を吹き出し周囲に閃光を放つ、しかしソカル族を捉える事は出来ず、逸れた閃光が大地を割き平原の草を燃やした。
その間にも集められた空気は圧力を増し、本来透明な筈の大気を歪める。
『羽虫共が…一体何をするつもりだ……』
獣が移動すればそれに合わせて包囲も移動する。
逃れる事が出来ないまま、限界まで達した大気の塊をガルダは一気に圧縮した。
『散開!!』
極限まで圧を掛けられた大気は、新たな物質を作り出す。
不安定なそれは、獣のわずかな身じろぎで安定を失い、そして弾けた。
草原を閃光が照らし、衝撃が駆け抜ける。
かつてレム山脈を襲った邪竜を屠り、ガルダを空の勇者となさしめたソカルの舞。
山の形を変えた程のその力に耐えられる者は、この世に存在しない筈だった。
『馬鹿な……』
ガルダは自分の目を疑った。
黒い炎噴き上げ半身を吹き飛ばされながらも、獣はまだ生きていた。
その吹き飛ばされた半身も見る間に再生していく。
『化物が……』
『なかなか面白い手品だった。……だがそろそろ飽きて来たな』
そう言うと獣は紫色の球体を作り出し、おもむろにその球を掴むと握りつぶした。
握りつぶされた球は、広範囲に紫の霧を発生させた。
『その霧に触れるな!!』
危機感を覚えたガルダは声を上げるが、霧は想像以上の速さで周囲を覆う。
『体が!?』
霧に巻かれたソカル族が次々に落下していく。
『やはり毒か!?』
『その通りだ』
『何!?』
不意をつかれたガルダの耳元で、獣の咆哮が木霊した。
空を行くマオトの眼下を、黒い馬が走っている。
不死鳥族である彼はソカル族程高速で飛べる訳ではないが、それでも彼の翼に難無く追従している馬に舌を巻いた。
『さすがに幹部だけの事はあるという事か……』
ファルの情報で教団を去った神の足取りを追っていたマオトの前に、ザルトが現れたの数刻前の事だった。
南へ向かうというマオトに同行すると言ったザルトに、彼は背に乗るか尋ねたのだがザルトは自分の足で走ると言った。
元々、規律を重んじるファニを敬愛していたマオトは、自由奔放なザルトを好きにはなれなかったが、その速さだけは認めざるを得なかった。
そうして南へ向かっていたマオトの目に、閃光が飛び込んできた。
続いて時を置かず、衝撃が押し寄せ彼は体勢を崩しかけた。
『何事だ!?』
体勢を立て直し眼下を見ると、ザルトの姿が消えている。
気付けば黒い馬は遥か彼方、閃光が見えた方向に向け疾走していた。
『本気では無かったのか!?』
一拍置いて衝撃から立ち直ったマオトは、黒い点となったザルトを追い翼をはためかせた。
草原に落ちたソカル族を、異形の獣が喰らっている。
牙を突き立てられた巨大なハヤブサは、まるでミイラの様に干乾び草原に捨てられた。
『やはり、羽虫程度では大した力は得られんな』
『おのれ、よくも我が一族を……』
『ほう、まだ喋れるのか?……ふむ、貴様なら雑魚共よりは味が濃そうだ』
獣はガルダに歩み寄り、頭を掴んで持ち上げる。
『止めろ……、父上に手を…出すな…』
『他にも喋れる者がいるのか……。グハハッ、良いぞ、中々大漁だ。……安心しろ貴様もすぐ父と同じ場所に送ってやる』
『ググッ……、貴様は何者だ?』
『ナミロ・メラハ、この世を統べる覇王となる者だ』
ナミロはガルダに牙を突き立てる。
羽毛が萎れ、瞳からは光が失われていく。
『止めろ……、父上……』
萎えた体を叱咤して、ウルラの伯父、ヴェインは必死で首を起こした。
ガルダの翼は垂れさがり、その爪も力なく揺れている。
『父上……』
不意に彼の頭上を黒い影が一瞬遮った。
その影が大地を蹴った場所には深く足跡が刻まれる。
ナミロを見ると虎に似た頭部、ガルダに噛みついていた牙が弾け飛んでいた。
捕らえられていたガルダは、ナミロの腕を離れ大地に身を横たえている。
『グルル……ザルト、貴様、何のつもりだ』
「何のつもりも何も、俺の目的は強い奴とやる事だからな」
『なるほど……。丁度いい、貴様の速さも取り込んでくれる』
「力だけの獣が俺の技を簡単にどうこう出来ると思うなよ」
ザルトはニヤリと笑うと、腰を落とし拳を構えた。