消える神達
黒髪の巨漢が人を三人抱えて神殿の中を歩いて行く。
人々は一瞬ギョッとしたが、またかと視線を戻した。
シロウやアルが至高神の神殿で騒ぎを起こしたのは今回が初めてではない。
最初は北から戻った後、貧民街から焼け出された人々が救済を求め、神殿の周囲に集まっているのを知った時だった。
その時は神殿が配る食事では満足とはいえず、腹を空かせた子供達が泣いていた。
シロウはアルと共に王都の近くの森に出向き、狩りを行い獲物を狩りそれを人々に振舞ったのだ。
肉に塩を振って焼いただけだが、パンとスープだけだった食事に肉が加わった事で彼らは酷く喜んでくれた。
問題はそれを神殿の敷地で行った事だ。
炭火で焼いた肉の香りは人々を引きつけたが特に行列の整理等していなかった為、順番待ちの人たちの間でイザコザが起こった。
駆け付けた司祭たちが行列の整理を行った為、大きな混乱は起きずに済んだがシロウ達はファニに大いに説教された。
その様子は行列に並んだ人々の目に触れる事となった。
特に説明はしていないので、彼らはシロウ達の事を駄目な神殿関係者とでも思ったのだろう。
その後も廃材を使い神殿の庭に簡易の住居を立てたり、ランガが温泉を湧かせたりしてその度、ファニが飛んで来てお説教をすると言うのが定番になっていた。
教皇であるファニが毎回出張るはめになったのは、司祭たちもシロウ達がファニの個人的な客としか知らず、自分達が直接注意していいのか判断が付きかねたのが原因だ。
ちなみにファニ以外の幹部は、一応五大教のトップに名を連ねていたが教皇として活動はしていなかった。
理由は彼らの為人を考えれば当然だろう。
「シロウ、今度は何をしたの?」
ランガの足元に子供達が寄ってきて、小脇に抱えられたシロウに尋ねた。
「いや、今回は特に怒られる事はしてねぇ筈なんだが……」
「ファニは硬いからのう」
「ファニ様は真面目ですから」
「ぐぉ、お前達、自覚がないのか……」
「やっぱり、教皇様に怒られる様な事したんだ」
「アハハ、シロウは懲りないね」
ランガは当初、その体の大きさと風貌から恐れられていたが、今では無害と判断されたのか恐れる者はいなくなっていた。
住居建設や温泉を作った時に好奇心に負けた子供達に話しかけられ、質問を邪険にせず全て真面目に答えたのが良かったのかもしれない。
今では見た目は怖いが、優しいおじさんとして認識されている。
「ランガ、どこいくの?」
「貧民街だ。ファニが見てこいというのでな」
「……ねぇ、お家にはいつ帰れるのかな?」
「がぁ……、そうだな、ファニが王にお前達の事を頼んだらしいから、それ程時間は掛からんだろう」
「本当!?」
「ああ、本当だ。……長くかかるようなら、俺が王を締め上げて急ぐよう言ってやる」
ランガに声を掛けた少女は、その言葉に目を丸くしその後慌てて言う。
「駄目だよ!!王様にそんな事したら兵隊さんに捕まっちゃうよ!!……でもありがとう」
「……ああ」
少女に笑みと共に礼を言われたランガは鼻を掻こうとしたが、両脇にシロウ達を抱えていた為それも出来ず、ぎこちなく笑って彼女に答えた。
神殿を出る時、アルは気付かれない様にそっと力を使った。
彼女は王都に戻ってから、度々同じように力を振りまいている。
雨を使えば早いのだが、突然湧き起こる雲の存在は焼け出された人達の不安をあおるだろう。
シロウに何故、雨を降らさないのかと問われたアルは彼にそう答えた。
貧民街に向かうと、ガーヴが瓦礫を片付けていた人に交じって働いていた。
彼女の力を使えば、瓦礫など一瞬で片付ける事が出来るだろうが、それはシロウが止めた。
そんな事態になれば騒ぎになるだろうし、事件で不安定になっている人々の気持ちにも影響が出るだろう。
アルに倣い、シロウも神の力は目立つように使う事は止めた方が良いと考えたのだ。
アルやファニ達の力が有れば、体の傷は癒せるだろう。
だが心の傷は時間でしか癒せない。
癒しはとてもゆっくりで、しかも付いた傷はわずかな切っ掛けで開き、再び痛みをもたらす。
長く続く平穏で、ようやくもう大丈夫だと安心を得られる。
そういうモノではないかと、シロウは思った。
「アルくーん!!」
アルを見つけたガーヴが、ドスドスと足音を鳴らして駆け寄ってくる。
「どうだい、大分片付いたよ!!」
「うむ、捗っておるようじゃな」
