小さいコタツ~サラリーマン編~
コタツ部コタツ課へ異動
青木志貴 二十六歳 電気メーカー 株式会社NN 入社四年目。
昨日まで冷蔵庫開発事業部にいたが、全く良い商品を開発できず、売り上げも社内で最下位・・・・
で、なぜか責任を負わされ部署を変えられた。
全く理不尽な話だ。
まあ、入社4年目って、会社に慣れてきたっていう以外は、これといって全体的に中途半端だよ。
一人で責任取れる仕事任されるわけでもなく、かといってわかりませんでは通用しない。
移動の荷物は段ボール箱2個。
ほとんどはゴミ同然のプレゼン資料。
けれど、どうしても捨てることができず、未練がましく一緒にお引越しだ。
「おい、青木、今度はどこ行くんだ。」
同期の水谷が声をかけた。水谷はムカつくことに、今、急成長中の美容器具開発部所属。
「ちょっと!!聞こえが悪いだろ。初めての異動だぜ。」
「そっか、で、どこ行くんだ。」
「コタツ部コタツ課。」
「え、そんな課あった?」
「俺も今日知った。」
「大丈夫かよ・・・」
「たぶん。今、俺は悪い時期なんだ。きっと。我慢だ・・・我慢の時期なんだ。はぁー・・・」
「まあ、頑張れ。」
「ああ・・・」
広い社内のすごーく奥。旧社屋のそのまた離れにあるコタツ部。
「遠いな・・・」
建付けの悪い、重たい鉄の扉を開けると、これまた古い作業服を着た三人がいた。
「あの・・・今日付けで異動になった・・・」
「青木君だろ。どこでもいいよ。好きな席に座って。」
「はあ・・・あの・・・ここって、椅子は・・・」
「ないよ。コタツ部だからね。全員コタツ。床にコタツ。
あ・・・あぐらでいいからね。一番下っ端だからって、正座しなくていいからね。
そんなことさせたらコンプ・・・何とかで僕が怒られちゃうからね。」
「あ・・・そうですか・・・」
「その荷物。その段ボールのままロッカーに入れて。必要な物だけを机の上に置く。
帰りはちゃんとロッカーに片付けてね。散らかるから。絶対!散らかるから。
そのうち机の上だけで収まりきらずに床とかにも置きだすから。そういうの、絶対やめてよ。いい!!」
「あ・・・はあ・・・」
けれど、明らかにどの机もスゲー散らかっている。書類の山、開きっぱなしのファイル。文房具、図面、パソコン、変形ロボットのオモチャ・・・フィギア・・・どこからがどの人の持ち物なのか、境界がわからないくらい、散らかっている。
「あ、みんなを紹介しようか?聞きたい?」
「は・・・はぁ・・・」
「聞きたくないならやめとくよ。どうせそのうちわかるし。」
「いえ、やっぱちゃんと紹介してほしいです。」
「あ、そ、まっちゃんと優ちゃんと僕は山田。一応部長だけど、山さんでいいよ。みんなもそう呼ぶし。」
「え・・?部長ですよね。」
「そう。でも、肩書だけだからね。僕は図面も描けないし、新商品も考えない。
ただなんかあった時、ケツ拭く為だけにここにいるだけだから。山さんでいいよ。
おもに開発はまっちゃんね。優ちゃんは伝票作ったり・・・そのほか事務的なこと。
経費の精算とかぜーんぶ優ちゃんにやってもらって。」
「あ・・・はあ・・・」
「それで、さっそく、君の仕事なんだけど・・・まっちゃんから説明してもらおうか。」
部長・・・(山さん)に紹介されて一歩前に出て来た少し小さめ、やせ型、年齢は多分・・・五十は越えていると思う。
今時珍しいきれいな七三、超分厚い黒縁メガネ。この人がまっちゃん・・・
「それでは、開発を任されている、松家です。まっちゃんと聞いて松本か松井だと思いましたね。」
「いいえ、それは別に・・・」
「そうですか。
あなたの仕事は、私が作った新製品を試験する仕事です。当面、それをお願いします。
その新製品というのはこれです。」
まっちゃん・・・多分、この人は開発主任と言った位置づけだと思うが・・・その人が指さした方向には、少し分厚いビジネスバッグが置いてあった。
「これは?」
「これは“どこでもコタツ”です。このバッグの表面は太陽電池パネルになっていて、いつでもどこでも、がばーっと開けたらあったかほかほかコタツになります。
ちょっとやってみてください。」
「え・・・はぁ・・・」
言われるがままそのバッグを持ち上げた。
「おも・・・これ、ものすっごく重いですよ。」
「そりゃ・・・まあ、太陽電池パネルとバッテリーも入ってるからな・・・ま、ちょっと重量はあるが・・・ま、ちょっとやってみて。」
指示通り、ビジネスバッグの口をぱかっと開けた。そして中から布団がバサッと落ちて、まっちゃんの言う通りいつでもどこでもコタツになりそうではあった。
「けど、これって、意味ありますか?」
「意味?何を言っているんだろう君は。意味がある、ではなく、意味があるようにするのが君の仕事だ。」
「はぁ・・・?」
「これを持ては世界中のサラリーマンが寒さからしのげるじゃないか。アポまでの待ち時間、長い通勤時間、電車のホーム、何か災害があった時でも心強いじゃないか。」
「まあ・・・でも・・・」
「でも・・・なんだね。」
「暖かくてどうなんですかね・・・」
「暖かいと幸せだろ?違うのか?
