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王と不死鳥

王城の謁見の間、近衛騎士が居並び赤い絨毯の敷かれたその部屋で、輝く金髪の女性が王の前で膝をついていた。


「ファニ殿、そのように顔を下げていては、そちの美しい顔が見えぬ近う寄れ」

「いえ、その様な不敬は致しかねます」

「相変わらず硬いのう。余はその様な些事は気にせぬというのに……」


壇上の人物、この国の王は靡かないファニに少し残念そうに言う。

まだ年若く二十代半ば程の金髪の青年だ。


「して、受け入れた民の事以外に、信仰について民の信仰を縛る事無く自由にしたいと、これには書かれておるが、これは今までキマ殿が勧めてきた事と反すると思うのだが?」


王はファニが宰相に渡した請願書を片手にファニに問い掛ける。


「はい、我々五大教はこれまで古い神を排し五つの神、我が至高神を筆頭とした神への信仰を広めて参りました」


「うむ、予もキマ殿の、多様な神の教えを国民が信仰する事は、国を纏める際の妨げとなると言う言葉には一理あると考えておったのだが……」


ファニは顔を上げ王を見る。

彼女の顔を見た王は嬉しそうに微笑みを浮かべた。


「……はい、私もキマ殿の考えには賛同しておりました。ですが陛下もご存知の通り貧民街で起きた怪物騒ぎで少し考えを改めたのです」

「あの事件は予も聞き及んでおる。しかし怪物と信仰がどう関係するのだ?」

「街を破壊した怪物、あれは古の神ではと我々は考えております」

「古の神……、怪物は古い土着の神だと言うのか?……では尚更その様な怪物を崇める信仰等認める訳にはいかぬ」


ファニは立ち上がり真っすぐに王を見つめた。

女神の様なその立ち姿に王の双眸が緩む。


「陛下、今回の件は信仰を失った神が起こした可能性が高いのです」

「……どういう事だ?」


ファニの言葉で王の緩んだ顔が精悍さを取り戻す。


「今回の事で我々は叡智神の神殿とも協力し、過去の文献を調べました。すると街を破壊した黒い獣と似た怪物の記述が幾つも見つかったのです。記述には当時の民の言葉も書かれておりました」

「民は何と言っておったのだ?」


「どの記録においても、昔、信仰していた神の姿だったと書かれておりました。……これは推測でございますが、土着の神の中には忘れられ存在が消えるぐらいならと、暴れる者もいたのではないでしょうか?」


王はファニの言葉を聞き疑問を投げかける。


「予も視察の折り、打ち捨てられた神の社を目にした。そしてその数は決して少なくはなかった。暴れる神が百に一つであれば、国費を使い進めている五大教への改宗を止める程では無いのではないか?」


「陛下、百に一つと仰いますが、民が見た神は三体いたのです」

「確かに報告にはそうあったな。黒い鳥、白い獅子、それに真っ赤な虎だったか」


「はい、黒い鳥の放った光で街は燃え、赤い虎の咆哮で建物はなぎ倒されました。……白い獅子は彼らと敵対していたようですが、獅子の放った光は街に大穴を開けております。彼らが何故、王都で暴れたのかは分かりませんが、信仰を失った事が原因ならその牙を王国に向けるやもしれません」


ファニは自身の所業を語る際、胸に痛みを感じたが表面上は眉一つ動かさず語り切った。


「土着の神の怒りに触れぬようする為か……。しかし五大教への改宗は父の代から続く国策だ。莫大な費用もかけておる。余の代で勝手に終わらせるのは……」


「陛下、我々至高神神殿は今回の件で、直接焼け出された民の救済を行いました。貧民街は石造りの強固な建物であっても破壊され、光により穿たれた穴は底も見えぬ程深い物でした。……あの光が王城や神殿、街に降り注げばどうなるか……」


我はその様な事はせぬ!!