「でしょでしょ。僕頑張ったんだよ。褒めて褒めて!」
「良くやったのじゃガーヴ」
「えへへ」
アルに頭を撫でられたガーヴは、嬉しそうに微笑んだ。
元々彼女は体を使い働くのが好きなようで、男でもキツイ土木作業を軽々とこなし力を使わずとも、他の人たちの何倍も働いていた。
最初は女に何が出来ると少し馬鹿にしていた作業員たちも、今ではガーヴを仲間と認め頼りにしているようだった。
「ホントは力を使えば早いんだけどね」
「ガーヴさん!!ちょっと手伝ってもらっていいですか!?」
「わかった!!行かなくちゃ、アル君、またあとでね。シロウ、アル君と余りイチャイチャしないでよ」
「へいへい」
来た時同様、ガーヴは足を鳴らして去っていった。
「ガーヴも変わったな。昔は何を考えているか分からない女だったが」
「ふむ、あの者も人の役に立てるのが嬉しいのじゃろう」
「さて、んじゃ俺達は街を見て回ろうぜ。ファル、記録を頼めるか?」
「お任せ下さい」
ファルが手帳を取り出したのを見て、ランガが口を開いた。
「……俺はガーヴを手伝ってくる。物を運ぶぐらいなら俺にも出来るだろう」
「そうか、壊すなよ」
「ぐぉ、分かっている!」
ランガはのそりとガーヴ達の下へ歩いていった。
「ガーヴ様だけでなく、ランガ様も大分変ったと思いますが……」
「人が変わったのは分かっても、自分の事は中々分からないもんさ。そういうファルだって変わったぜ」
「私がですか?そうでしょうか?」
「ああ、よく笑う様になった。そっちの方がいいぜ」
シロウの言葉でファルは、黒目がちの目を丸め顔を赤く染めた。
「そう…ですか?であれば……嬉しいです」
「むう!シロウ!早く行くのじゃ!!」
「何だよアル?引っ張るなよ」
アルは頬を膨らませ、シロウの手を引いて街を歩き始めた。
その後をファルが小走りに追う。
街は傷ついていたが、シロウ達の時間は穏やかに流れていった。
神殿の執務室、五大教で受け入れた人々についての、膨大な書類に目を通しながらファニはため息を吐いていた。
彼らについては本来、国がどうにかするのが筋なのだが、建前上、聖職者として何もしない訳にもいかない。
それに原因はキマだったとしても、街を破壊したのはファニなのだから責任の放棄はありえない。
五大教には貴族や商人からの寄付で、資金的には潤っていたがそれとて無限では無い。
人の世は金が幅を利かせている。
長年、教団に関わってきたファニはその事も良く分かっていた。
それにシロウと教団の者達を引き合わせる件も進んでいない。
更には教団を去った神とも話し合わねばならず、やる事は山積みだった。
「人材と資金が必要ですね……」
「忙しそうだな?」
いつの間にかザルトが執務室の窓に腰かけていた。
「ザルト?……今まで何処にいたのです?」
「ちょっとこの国をぶらついていた」
「まったく、少しは落ち着いたらどうなのです?」
ファニの言葉に肩を竦め、ザルトは口を開いた。
「こいつは俺の性だ。一生直らん。それより、おかしな噂を聞いた」
「噂?」
「ああ、なんでも古い社が壊れているらしい」
「古い社?土着の神の社ですか?……長く放置されていたのなら、倒壊してもおかしくないでしょう?」
「一つや二つならな。だが俺が聞いただけでも十以上は潰されてる」
「十以上……」
ファニは机の上に置かれた書類を検め、マオトからの報告書を手に取った。
彼には教団を去った神の足取りを追ってもらっている。
報告書を読んでファニは眉をひそめた。
鼠を使いファルに調べてもらったので、この国や周辺諸国の神の所在は大体わかっている。
だが、マオトの報告では情報を貰った場所には彼らはいなかったようなのだ。
国内を優先している事と動いているのがマオト一人の為、全部は回れていないが全ての神が行方をくらませているようだった。
「ファルの情報に誤りが……?」
「あの鼠はキマが使っていたぐらいだ。結構優秀だと思うぞ」
「……気になりますね。姿を消したキマでしょうか?」
「さぁな。俺には分からん。まぁ、机に座って仕事をするのは性に合わんから、そっちは俺が調べてみよう」
「お願いします。何か分かれば私に報告して下さい。それと今度はちゃんとドアから入って下さい」
「覚えていたらな」
そう言うとザルトは先ほどと同様、一瞬で掻き消えた。
窓にかかったカーテンが、風に蒔かれてバタバタと揺れた。