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運命の大会直前

 最寄り駅から10分ほど歩いただろうか。

 今回の大会会場に俺たちは無事着いた。いや『無事』と言っていいものか。

 100人。これはおおよその数だが、それだけの規模の人々が俺たちの後に追随する事態に発展してしまったのだ。イメージとしては大名行列が挙げられるだろうか。駅から会場まで、正に大名が随員を引き連れるかの如く行列を作ってしまった。恥ずかしいよボク。


「あ、前原くんだ」「相変わらずカッコ可愛いなあ」「あの容姿で弓道も凄く上手いんだもんね。噂では性格も最高って聞いたよ?」「なにその神様。『なあメスブタ。俺の弓道練習に付き合ってくれないか?お前(まと)な!』って言われたい」


 いいよ。


 それにしても、人が多い。入場規制をしているためか、入口付近に人が集中している。この暑い中なんということだ。熱中症対策してる?水分とってる?



 ━━ザワ。


 俺たちが人混みに近付いた瞬間、その場の熱気が強くなった気がした。暑いよ。

 と、次の瞬間。


「ま、ままま前原きゅんですよね!?」「じんくぅううん」「うは、本物じゃん」「私の髪の毛です!是非料理の隠し味に使ってください!」「おっぱい触ってもええ?」「住所特定したんだけど、毎朝お迎えに行ってもいいかしら?」「自慰したティッシュちょうだい」「童貞ですよね!?年下とかどうです!?」「乳首!!乳首!!」「くんかくんかくんかくんかくんかくんか」「ちょっと私にそのスネ毛剃らしてもらえません?」


 …。


 なんなんだこれは。いや、あの、ヤバくない?

 変態の巣窟?ここは大会会場じゃなくて、変態の集い場だったの?何度でも言うけどこの人達ヤバくない?心なしか俺の前に立ってるソフィもちょっと引いてるよ?あと突っ込みたいんだけど、最後の人性癖ヤバくない?


 爆発。そうとしか形容できない。何十、何百といった女性達が一斉に我先にとばかりに変態言語を浴びせてくるのだ。何故俺は美女、美少女のこんな姿を見なければいけないんだ。いや可愛いけど。可愛いけど、おぞましいよ。あと暑いよ。


 予想以上の『圧』に俺がたじろいでいると。



「ん、黙って。異常性癖の変態共」



 声を張ったわけではない。

 それなのに、低く美しいその声色はこの異様な喧騒の中何処までも響きそうで。


「ん。私は男性特別侍衛官のソフィア・マルティス。国家公務員である私は今公務の最中。それ以上ご主人様に近付くと任務に基づいてあなた達を排除する。邪魔立てするなら公務執行妨害で逮捕しても構わない」


 毅然とした態度でそう言い切った。


 おぉ。かっけえ。

 プロの本気ってやつを目の当たりにしちまったぜ。


「「「「…」」」」


 瞬間、周囲から音は消え、いくつもの視線がソフィを捉える。その視線にはどのような意味が込められているのだろうか。憎しみ?嫌悪?疑問?……どれも違うな。


「だんせ…?とくべつ…?」「それって……SBM…だよね?」「SBM……。……SBM!?」


 答えは驚愕だ。

 前にも言ったが、SBM付きとなる男性は非常に稀だ。高位の社会的地位も持たない俺にSBMが付いたことに彼女達は心底驚いているのだろう。


「ふふん。理解したなら早急に去るのが賢い選択」


 ドヤ顔ソフィ来た〜。


 ん〜、とは言ってもこの猛暑の中せっかくこの会場まで御足労頂いたわけだしな。全員近所の人ってわけでもないだろうし。何かサービスをしてあげたいが…。あいにく俺は今から大切な大会があり集中したいのだ。何か良い案はないだろうか。


 …あ。

 あれだな。

 あれを使わせてもらおう。我ながら良く思いついたぞ。


 SBMが現れ、もう俺にアプローチは不可能だと悟った女性達。見るからに意気消沈しているみたいだ。しかし、そんなあなた達に朗報です。


「コホン。改めまして、前原仁です。しかしながら、皆さんはわざわざ僕に会いに来てくれたわけですから、なにかお礼をしなければいけませんね」


「「お礼…?」」


 そう、お礼だ。


「皆さん、不肖(ふしょう)この僕のファンクラブがあることをご存知でしょうか?もし知らない方がおられるなら、是非入会して頂きたいのです」


「そりゃ知ってるけど…」「それがいったい…?」


「ご主人様…?」「仁…?」


 僕を待ち構えていた女性達はもちろん、ソフィやすみれ先輩も僕が何が言いたいか全く分からないといった様子だ。まあそれは当たり前なので、取り敢えず最後まで話を聞いてほしい。


「皆さん、僕の袴姿の写真を欲しくはないですか?」


「「!?」」


 ほら、欲しいんだろ?素直になれよ?

