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蚊に追いかけられた後で

皆さんのご意見ご感想、お待ちしております。



 屈辱だ……。

 あの後、巨大ハエトリグサから必死に逃げて体の痺れも無くなってきた頃、俺は顎を地面に付けて項垂れていた。人間だったこの俺が、片手で潰せる存在でしかなかった蚊や草から逃げて、枯葉の下でビクビクと震えている。こんな屈辱的なことってあるか?


 異常時だとか、命の危険には代えられないとか、そんな次元の話じゃない。自分でも説明が出来ないけれど、ただ逃げるだけしかできなかった自分に心底腹が立つし、俺を追い込んだ蚊が許せない。俺ってこんなにプライドの高い人間だっただろうか? そんなつもりはなかったんだけどな……強い奴には媚びていくスタイルだったし。


 まぁ、案外それが普通だったりするんだろうなぁ。だって考えてみろよ、いくら相手がモンスター級にデカい(俺から見ればだけど)虫とはいえ、たかだか蚊だぞ? ついさっきまで人間だった俺からすればそんな奴に背を向けなきゃならないなんて屈辱以外何物でもないだろ。上下関係がいきなり逆転すれば、誰だって屈辱だ。


 そう考えると、ますますあの蚊が許せなくなってきたぞ? 

 たかが蚊風情が元人間で現蜥蜴の俺から血を吸おうとするとは何事だ。


 とりあえず蚊には復讐して餌にすることを決意する。そして今後の為にもまず情報と、何よりご飯を集めなきゃならない。正直、生まれた直後に何も食べずに全力疾走したから、腹減って今にも倒れそう。


 ところで、地球の蜥蜴って何を食べるか知っているかい?

 種類という枠で括らなければ、蜥蜴は結構雑食だ。最大サイズであるコモドオオトカゲを筆頭にした肉食もいるんだろうけど、日本の何処にでもいる蜥蜴の主食はそう、虫とかミミズである。カメレオンが舌を伸ばして蠅とかキャッチ&モグモグしていたりするだろう? アレと同じだ。


 正直、嫌だなぁ。

 名実ともに野生になった今でも人間としての価値観を捨てられない。だって血の滴る生肉&蠅の集る腐肉だぞ? 蜘蛛&ゴキブリだぞ? そんなもん食いたがる奴なんて、相当な変態か文化がまるで違う異国人だろ。日本人には厳し過ぎる。


 そもそも俺はどんな蜥蜴かすら分からない。何を主食にするのか分からないのだ。

 とりあえず、食えそうなものでエネルギーがありそうなものを見つけては口にしていってみよう。本格的にヤバくなったら……と言う事は考えたくない。その為にも、まずはこの《鑑定》をどうにかしなくては。


 後になって気が付いたんだけど、スキル購入画面のスキルには《?????》を除いて必ず《Lv:1》と付いていた。これって、レベルを上げればスキルの性能も上がると言う事ではなかろうか? 


 問題はレベルをどうやって上げるかだけど……ありきたりなので使用回数とかかな? という訳で、俺は目についたものを片っ端から鑑定しながらご飯探しと辺りの探索を開始する。


 こうして森の中を歩いてみると、手足が短い割にかなり速く動ける事が分かる。感覚的には、人間だった時の歩きより速いくらいだ。姿勢も低いから雑草の葉の下を掻い潜れるし。

 それにしても、ここは何処なんだ? 俺の体が生まれたばかりの蜥蜴だから体が小さいって判断したけど、この雑草も人間から見ても大きかったら、俺は間違いなくモンスターだぞ? 


 あの元気に動き回るハエトリグサとか、蜥蜴と同サイズの蚊を見る限り、日本じゃなさそう。後者はともかく、前者だけなら地球かどうかも疑わしい。

 死後の世界がどうなっているのかが分からない以上、俺が蜥蜴になる事には驚いたけど無理矢理納得した。でもこのメニュー画面は何? 蜥蜴って実は皆こんな感じだったりするの? いやいや、流石にそれは無いか。


 あぁ、駄目だ! 分からないことは放置! もっとポジティブに考えよう!


