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真実と美沙のお願い

「少し、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


 森山さんの無垢な瞳を見つめ、正面から問い掛けた。会話に入る形など不要。聞きたいことは真っ先に聞けばいい。


「えっ聞きたいこと?何かな何かな?」


「……ここじゃ何だから、廊下で話そっか」


「う、うん!わかった」


 俺が改まって森山さんに話しかけるものだから、クラスメイトの皆に注目を浴びてしまっていたことに今気がついた。

 別段まずい話をする予定もないため、今この場で事を進めても構わなかったのだが、周りの目が多過ぎて居心地が少し悪かったので場所を移動させることにした。

 森山さんは『2人っきりかぁ…ふふふ』と口元を手で抑えながら呟いている。




「じゃあいきなり本題に入っちゃうね」


「う、うん」


 夏にしては涼しく過ごしやすい、リノリウムの廊下に2人立つ。窓際で、草木が生い茂る中庭をよく見渡せる位置だ。

 そこで、挙動不審気味の森山さんと俺は対面した。



「…森山さん、僕のファンクラブの会長さんと何か関係があるのかな?」



 俺はいきなり核心を突いた。取り繕いや、様子見などは一切なし。どストレートというやつだ。言い訳や誤魔化しは受け付けないぞ。


「えっ」


 俺の単刀直入な物言いに森山さんは目を丸くする。まあ朝一番に会った瞬間に聞きたいことがあると言われ、挙句にその内容がこれだと彼女の反応も頷けるものなんだけど。


 しばしの膠着が俺たちを包み込む。耳には、教室からクラスメイトの和気藹々とした話し声だけがわずかに届く。


 そして、森山さんが口を開いた。



「す、凄いね!もう分かっちゃったんだ……」



 素直に感嘆したといった様子で、彼女はそう口にする。


「実はね、私のお姉ちゃんが前原くんのファンクラブの会長をしてるんだ!」


 ……。

 えっ。


「そっかぁ、もうバレちゃったか!流石だなぁ。ふふふ。近々私から打ち明けて前原くんを驚かせちゃおう!なんて画策してたんだけどな〜」


 森山さんは笑いを堪えきれないとばかりに口元を手で抑える。その姿は本当に無邪気で、楽しそうで、色々と考えを巡らせてしまっていた自分を何故か恥ずかしく感じてしまい、同時に気が緩んだ。


「……そうだったんだ。それにしても森山さんのお姉さんと僕って面識あったかな?」


「ううん、ないと思うよ。なんか前原くんがスポ男に載った時衝撃を受けたらしくて、気が付いたら私設ファンクラブについて調べて作っちゃってたんだって」


 なんとまあ行動力旺盛な方だ。

 とにかく、以前から気になっていた会長さんの正体は明らかになったわけだ。昨日森山さんが写真をねだってきたのは、お姉さん、つまり会長さんに頼まれたからって感じか。確かにファンクラブなら、会員に何か得になる見返りのようなものも必要だ。特に今のところ会費などは徴収していないらしいけど。


「今度時間がある時、森山さんのお家にお邪魔しても大丈夫かな?お家が無理なら、何処かの喫茶店とかでもいいんだけど、少しお姉さんとお話がしたいんだ」


「はわわっ!?私の家に!もうぜんっぜんオッケー!お姉ちゃん引きこもってるから毎日自宅警備してるし、こっち側はいつでも大丈夫!」


 ほぉ……引きこもりの方でしたか。

 これはまた、難儀な事になりそうだ。


「じゃあまた連絡するね。話は以上だから、教えてくれてありがとう」


「うふ、うふふ。全然いいよ〜!いや、いいよって言うのはちょっと上から目線?寧ろこちらこそ誠心誠意お礼を言わなきゃいけないんじゃないかな?ほら、なんと言うか生物としての格が違うじゃない、私と前原くんじゃ。勿論私が下だよ?例えるなら三角コーナーに溜められた生ゴミと煌びやかに輝く太陽みたいな。いやちょっと違うかな?そう、例えるなら……〜」


「……じゃあ、僕は教室に戻るね?」


 あの状態に入った彼女はもはや無敵。下手をすれば一限目の授業に遅刻してしまうだろう。ここは退散するのが吉と見た。


 俺はいそいそと教室に戻るのだった。



* * *



「……ふう、今日の授業も終わった〜。部活行くか」


 1日、特に変わったことがない日常を過ごした俺は今教室で部活へ行く準備を進めているところである。高校生活を一度終えている身からすれば、二周目の授業のため真面目に受けていたわけじゃないけど。ただ定期テストは近いので、テスト勉強は家でしっかり行っている。


「前原きゅんばいばい!!」「また明日〜」「今日も最高でした」「おっぱい揉ませ……ふごぉ!?」「こいつ……!あ、このバカには私からよく言い聞かせておくね!」


 愛すべきクラスメート達が思い思いに声を投げ掛けてくれるので、1人1人にきちんと手を振っておいた。こういう丁寧な心掛けが未来の俺のハーレムへと繋がるのだ。

 はっはっは。


「仁!今日もお疲れ!」


「ん、美沙もお疲れ様」


 俺が下衆な思惑を脳内で披露していると、クラスメイトで仲の良い小野田美沙(おのだみさ)が労ってくれた。


 美沙1人か。そういえば、莉央ちゃんは今日の部活は早くから参加しなければいけないから先に行くって言ってたな。


「それで、……あの、ちょっと仁にお話が……」


 ……?なんだろう改まって。

 しかし恥ずかしげにモジモジしている美少女は目に毒だ。こんな子とあんな事やこんな事を出来たらどれだけ良いだろう。ぐへへ。


「じ、実は!」


 おっと、ふざけている場合じゃなかった。美沙が意を決した様子で何かを言い出そうとしている。しっかりと耳を傾けなければ。


「今週末の土曜日、仁大会だったよな?実は次の日の日曜日あたしも大会があるんだ。それで、もし良かったらなんだけど、応援に……その、来てくれないかな、と……思いまして……」


 後半になるにつれて細く小さくなっていく声。その様子からは顕著にこの子が緊張していることが伝わってくる。また、己を鼓舞するように握り締められた拳が目に入った時、俺は美沙が愛おしくて愛おしくてしょうがなくなってしまった。


 美沙はバスケ部に所属しているため、大会というのはバスケットボールの大会だろう。


 しまったな……。俺としたことが、まさか美沙の大会の存在を失念してしまっていたとは。自分の部活の大会のことばかり考えていたせいかな。これは反省しなくては。


「もちろんいいよ!僕、美沙がバスケしてるところ見たことないから楽しみだなあ」


 考えるまでもなく返事はOKだ。俺の応援魂を見せてやるぜ。それに、女の子が運動している姿を見るのは結構好きだからな。


「ほ、本当か!?ありがとう!」


 うむうむ。全く、美少女の笑顔は最高だぜ!!


「どういたしまして。あ、それじゃあ僕もう部活に行かないと。時間とか場所についてはまた連絡して!」


「あ、ごめん。そろそろあたしも行かないと。わかった!」


 『じゃあまた後で』と言葉を交わし合った俺たちは互いの部活へと向かったのだった。


 よーし、気合い入れていくぞ。

 今週末は勝負の日だ。


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