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風使いの求婚

エルドルト領、ルサル村の東、ラケルの森ではハヤブサの神ソカル族が社に集まって話し合いをしていた。


「百歩譲って翼のない者がウルラと番いになる事は認めよう、だが嫁が里を離れ遠い森に住むなど今まで前例が無い」

「前例、前例って、前に誰かがやった事しか出来ないなら、同じ事を繰り返しをしてるだけじゃないか!?」

「お前はいずれ一族を纏めていく者の一人だ。他の者ならいざ知らず認める訳にはいかぬ」


シロウと別れ祖父にナミロについての報告を終えたウルラは、そのままラケルに琥珀の首飾りを渡し正式に求婚した。

彼はラケルが亡くなった夫、レザールを未だに愛している事を踏まえた上で、自分の気持ちを真っ直ぐに伝えた。


彼女はレザールの残した皮を見てしばし考えていたが、ウルラの気持ちを受け入れた。

唯、ラケルは結婚に当たって一つ条件を出した。

それは彼女はこの森を離れるつもりはなく、結婚した後もこの森で暮らすという物だった。


ウルラはそれを了承したが、一族の者達は挙って反対した。

ソカル族は旅をして番いを探すが、見つけた配偶者は彼らの里で暮らすのが通例となっていた。

離れて暮らす等ありえない。また、ウルラが族長であるガルダの孫である事が問題となった。


ウルラには他にも兄弟はいるが、族長候補の一人である事に変わりはない。

その彼が里で暮らさぬ嫁を貰う事は認められないというのだ。


ウルラの伯父が筆頭となって、ずっと話し合いが続いていた。


それを眺めながら、矍鑠とした老人がラケルの淹れたお茶を啜っている。


「すみませんなぁ、ラケル殿。騒がしくしてしまって」

「いえ、私が森を離れるのを拒んだ事が原因ですから」


信仰が戻り妙齢の美女に姿が戻ったラケルが、老人の横に座ってそれに答えている。

彼女の胸元にはウルラが贈った首飾りが金の光を放っていた。


「貴女のおっしゃる事は当然です。信じる人々を置いて去るなど、儂もする事は出来ないでしょう」

「……私は彼らを愛しているのです。そして彼らも私を慕ってくれています。……それに夫との思い出も…」

「その皮の御仁ですな。……それ程愛しているのに、なぜ孫の求婚を受けられたのですか?」


老人、ウルラの祖父ガルダは極彩色の鱗を持つ皮を見上げて首をかしげる。

ラケルは少し微笑んで老人の疑問に答えた。


「愛したままでも構わないとウルラは言ってくれたのです。彼を愛した私だからこそ好きになったと、人々を愛で、夫への愛を失わない部分も含めて、全て愛していると彼は言いました。……そこまで言われたら、応えない訳にはいかないでしょう?」


「フフッ、そうですか。あのヤンチャ坊主が……。旅に出して正解でしたな。貴女に恋をした事で随分と大人になったようだ」


ガルダの言葉にラケルは首を振った。


「彼が変わったのは、私が原因ではありません。シロウとアル、二人と旅した日々が彼を変えたのでしょう」


「孫が言っていた、身の内に魂を棲まわせている青年、それに獅子の神ですな。……獅子神アルブム・シンマの噂は遠く里へも聞こえていました。最近は聞かなくなったので、世を去ったのかと思っておりましたが……」