 あの最後の光景を見る限り、こうして意識があって自由に体が動かせるだけでも儲けものだ。で、その体を動かすには食事をしなきゃならないんだけど……食指が動くものが見つからない。 辺りにあるのは雑草と木ばかり。案外、この雑草って食えたりするのかな? ヨモギとかツクシみたいに。一口、齧ってみるか? とりあえずこのよく見かける猫じゃらしっぽいのから。


 噛んだ瞬間、激烈な苦みが口一杯に広がった。


 あぶろばびべばぁああああああああっ!? 

 何だこの苦みは!? まるで粉薬を百倍苦くしたみたいな味だったぞ!?

 草食動物ってすごい。こんなクソ苦いものを毎日大量に食ってんのか。


 場合によって、これで腹を満たさなければならないのか。なんていう事だ。まぁ草なんて栄養少ないんだし、腹一杯食っても動けなくなる可能性もあるしな。もっと栄養のあるものを探そう。


 口の中にねっとりと残る後味を唾液で濯ぎながら更に探索を続け、気が付けば夕暮れが森と見慣れた小山を照らしていた。アレって俺が孵った巣なんじゃね? いつの間にかこんなところまで戻ってきちまったのか。


 そう言えば、俺と同じ巣で孵った蜥蜴たちはご飯どうしてるんだ? もしや、親がご飯を獲りに行ってくれてたりするんじゃないだろうな? だとしたら、俺は今すぐ親の脛を齧りに行かなきゃならない。

 

 どちらにせよ、巣の様子を一度見ておくのも悪くない。蜥蜴の習性を知れるかもしれないし。べ、別にご飯を貰いたいとか、そういう訳じゃないんだからね!? ……うん、我ながらツンデレとかキモい。


 ふざけるのもほどほどにしておいて、いざ小山を登ろうとしたら、巣の上からデカい蜥蜴がひょっこり顔出してきた。ヤバい、アレは俺の50倍くらいデカい!


 急いで物陰に隠れて巨大蜥蜴の様子を窺う。アレがマイマザー? それともマイファザー? 牙も爪も鋭い上に背中にはトゲトゲの突起がびっしりと生えている。アレが俺の成長後の姿なのだろうか?




 ==========


 蜥蜴


 ==========




 相変わらず使えない《鑑定》スキル。それでも俺は《鑑定》を巨大蜥蜴に向かって使い続けた。この情報はどうしても知っておきたい……スキルレベルよ、今こそ上がれ!




 ==========


 蜥蜴


 ==========



 ==========


 蜥蜴


 ==========



 ==========

 

 蜥蜴


 ==========

 



【スキル《鑑定:Lv1》が《鑑定:Lv2》に上がりました】


 キタコレ! ようやく《鑑定》スキルが上がったぞ! そんな訳でいってみよう、出来ればステータスとかも見せておくれ!




 ==========


 種族:グランリザード

 

 ==========




 種族名だけ!? いや、何も分からない時と比べると大進歩なんだけど、出来ればステータスとか見たかったなぁ……ゲーム脳過ぎるかも知れないけど。

 巨大蜥蜴……もとい、グランリザードは巣から降りると俺に気付かず姿を消し、ようやく一息つく。見つからなくてよかった……相手が肉親と思われる奴でも、あんなにデカいと流石に怖い。俺なんか一口でペロリと食われそうだし。

 ところで、俺のステータスはどうなってるんだろう? 分かることも少ないだろうけど、念のため見ておくか。今なら視界を占領されても怖くないし。




 ==========


 種族:スモールレッサーベビーグランリザード


 ==========




 そんなに小さいことを強調しなくてもいいんじゃないだろうか。スモールでレッサーなベビーって……。

 まぁ、生まれたてだし、こんなもんなのかね? それはそうと、小山を登って巣に戻らなければ! きっと美味しいご飯が沢山あるに違いない!


 斜面を四つ足で必死に昇り、頂上へと到達した時、そこには信じがたい光景が広がっていた。

 巨大な蜥蜴の抜け殻のようなものが散乱し、地面には蜥蜴の手や足、尻尾や頭が幾つか散らばっていた。


 いやああああああああっ!? 何があったんだよマイブラザー!? 

 敵襲!? それともさっきのグランリザードに食われた!?

