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真実の前

少し短めです。

 生温い夏風が俺の髪を揺らす。

 朝方独特の少し澄んだ空気を頬に感じながら登校生達で賑やかな並木道を進む。


「前原きゅん、おはよう!」「お、おはおはっ!おはようござい、ますぅ!」「仁くん今日もかわゆす」「結婚してくださ…ぐはぁっ!?」


 春蘭高校のみんなも通常運転、と。

 あと、最後の人お友達にフルスイングで殴られてたけど大丈夫?


 今日は部活の朝練はなしだ。

 そのため比較的多くの生徒達と登校時間が被っている。来週には定期テストが待ち構えていることもあって、早くに登校して教室でテスト勉強を行う生徒もいるらしいけど。


 …そういえば前世の知り合いで、受験期間中は始発の電車で学校に1番乗りして勉強してる奴がいた。あいつ元気にしてるかな。


「きゃぁあ!仁君仁君!本物!!」「…すっごい」「ベロッベロに舐め回したい」


 校門を通過する時、春蘭ではない制服を着た女の子達が俺に群がってきた。この子達は、所謂俺のファンというやつだ。入り待ち、出待ちは日常茶飯事。

 此処までは毎日経験している通りだ。


 しかし。



「…ん、それ以上はご主人様の許可なく近付かないように」



 今日は俺の隣に頼もしい警護がいるのだ。

 彼女はソフィア・マルティス。俺の身辺を守ってくれる、男性特別侍衛官、通称SBMだ。登下校中が主に侍衛適用時間。本来ならば24時間警護して貰うべきなんだろうが、そこは俺が無理を言って時間に制約を掛けてもらった。束縛は性に合わないからな。


「えーっ!!何でですか!っていうかあなた仁君の何なんです!?」


 女の子が、自分と俺との間に立ち塞がるソフィに文句を垂れた。

 それに対してソフィは…


「私はご主人様と将来を誓い合った仲。その証拠として、現在同棲している。あなたが割り入る隙間はない」


 出鱈目を澄ました顔で言い切った。

 しかし同棲というのもあながち嘘ではないところが、ソフィのやらしいところだ。嘘と真実を絡め合わせ、俺に全否定し辛くしている。


「いやぁあああ!!嘘!絶対嘘だぁ!!」「許嫁ってこと?…やだよぉ。じんくぅん…」「あばばばばばば」


「ふふん。分かったら早急に去るといい」


 阿鼻叫喚の図を前に、ソフィは勝ち誇っているみたいだ。どうしてすぐにマウントを取りたがるんだか。

 …はあ。この子は本当に。


「はいはい。嘘つかないつかない。うちのソフィがすみません。別に将来を誓い合った仲じゃないから安心して下さい」


 俺は一歩前へ踏み出し、ソフィに並び立つ。そして、女の子達に笑顔で言い切ってあげた。別にソフィとはまだ結婚する約束をしたわけではないのだ。…そう、まだ、ね。


「…むう」


 当の本人は御機嫌斜めなようだが、今は許して欲しい。ファンサービスも大切な仕事なんだ。


「ほ、本当ですか!?…良かった」「まだチャンスがあるってことね…!」「あばばばばばば」


 女の子達は、一様に胸を撫で下ろす。

 えっと、さっきから白目剥いてる子は大丈夫かな?死んじゃわない?


 白目ガールの容態が心配ではあるが、取り敢えず場を納める事には成功したみたいだ。今の俺はそこそこの知名度がある。こういうちょっとしたところから、思わぬスキャンダルに発展する場合もあるかもしれないからな。


「じゃ、じゃあその、握手とかいいですか?」「わ、私も!」「あばばばば…ワイも」


 ひと段落したところで、またいつものパターンに戻ったみたいだ。毎日のように、俺はこの校門で女の子達に握手を求められているのだ。

 あと、白目ガールが正気に戻って良かった。でもすごい一人称だね?