「実際、消えかけていたそうです。彼女もシロウと旅をして随分変わったようです」

「……神を変える男。孫から聞いて礼を言わねばとは思っておりましたが、これは是が非でも会わなければならないようですな」


ガルダはそう言うと楽しそうに笑った。

そんな二人を他所に、ウルラと伯父の話し合いは白熱していた。


「結婚するのは伯父上じゃない!どうしても駄目だというなら、僕は一族を抜ける!!」

「誇りあるソカル族の名を捨てるというのか!?」

「この世界で僕が添い遂げたいと思ったのは、ラケルだけなんだ!他の誰でも無い!その為なら一族を捨てても構わない!!」

「ウルラ!?」


ラケルはため息を吐いて、ガルダの横を離れウルラの隣に座った。


「何ですかな?ラケル殿。これは一族の問題です。求婚されたとはいえ貴女は部外者だ。黙って見ていてもらおう」

「ふう、神々の殿方は本当に傲慢な方が多いですね」

「なっ!?私を愚弄するか!?」


ウルラの伯父が声を荒げるが、ラケルはそれを無視してウルラを見つめた。


「ウルラ、一族を捨てるという事は、貴方を慕う人々も捨てるという事ですよ?それで良いのですか?」

「それは……」


ウルラは故郷のレム山脈に暮らす、素朴な人々の顔を思い浮かべた。

高地で暮らす彼らの生活は決して楽とは言えない。

だが彼らはいつも明るく、上空を舞うウルラを見つけては様々な祈りを捧げてくれた。


家畜の牛が元気になりますように。

妹が元気に子供を生めますように。

主人の病気が良くなりますように。


皆が幸せに暮らせますように。


祈りを受けて加護を返す。

ラケルがそうである様に、ウルラも彼らの姿を見るのが好きだった。


「そうだね。僕は彼らを捨てる事は出来そうにないや」

「では、私との結婚は諦めますか?」

「フフッ、それも無理そうだよ」


「では、どうします?」

「話し合うよ、徹底的に。そしてこの頑固な人たちを説き伏せてみせる。……それまで結婚はお預けだね」

「……強くなりましたねウルラ。では私も待つとしましょう」


ラケルはそう言うと、ウルラの手を握り微笑んだ。


「私は絶対に認めんぞ!!」

「分かってるよ伯父上。でも僕も諦めるつもりはない。……根競べだね」


ウルラそう言って笑みを浮かべた。

その笑みは何処となくシロウに似ていた。


「クッ、外界の者共に毒されたか……」

「伯父上、世界は広くて、僕たちの暮らす山もその一部にすぎないんだ。そして僕は外の世界を毒とは思っていない」


ウルラが伯父を真っすぐに見つめ話した時、社の扉が乱暴に開かれた。

キマを警戒し、森の見張りに当たっていたソカル族の一人が社に駆け込んで来る。


「ガルダ様!!悪神です!!」

「何!?警告されていた猿神か!?」

「違います!!あれは……あんな化け物は見た事がありません!!」


ガルダは社を飛び出し空を舞った。

森の上空を奇怪な獣が飛んでいる。


様々な生き物を取り込んだ異様な姿。

その体は黒く染まり、頭部の六つの目は赤黒く輝いていた。


ガルダは獣の前に躍り出て疾風を放った。

風は渦を巻き、真空の刃となって獣を襲った。

だが刃は獣を傷付ける事無く霧散する。


『羽虫か……。大して力にはならんが数はそろっているようだな』

『……貴様は何者だ?』

『クククッ、全てを統べる者。喜べお前も我が身の糧にしてやろう』

『口の利き方をしらん奴め。空の勇者の力、見せてくれるわ!!』


ガルダの羽ばたきは無数の竜巻を起こし、獣を取り囲んだ。

社から飛び出したソカル族が、ガルダの隣に並ぶ。

ウルラも同様にガルダの側で羽ばたきながら、彼に話しかけた。


『爺ちゃん場所を変えよう。ここは人里が近い』

『ウルラ、大人になったな』


二人が話していると、獣の周囲で渦巻いていた竜巻がはじけ飛んだ。


『何だと!?』


獣周囲を旋回していたガルダやウルラの他、何名かは衝撃を逸らし持ちこたえたが、逸らしきれなかった者たちは弾き飛ばされそのまま森に落ちた。

衝撃は眼下の森にまで及び、周辺の木々と共にラケルの社を吹き飛ばす。


「きゃっ!?」

『ラケル!?』


ウルラが社に目をやると、ラケルは他のソカル達と共に社を出ていたようで、倒壊には巻き込まれてはいなかった。

唯、倒れた木が彼女の体にのしかかっており、ラケルの周囲には血が広がっていた。


『ウルラ、獅子神殿は癒しの術を使えるのだったな?』

『そうだけど……』

『ではラケル殿を連れて王都とやらに向かえ』

『僕も戦うよ!?』


獣の周りを旋回しながらガルダはラケルに目をやった。


『孫の嫁だ。死なせる訳にはいかん』

『爺ちゃん……』

『早く行け』

『でも……』

『儂は空の勇者だぞ!!あの程度の怪物に遅れは取らん!!』

『……分かった!!』


ウルラは急降下し、ラケルを押し潰した木を風で弾き飛ばした。

その衝撃で宙を舞った彼女を、空中で掴みそのまま東、王都へ向けて飛び去った。


『グルルッ、蜥蜴は逃がしたか……』

『貴様の相手は儂らだ』

『羽虫風情が吠えるではないか?』

『ハッ、奇怪な怪物風情が言いよるわ』


獣は体から黒い炎を吹き出し、ガルダに向かって牙を剥いた。

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