蜥蜴(?)に転生したんだが
ドラゴン転生は男の浪漫だと思います!
渋谷区にあるショッピングモールの前、その女はスマートフォン耳に当ててそこにいた。
「もっしー、先輩。前に言ってたの、準備してくれました?」
『えぇ、出来てるわよ。後はあんたが取りに来てくれればいいから』
若く、落ち着いた女性の声に女は歓声を上げる。
「うわー、ありがとー! いやー、ホント助かりましたよ。向こうじゃ全部アイツのお手付きだったんで。今度ウチのバイト先に来てくださいよー、何か奢りますんで」
『あんたのバイト先ってバーガー屋でしょ? あたしジャンクフードってそんなに好きじゃないのよねー。カロリー凄いし。それより新作のバッグがいいわね』
「先輩の好きなブランドって全部高いじゃないっすか。勘弁してくださいよー」
『はいはい、安月給のあんたにそこまで期待してないわよ。駅前の喫茶店くらいで手を打ってあげるわ。それで、何時取りに来るの? こっちは何時でもいいけど?』
「それじゃあ、今から取りに行ってもいいっすか?」
『はいはい、健闘を祈るわ』
「うぃーっす。…………さて、と」
通話を切ると同時に、女の体はまるで煙のように消える。大勢の通行人に気付かれる事なく、まるで最初からそこに居なかったかのように。
こんな少し変わった現代女子のトークが世界の未来を大きく狂わせるものになる事になるなど、彼女たち以外の誰も知る由もなかった。
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切っ掛けは急に疎遠になり始めた幼馴染だった。
小学校の時に友達になったそいつは「社会人になった時、大丈夫かお前?」と言いたくなるほどの極度の人見知りで、何時も俺の後をついてくるような奴だった。
ところが高校に上がって2年生に進級したある時、初めて俺以外の友達が出来、俺と一緒に過ごすことも極端に少なくなった。俺はその変化を寂しく思いながら、友達が増えたことを素直に祝福したんだが、真面目が取り柄で成績は良かった幼馴染が急に学校をサボったり、周囲に対して反発的な姿勢を取るようになる。
新しい友達は所謂、不良という人種だ。やったらダメな事を「良いじゃん!」とか言っちゃうようなタイプで、そんな連中に影響され始めたんだと思う。やがてその素行が担任の教師の耳に入り、何故か俺に幼馴染を諫めるように命令してきやがった。
教師なんだから不良生徒の更生くらいしろよと思ったが、やれ「昔からの友達だろ」とか、やれ「友達が道を踏み外したら引き戻してやれ」とか、もっともらしい事を言って強引に首を縦に振らせやがったダメ教師。正直、面倒臭がっているのが見え見えだ。
だが了承した以上、一度は説得しないと筋が通らない。何より長年の友達が将来を棒に振るような行いを見過ごすことも出来なかった。でも、俺が通学路の駅のホームで待ち伏せして「学校くらい真面目に行け」と説教をしてしまったのが悪かったんだと思う。成りたてのヤンキーで一番ヤンチャな時期である幼馴染は「ウザい! 放ってい置いて!」と俺を両手で突き飛ばしたんだが、それがいけなかった。
後ろに向かってたたらを踏む足が空を切り、体が傾くと同時に浮遊感が襲い掛かる。駅のプラットホームから突き落とされたのだとやけにゆっくりと感じる時間の中で、迫る電車のライトと目を見開いてこちらを見る幼馴染の顔を認識した途端、凄い衝撃と共に目の前が暗転した。
それからどのくらい時間が経ったのだろう? 気が付くと、俺は暗くて狭い場所に押し込められていた。
何これ?
もしかして棺桶の中!?
ちょっと待って! 俺生きてるよ!?
必死になって壁(?)を両手で叩き、頭突きを入れる。思うように手に力が入らない。頭突きの方が効果があるって、やっぱり俺は怪我でもしてるんだろうか? とにかく必死になって頭突きを入れまくる。生きたまま棺桶に入れられて燃やされてたまるか!