 …はい、ごめんなさい。自分で言うのはとても恥ずかしいが、この人達は俺のファンのはず。勿論俺の写真が欲しいはずだ!そうであってくれ。


「入場規制により、皆さんは僕の袴姿の写真を撮ること、というよりも僕の袴姿を見ることすら難しいはずです」


 コクコクコクと壊れた玩具みたいに首を縦に振る女性達。


「そこで、です。大会後、僕の写真をあなた達に、今この場にいるあなた達だけに、ファンクラブを通して送るよう、僕からファンクラブ会長に頼んでおきます」


「「な、なんですって!!!」」


 『ピシャァ!!』と雷のエフェクトが見えそうな感じのリアクションである。

 そう、これは俺が考えた『あとはファンクラブ会長に丸投げ!』大作戦だ。会長には少し迷惑をかけてしまう。申し訳ないことだけど。…まあ、上裸の写真でも送れば許してくれるだろう。……どんどん俺がビッチになっていく気がするぜ!


「皆さんに今から合言葉をお伝えします。その言葉を添付して会長にメッセージを送って頂ければ、僕の写真が手に入るはずです。いいですか、他の誰にも喋っちゃダメですよ?僕達だけの、秘密です。守れますか?」


「僕達だけの…」「…秘密……」「はうぅ…」「なんだか、響きが素敵ぃ…」「わ、わかりまひた!私達だけの秘密です!うへへ」


 よし。人差し指を唇に当てる『シー』のポーズ+ウインクというコンボが見事に決まったな。くはは。魅惑するとは正にこの事。

 まあ、合言葉が噂でねずみ算式に広まってしまうと会長さんがとんでもない苦労をしてしまうからな。それの予防策だ。……会長さん本当にごめんなさい。


「ありがとうございます。では、合言葉を言います。1度しか言わないのでよく聞いておいてくださいね?…合言葉は━━━━」




* * *




「ふぅ。じゃあ開会式までまだ時間あるしウォーミングアップでもしますか」


 あの後、会場に入り受け付けを済ませた俺達は、今選手控え室の代わりとなっている多目的ホールのような場所に集合している。


「有名人は大変だね〜仁。大会前なのに」


 憂うようにそう言ったのはすみれ先輩だ。春蘭高校弓道部は皆控え室のこの一帯に固まっている。


 ……まあ確かに、大会前で高水準の集中を保ちたい時に変態達の強襲(あれ)だからな。しかし、その道を選んだのは俺であり文句なんて言える立場ではないのだ。それに可愛い子ばかりで嬉しかったし元気を貰うこともできた。ともすれば感謝しているのだ。


「嬉しく思えど、迷惑だと思った事は1度もないですよ。大会前にあんなにたくさんの方々が応援に来てくれて嬉しかったです」


 紛れも無く本心である。


「……はぇ〜。器が違うなぁ」


 心底感心したようにすみれ先輩が言う。


「流石は前原といったところだな。その器の大きさがあの洗練された素晴らしい(かた)に現れているということか」


 会話に入ってきたのは右京部長だ。彼女とその他の3年生は余程気合が入っているのかかなり早い電車で会場に向かったらしく、俺達が着いた頃には既に控え室でウォーミングアップを行っていたのだ。まあ最後の大会だ。気合いが入らない方がおかしいか。俺は彼女達を全国の舞台へ連れて行ってあげたい。それだけの力は持っていると自負している。


「ありがとうございます」


 右京部長はよく俺を持ち上げてくれる。その度に少し照れてしまうのだけど。


「……前原。今日の調子はどうだ?その……いけそうか?」


 ……余程この大会に神経をすり減らしているのだろう。不安で不安で仕方がないといった様子で俺にそう問いかけてきた。


 こういう時なんて声を掛けるのが正解なのだろう。それは分からないけど、こう言うしかないだろう。



「僕は絶好調ですよ。的を外す気がしないです。右京部長こそ情けない姿見せないで下さいね?生意気な後輩(ぼく)を全国大会に連れて行って下さい」



「……。ふはっ!そうだな!よし、私の本気を見せるとしよう」



 さて、いっちょひと暴れかましますか。

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