広がる祈り
王都の貧民街、シロウ達は復興の状況を纏めていた。
ファニがいたのは人目を避ける為か、比較的人の住んでいない寂れた地区だったので人的被害はそれ程多くはなかった。
それでも死者の数は数十人に上っている。
もしこれが王都の中心街であれば、数は数百倍に跳ね上がっただろう。
数だけで見れば被害が少なくて良かったといえるが、その一つ一つには人生があった。
それぞれの生活があり、皆懸命に生きていたのだろうと考えると、シロウはいたたまれない気持になった。
「シロウ様、どうかなされましたか?」
「いや、何でもねぇ」
「……何でも無くはなかろう?我らは相棒であろ、隠し事は無しじゃ」
「……」
シロウは瓦礫の街を見回した。
「皆、ここで一生懸命生きてたんだろうなと思ってよ」
「……そうじゃな、じゃが、過去は幾ら振り返り思い悩んでも変わらぬ。大事なのはそこから学び前を向く事じゃ。違うか?」
「いや、お前の言う通りだな。俺達は俺達に出来る事を精一杯やろう」
「うむ!」
シロウはアルの頭を撫でようと手を伸ばしたが、思い直して手を引っ込めた。
「むっ?何で止めるのじゃ!?」
「いやぁ、流石にもう子供じゃねぇし……」
アルはまた少し成長し、その姿は妙齢の女性となっていた。
リイナの婚礼の時見た幻の姿。
女神の様だとシロウが思った容姿の女性の頭を撫でるのは、正直抵抗があった。
「むう、我は撫でられたいのじゃ!大人子供等関係ない!ほれ、遠慮するな!」
アルはそう言って頭をシロウに突き出す。
作業していた工夫達が、美女に迫られているシロウに嫉妬と羨望の眼差しを向けていた。
「ぐっ、野郎共の目が……、まさか俺がこんな視線に晒される事になるとは……」
「何をしておる!?早う撫でろ!!」
「シロウ様、私も頑張って記録を取っております!!褒めて撫でて下さい!!」
「ぬっ!?ファル、お主は関係なかろう!?」
「私、気付いたのです。遠慮していては何も得られないと」
「ぬぅ、永遠に気付かずにおれば良いものを……」
ファルも小柄ながら整った顔立ちの美人だ。
その二人がさや当てをする事で、シロウへの視線は余計厳しいものとなった。
「針のむしろだぜ……。やっぱ野郎とつるんでる方が気が楽だな……」
シロウはウルラやザルト、ランガの事を思い浮かべため息を吐いた。
手早く二人の頭を撫で、街の状態の調査を再開した。
「雑なのじゃ!昔はもっと優しく丁寧に撫でてくれたのじゃ!」
「そうなのですか!?シロウ様、私もその丁寧な方でお願いします!!」
「うるせぇぞ二人とも!仕事が先だ!」
これ以上はシロウの精神が持たない。
心なしか、内側からも責められているような気がする。
シロウは誤魔化す様に次の区画へ足を向けた。
ナミロが暴れた場所以外、ファニの光によって壊された場所は比較的被害は少なかった。
攻撃の質の違いだろう。
ファニの光は直線的で、火災は発生したが建物としての形を止めている物が多かった。
修繕は必要だが、全面的な建て直しはしなくて良さそうだ。
逆にナミロに壊された物は、土台を残して倒壊した物が多く新しく建てるしか無いだろう。
「ところでシロウ、こういうのは国の仕事では無いのか?」
「本来はそうだ。だがお役人はなるべく安く上げようとするからなぁ。こいつも無駄にはならないと思うぜ」
「ふむ、人の世はつくづく金が幅を利かせておるのじゃな……」
シロウ達がそんな風に街を調べていると、不意に突風が吹いた。
砂埃が舞い、大地に人影が現れる。
「見つけた!!アル、ラケルを助けて!!」
