雨は嫌いだ
──はぁ。
ふと外を眺めると、ぽつぽつと雨が降っている。陽の光を遮るほどに、分厚い雲を見る限り、この雨はどうにも暫く止みそうにもない
──僕は、雨は嫌いだ。
小糠雨であろうと、小雨であろうと、況してや大雨などは最悪だ。
梅雨が一年で最も憂鬱な時期である。この時期は、雨が降れば衣服も濡れ、その後降り止んだとて、湿々としたこの上なく不快な感覚が暇なく襲い掛かってくる。
かと言って、空梅雨になると農家の方々は雨量の低下による水不足が起きる。従って、不作につき収穫量の減った野菜の値段が上げる。
そうなると僕の家計にも響く。無くなっても困るし、当然雨が降れば鬱陶しい。
──雨と言うものは、僕にとって何一つ良いことはない。
今日もそんな嫌いで仕方がない雨の日だ。早く家に帰りたい気持ちを抑えて手元の小説を読み進め、時間を潰す。
──矢張り、雨は嫌いだ。
だが、嫌よ嫌よも好きのうちとは良く言ったものだ。雨の事ばかり意識していると、良いところも見えてくる。
こうして適温の室内にて、ゆるりと寛いでいれば、いつもは腹立たしい、暗雲に染まった空から滴る、色々な大きさの水の粒が、地面に、窓に叩きつけられる軽快なリズムは、2度と同じ旋律を奏でることのない、自然からの細やかな贈り物のようだ。
──…なんとも、雨は嫌いだ。
そう言えば今朝は気持ちの良いほどの晴天だった。だから、洗濯物を取り込まなかったのだ。
嗚呼、雨に良い点があるとは言え、圧倒的に悪い所が多い。矢張り、どう足掻いても、雨を好きにはなれそうにない。
考えていると、俄雨は瞬く間に滝落としへと姿を変えた。
──だから、雨は嫌いだ。
人の気持ちも知らないで、只々平等に降り続く。時に激しく、時に儚く降り続く。感情の起伏が激しい雨の神でもいるのだろうか。居たとしたらかなり性格が悪い。
猛然と降りしきる暴雨の滂沱たる雨音を聴きながら、気分は沈んで行く。気分は降り続く雨で少しづつ沈み、溺れていく。
──本当に、──。
「ごめんっ! 遅くなっちゃった!」
服が雨に打たれ、酷く艶っぽい、水も滴る良い女が、雨で憂鬱になっている彼の元へ息を切らしやってきた。
「おいおい、濡れ鼠じゃないか。」
笑いを含みながら、そう言った。
「だっ、だって、行成すごい雨と風が襲ってきた所為で折り畳み傘壊れちゃったんだもん!」
子馬鹿にされた彼女は、早口で捲し立てる。
──本当に、雨は嫌いだ。
人の想いびとにこんな仕打ちをするとは、誠に許せない。風邪でも引いたらどう責任を取ってくれると言うのだ。
そんな優柔不断で無責任な雨の神へ、恨み節が募る。
「ほら、タオル。」
「ありがと〜。でもどうしよう? 傘なくなっちゃったから、拭いてもどうせまた濡れちゃうよ……」
──今日ばかりは(もし居るならば)雨の神に、感謝しないといけないな。
「傘なら、僕が持ってるよ。君さえ良ければ……だけど。」
「え!? えっと…良いの…?」
「い、嫌ななら別に、僕は濡れて帰るし、でも、もし良かったら…この傘は大きいし、二人で入るのは難しくない……し…」
自分から言い出しておいて、かなり歯切れの悪い男は、理屈を捏ねだした。
──どう繕っても、雨は嫌いだ。
「じゃ、じゃあ、あの、お願いします……」
「こ、こちらこそ……」
なんとも言えない気まずさの中、男は本を畳み、湿気らないように袋に入れて、鞄へ放り込む。二人で建物を出て、男は傘を差す。女も同じ傘の下へ入る。
降りしきる雨の中、二人はぎこちない足並みを互いに揃えながら、相合傘で帰路へ就く。
──しかし、雨も、偶には悪くない。
男は少し左肩を濡らしながら、そう思った。そして、こんな時間をくれた、雨の神へ、些細な感謝を込めて──。
雨の中、傘に叩きつけられる、結局嫌いになれない雨の音を聴きながら、二人は歩いて行った。
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