寒―い日にうどんを食べると幸せな気分になるだろ。外を歩いていても、ちょっとした暖房の暖かい風にふっと心が和むことがあるだろ。」
「まあ、確かに・・・」
「穏やか、優しい、和やかなども、温和、温厚、温情と言った通り、暖かいもののイメージだ。懐が温かい、家族だんらんなど、幸せはみな、暖かなんだ。だから、私は世界中のサラリーマンを暖かくしたい!」
「あ・・家族だんらんの”だん“は団結の”だん“で、暖房の”だん“ではないですけどね。」
「屁理屈はいい!私には暖房の“だん”なのだ!!
さあ、これをもって営業に行ってきたまえ!」
「いや・・・これはちょっと・・・第一、これ布団しまえませんよ。」
「そんなはずはない。入っていたものはしまえるはずだ。根気よく片付けたらいつかは・・・」
「そりゃあ、いつかはしまえるでしょうが、そんなもたもたしてたらアポの時間に遅れちゃうでしょ。ワンタッチで開いて、ワンタッチでしまえないと。」
「・・・・・・・とにかく、これを持って・・・・」
「いや、それに重いですって、これでは女性とかどうしますか。持てないでしょ。」
「・・・・・・・みんな筋トレして・・・・」
「これ持つために筋肉つけるとか、おかしいでしょ。まず、軽量化してから製品化してくださいよ。」
「その前の試験段階だ。君の仕事だぞ。」
「に、しても・・・俺は見た目より筋肉ありませんよ。」
「今まで冷蔵庫開発部にいたんだろ。」
「いましたけど、別に冷蔵庫運んでいたわけじゃないですからね。」
「あ、そう・・・」
「まっちゃん・・・背負うのがあっただろ。背負うタイプ。
片手でこれを持つのが重いなら、背負うので頑張ってみようか。」
「部長・・・だから、どこでもコタツって需要があると思いますか?美容器具部門と組んで足を入れたら化粧水のミストが降ってつやつやになるとか、乾燥が防げるとかのほうがよっぽど・・・」
「電気と水は危ないだろ。そんなことも学校で教わってこなかったのか。」
「そこは技術で何とかなるでしょ。」
「君にはまだ私の思いが伝わっていないようだ。日本のサラリーマンは・・・いや、世界中のサラリーマンは日々戦っているんだ。数字と、上司と、同僚とそして社会と!
取引先からの理不尽なクレーム、日々頭を下げ、顔で笑って心で泣いて、そんなサラリーマンの日常を少しでも暖かく、1分でも1秒でも暖かでホッカホカなコタツで応援したいんだ。」
「わかるよ、まっちゃん・・・すごい。すごいね!」
「いや・・・サラリーマンって、そんな辛いことばっかでもないっすよ。」
「また君はそういう水を差すようなことを!
私はいつかこのどこでもコタツが携帯電話のように内ポケットからササッと取り出せるようになるくらいにしたいと思っているんだ。」
「いや・・・布団がある段階で無理かと・・・しかも、その場合太陽電池どうしますか?充電どうします?内ポケットで?」
「・・・・その時は、その時だ。」
「内ポケットに入れるのはスマフォとカイロに任せましょう。我々は家に帰って暖かいでいいじゃないですか。それで頑張りましょうよ。」
「そうだね青木君。あんまり忙しいのも疲れるしね。」
株式会社NN コタツ部コタツ課、本日付で異動 青木志貴の苦悩と開発主任“まっちゃん”の攻防は続くのであった。