砂埃が治まるのを待たず、傷だらけのラケルを抱えたウルラがアルに駆け寄る。
アルが間髪入れず癒しの光をラケルに翳した。
シロウはそれを心配そうに見ているウルラの肩に手を掛け、強引に振り向かせる。
「何があった?」
「あ……。森が……ラケルの森が化物に襲われたんだ。今は爺ちゃんたちが……そうだ!!シロウ爺ちゃん達を助けて!!」
「ラケルの森だな?アル、ラケルは!?」
「大丈夫じゃ。ラケルも神じゃからの、内臓が潰れたぐらいでは死なんのじゃ」
ラケルに目をやると、顔は蒼白だが傷は全て癒えていた。
ウルラはラケルの手を握って安堵の笑みを浮かべていた。
「大分血を失っておるが、食事を取れば回復する筈じゃ」
「アル、ありがとう」
「フフッ、お主からの感謝は何だかくすぐったいの」
アルは仲間からの感謝に優しく微笑んだ。
「ラケルは無事か……、んじゃ行くぞ。アル、ウルラ」
「うむ」
「急ごう!」
アルとウルラは人目を気にする事無く獣に姿を変えた。
周囲でざわめきが起きたが、それを無視してシロウはアルの背に飛び乗るとファルに告げた。
「ファル、ラケルを頼む!それと森が襲われた事をファニに伝えてくれ!」
「はっ、はい!」
ハヤブサは翼をはためかせ宙に上り、白い獅子は雲を纏い空を舞った。
二匹の獣は一瞬で西の空に消える。
「ありゃあ、街が壊れた時見た白い獣じゃ……?」
「嬢ちゃん、アンタあの獣たちと知り合いなのか!?」
周囲で作業していた工夫たちが、ファルに詰め寄り問い質してくる。
ファルはしばし黙り込み、一度深く深呼吸すると薄い笑みを浮かべ質問に答えた。
「……ご安心を、あの方は癒しの獅子神、アルブム・シンマ様。我々か弱き者達の守り神です」
「守り神?……そういや、あの黒い化物と戦っていたような……」
「俺、白い獣が吠えて雨を降らすのを見たぜ!獣が吠えると今まで晴れてたのに急に曇ったんだ!あの雨がなけりゃ街は……」
「全てが終わって降った輝く雨も、アルブム様が降らせたのですよ」
ファルは笑みを浮かべたまま続けて言った。
ファルの言葉は工夫たちに広がり、やがて光る雨で怪我が治ったという者も現れた。
工夫の中には貧民街の住民も多く含まれている。
当然、アルの加護を受けた者も多いだろう。
「嬢ちゃん、あの白い髪の姉ちゃんがアルブム様なのか?」
「はい、皆さんの惨状を心苦しく思い駆け付けて下さったのです。……アルブム様は先程、新たに見つかった化物を退治する為、そちらに向かいました。……お願いです。彼女が勝つ為に祈りを捧げて貰えないでしょうか?」
ファルの言葉を聞いた工夫たちは、驚きと恐怖が入り混じった表情を浮かべた。
「……街を壊した化物が他に出たってのか?」
「はい、アルブム様の力を以てしても勝てるかどうかは分かりません。ですから皆様、彼女の為に祈りを……」
「祈ればそのアルブム様の力になんのか?」
「ええ、多くの祈りがあれば、きっと彼女は勝てるでしょう」
工夫たちは暫く黙り込んで動かなかった。
その内、中の一人が駆け出す。
「おい!?どこ行くんだ!?」
「街の連中に言って回る!!またあんな化け物がこの街に現れたら……」
その工夫はそう言うと、後ろも見ずに駆け出した。
彼の後を追って、一人、また一人と街に向かって走り出した。
時を置かず、ファルの下に集まっていた工夫は全員街に散っていった。
「はぁ、これでアルブム様は、また輝きを増してしまいますね……」
ファルは一つため息を吐いて、小柄な体でラケルを背負った。