自分の言葉を聞けば、獅子神はきっとそう言うだろうと考え、ファニは少しおかしくなった。

笑みが浮かびそうになるのを堪え、不安げに瞳を揺らす。


いつも凛とした姿を崩さなかったファニの不安げな様子に、王の庇護欲は昂った。

もとより愛おしく思っていた女性が、それも強く折れる事が無いと思っていたファニが見せた弱さは、王の心を引きつけるには十分すぎる程の破壊力があった。


「案ずるなファニ殿、予に任せておけ。そちの言う通りにしよう」

「本当でございますか?……ありがとう御座います陛下。私は民の事もありましたが、何より陛下の御身が心配で御座いました」


そう言ってファニは柔らかな笑みを王に送った。

不意にシロウのニヤついた顔が浮かんだ。

あの男が今のファニを見たらなんと言うだろうか。


アンタ結構役者だな。


きっとそんな風に言って笑うのだろう。

そもそも、台本はあの男が考えたのだ。

王がファニに好意を持っているなら、それを利用しない手は無い。

そう言うとシロウは嬉々としてシナリオを書き上げた。


眉間に皺が寄りそうになるが、ファニは心を殺し笑顔を保った。

ファニの笑顔を見た王は満足そうに頷き言葉を紡ぐ。


「時にファニ殿、この後お茶でもいかがかな?陽気も良く庭の花もほころび始めたのだ。無論そなたの美しさに勝るものではないが、それでも民の救済で疲れた心を癒す助けにはなろう」


「有難いお言葉ではございますが、陛下のおっしゃられた様に神殿には傷ついた民の他、焼け出され家を失くした民も待っております。名残り惜しゅう御座いますが本日はこれにて失礼させて頂きます」


「そうか……、民の為とあらば致し方あるまい。焼け出された民については国も動いておる。そちらも任せよ。……ファニ殿、近くまた王城に足を運んでくれ」

「はい、陛下。本日はお目通り頂きありがとう御座いました」


ファニは深く頭を下げ謁見の間を後にした。

王は立ち去るファニの姿を見て、思わず腰を浮かせかけたが臣下の手前、何とかそれを押し止めた。

その様子を王の傍に控え見ていた宰相は、心の中でため息を吐いた。


王はまだ王妃を迎えていない。

若いとはいえ、美しい聖職者にうつつを抜かしている場合ではないのだが……。

宰相としては国の安定の為、隣国の王家から早く王妃を迎えて欲しいと考えていた。


チラリと王をみると、捨てられた子犬の様な目でファニの後ろ姿を見つめている。

彼は今度は心の中でなく、実際に深いため息を吐いた。




ファニが神殿に戻ると王に話した通り、礼拝堂には怪我人や焼け出された住民が溢れていた。

眷属たちが怪我人の治療に当たっている。

此処だけでは当然、全ての民を受け入れる事は出来なかったので、他の神殿にも人々が溢れていた。


怪我人と言っても命に係わる様な重傷者はいなかった。

アルの降らした雨が人々の傷を癒したのだろう。


子供のはしゃぐ声が聞こえる中、執務室に入るとソファーでお茶を飲んでいたシロウにファニは不機嫌に言い放つ。


「王は信仰について請願書の通りにすると約束してくれました」

「おっ、さすがファニ、仕事が早いぜ。んでどうだった?」

「何がですか?」

「いや、か弱い女の演技だよ。惚れてる男にゃ効いただろ?」


ファニの眉間に深い皺が寄る。


「切り刻まれるのと燃やされるのはどちらがお好みですか?」

「……どちらもお好みじゃねぇよ。そんなに怒るなよ、効果は抜群だったろ?」

「ええ、腹立たしい事に」

「……シロウも我が弱っておれば優しくしてくれるか?」


アルが目を輝かせてそんな事を聞いて来る。


「俺の目の黒い内はお前が弱るような事はさせねぇよ」

「そうか……」

「あっ!シロウ様、私、突然眩暈が……」


笑い合う二人を見て、ファルがわざとらしくよろめき倒れる。

ファニは半眼になり壁際に立っていたランガに告げた。


「ランガ、この三人を連れて貧民街の様子を見て来て下さい。私はこれから報告書に目を通さねばなりません」

「……ぐぉ、分かった」


「ぬ!?ランガ何をするのじゃ!?」

「止めろランガ!?俺は荷物じゃねぇぞ!?」

「ランガ様!今少し!ほんのすこしの猶予を!!」


ランガはどうするべきか少し考えたが、ファニのこめかみに青筋が浮いているのを見て、三人を抱え部屋を出て行った。


かつて至高神の神殿がこんなに騒がしい事は無かった。

ため息を吐いて椅子に腰を下ろす。


静謐な神殿を思い出し、少し物思いにふける。

静かな神殿も良かったが、笑い声が響く神殿も悪くはない。

そう思いファニは微笑みを浮かべた。

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