 前者だったらまだわかる。でも後者だったらドン引きものだ。だって俺、下手に巣に残ってたらこうなってたんだろ? 完全に共喰いじゃねぇか! 


 それにこの抜け殻。これってさっきのグランリザードのものだよ……な? 蜥蜴って1日も経っていないのにこうも連続で脱皮するものなのか? 辺りを見渡してみると、俺と同じくらいの大きさの抜け殻もあった。と言う事は、俺も脱皮してもおかしくないんだが……何で俺は未だに脱皮してないんだ?


 疑問に対する答えを思索している時、それは突然起こった。

 抜け殻を尻尾でペシペシ叩いていると、突然全身の力が抜けて、地面腹這いになって倒れ込む。手足が痺れ、今一瞬意識が遠のいていくのを感じた。


 この今までに感じたことのない途方もない空腹感……遂に俺はエネルギー切れになってしまったらしい。そりゃそうだよな、孵ってから一度も食事や水分を口にせず、何時間も歩き続けたんだ。そりゃ倒れもするか。


 まさか動けないほどの空腹っていうのがこれほど辛いものだとは思わなかった。こんな事になるのなら、強引にでも雑草を腹に入れればよかったかもしれない。まさか1日でここまで弱るとは……生まれたてであることも考慮すべきだった。


 人間だった時の最後、一瞬で訪れた死とは違い、ゆっくりと訪れようとしている死を前に、記憶が走馬灯のように駆け巡る。それは蜥蜴としての記憶ではなく、人間として積み上げてきたよくある日常の思い出だった。


 早弁の松下に購買のカツサンドを奢らせたこと。

 エロマンガ野村と秋葉原に行ったこと。

 バイト先の後輩ギャル幸原(ゆきはら)に1000円借りたこと。ちなみにまだ返してない。


 幼馴染のこと。あんな最後だったけど、俺は不思議と恨んではいない。ホームから突き落とそうとしてやったんじゃないって分かり切ってるし、むしろ気負い過ぎて変な事をしないか心配なくらいだ。


 そして、家族のこと。俺が死んで、流石に泣いて悲しんでくれたのだろうか? 喪に服したり、葬式で「息子はとても優しい子で~」とか涙声で言ったり? …………うわぁ、想像できねー。


 そんな極々普通の人生を想うと、このまま死ぬのは無性に怖くなった。どんな理由か分からないけど、俺はこうして人間だった頃の記憶を持ったまま蜥蜴に転生した。じゃあ次死んだら? 俺という意識は、これまで刻み続けてきた記憶はどうなるんだ?


 俺は〝俺〟という個を失うことが何よりも怖い。そんな当たり前のことを、死を認識して初めて理解した。このまま死ねない。その為ならなんだって出来そうな気がする。とにかく栄養だ、雑草とかじゃない、栄養になるものがいる。


 あまり長い距離を移動する事が出来ない俺の周りには、千切り取られたような蜥蜴の手足や尻尾が落ちている。これは肉だ。今世の兄弟を食う忌避感を必死に振り払い、体を引きずりながら尻尾の元まで進む。


 もう選り好みしている場合じゃない。

 口を開けて噛もうとして一度躊躇って、「これを食わなきゃ死ぬ」と言い聞かせて意を決する。目を瞑って牙を突き立てた瞬間、凄まじい臭気と共に生臭さい汁が滲み出してきた。


 おっぐぇええええええっ!? ま、不味(まっず)ぅぅうううううううっ!! 

 あまりの不味さに口に入れた肉ごと胃液をゲェゲェ吐き出す。喉と胃が完全を拒否してやがる。蜥蜴は結構美味いっていうの、アレ絶対に嘘だろ? こんなん焼いても煮ても食えやしねぇよ!


 それでも、我慢して齧る。込み上げる吐き気を必死に抑えながら齧っての飲み込む。余りの臭さと不味さに涙が出てきたけど、これも生きている何よりの証だ。


 生きてやる。不味いくらい幾らでも耐えてやる。

 寿命で死ぬのは仕方ない。でも、それ以外の理由で死ぬのはもう嫌だ。俺は蜥蜴として、新しい生を全うしてみせる。



蜥蜴の黒焼きの味が気になります。

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