「大丈夫ですよ。ソフィもいい?」


「…少し待って欲しい。…………ん、大丈夫」


 ソフィに許可を促すと、彼女は数秒間女の子達の体のあらゆる部位に目を走らせた後、許可してくれた。これは何をしていたのかというと、女の子達が凶器を懐や腰、太ももなどに隠し持っていないか確認していたのだ。服の僅かな膨らみや、肩の上がり具合、体勢などからおおよそ判断出来るらしい。

 ソフィ曰く、近づいて来る人物に対しては最初に全員漏れなく行っているとの事だったので、今の確認は2度目で、念には念を入れてくれたのだと思う。


「ありがとう。じゃあ、はい、どうぞ」


 ソフィに一言礼を言ってから、女の子達に手を差し出す。


「ありがとうございますッ!!やったっ」「肌キレー…ありがとうございます」「自分、この指チュパチュパしていいですか?」


 手を握りながら、ある者は飛び跳ね、ある者は惚け、そしてある者は自らの願望を口にする。

 白目ガール、すまん。俺の指をしゃぶるのは勘弁してくれ。嫌とかそういうんじゃなくて、絵面的な問題で。


 俺が女の子達の対応をしている間も、ソフィはずっと彼女達の一挙手一投足に注目し、警戒してくれているみたいだ。

 流石プロフェッショナル。




「一生この手は洗わないでおきます!」「ありがとうございました〜」「はぁ…はぁ…れろぉ…」


 その後、女の子達は再度お礼を言ってから自らが通う学校へと向かっていった。

 白目ガールは、自分の手の、俺の手が触れた部分を必死に舐めていたけど。あの子、凄いな。もしかしたら今まで会った中でトップクラスの変態かもしれない。


 さて、気を取り直しまして。


「僕はこれから学校だけど、ソフィはどうするの?」


「…ん、有事の際にご主人様から距離があるのは望ましくない。よって、この近くの男性侍衛特務機関支部にお世話になろうと思う。何かあればすぐに呼んで欲しい」


「そっか。わざわざありがとね」


「それが仕事。それに、好きでしていること。問題ない」


「ふふ、ありがと。じゃあまた学校終わったらね」


「…んっ」


 こうしてソフィと別れた俺は、1人で学校へと足を踏み入れた。


 今日の朝は、やりたいことがある。

 それは、森山さんにファンクラブ会長の件について話を聞くことだ。あの写真を撮ったのは森山さんだというのは揺るぎない事実で、それに俺にはそれくらいしか手掛かりがないのだ。

 謎に包まれていた会長なる人物の正体がついに判明するかもしれない。




「おはよう」


 俺は笑顔で自身が所属する1年1組の教室に入った。

 俺の入室によって沸き立つみんなに苦笑いを零しつつ、室内を見渡す。

 

 莉央ちゃんと美沙はまだ来てないみたいだな。…聖也もまだか。

 森山さんは…いた。

 頬を赤らめヨダレを垂らしながら俺を見ている。


「森山さん、おはよう」


 そんな彼女に歩み寄り、にこやかに挨拶する。


「えっ!?わた、わたし!?おは、おはよう!前原くんが私だけに挨拶してくれるなんて珍しいね…。今日は雪が降るのかな、なんちゃってね。あ、勿論凄く嬉しいよ!でも、ほら、今までこんな事なかったじゃない?もしかして私の事、す…好きになっちゃったとかかな!?!?…いやでも、さすがにないよね?ごめんね、調子に乗っちゃって。あ、調子に乗ったと言えばこの間ね、〜〜」


 この子が本当にファンクラブ会長なのか、はたまた会長と繋がりがあるのか。疑念が尽きることはないが、とにかく聞いてみないことには始まらない。


「森山さん」


「〜それで、…ん?どうしたの前原くん」


 会話を中断してもらい、目を真っ直ぐに見つめながら俺は言う。




「少し、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

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