何度もヘッドバッドを繰り返していると、ピシリと音を立てて罅が入り、光が闇に差し込む。多分葬儀場の照明だ。あともうちょっとだ、あともうちょっとで破ける!
頭を叩き付けるたびに罅は大きくなり、遂に押すだけで破れるくらいになった。棺桶にしては随分薄っぺらい印象があるけど、そんなことはどうでも良い。葬儀中に蘇生とかテレビに出てもおかしくないドッキリだが死ぬよりかはマシ!
パキャッ!
はい、ドッキリ大成功ー! 俺は自由だ―!
………………って、あれ? 葬儀場じゃない? 森の中?
アイエエエエエエ!? 森の中!? 森の中ナンデ!?
落ち着け、落ち着けよ俺。冷静になれ。
と、とりあえず覚えていることをありのまま話すぜ? 幼馴染に駅のホームから突き落とされて電車に撥ねられたと思ったら、何か狭い入れ物の中に詰められて森の中に放置されてたんだ。何言ってんのか理解できねえと思うが、俺自身何言ってんのか意味不明だ。
改めて周りを見渡してみると、どうやら俺はちょっとした窪みの中にいるらしく。近くには俺とほぼ同サイズの卵と思われる物体がゴロゴロ転がっている。ていうか、一個破けて中身のないやつって俺がさっきまで入ってたやつなんじゃ……?
パキャッ!
ぎょわあああああああああああっ!? 何か俺と同サイズの蜥蜴が孵りやがった!
害虫と違い、普段蜥蜴とか見ても手に乗せるくらいの事はするのに、人間大の蜥蜴とか最早ただのモンスターでしかない。ていうかなんで卵から孵った時点でこんなにデカいんだよ!?
こんなところに居られるか! 俺は出ていかせてもらう!
ダッシュで逃げようとするけど……おかしい。た、立てない……!?
上半身を背骨で支えきれず、どうしても四つん這いになってしまう。仕方ないので四つん這いのまま次々と卵から孵る巨大蜥蜴に背を向け、必死に窪みから脱出。どうやら窪みは小さい山の上に開いていたらしく、転がるように山を下る。
って、何じゃこのデカい雑草!?
ね、猫じゃらし? 茎は細いけど、樹齢千年は経過してるみたいな高さなんですけど!?
周りをよく見ると、他の雑草も異様にデカい。木なんて視界に納まりきらないし、こんな化け物プラントが自生する森って、何処のジャングルですか? 少なくとも日本じゃなさそう。
…………いや、違う。これ俺が小さくなってんじゃね?
だって自分の手を見ようとしたら顎が地面に突っかかって見えないし、腕を伸ばしても見えやしない。俺の頭は其処までデカくなかったし、腕だってこんなに短くない。しかもさっき、俺が出てきたと思われる入れ物と巨大蜥蜴が孵った卵……あれって普通に考えたら俺も卵から孵ったってことなんじゃ?
いやいやいやいや! え? 嘘? そういう事!? これはもしやアレなのか!?
大型小説投稿サイトとかでありふれた、異世界に転生しちゃった的なアレなのか!?
いや、でも異世界モノって言えば普通、何かしらの特典を貰うじゃん? 俺貰ってないよ?
しかもこれ、勇者とか人間に転生したっていうパターンじゃないよね?
恐る恐る首を捻り、後ろを見る。
卵から孵った蜥蜴と同じ尻尾が見えた。
意識して動かそうとしてみると、俺の思い通りにフリフリと動く。
嘘だと言いたい。でも現実だ。地面を踏みしめる感触も、周りの植物の匂いも本物だ。
だって俺はさっきまで人間だったんだぞ? それが今や人間ですらない?
手の込んだドッキリだと思いたい……でも、ここまでくればもはや潔く認めなければならない。
どうやら俺、蜥蜴と思われる生物に転生したらしい。
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