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閑話 とあるお向かいの半ストーカー

変態・下ネタ・ストーカー要素、注意です。

苦手な方はご注意下さい。

 今、外の世界は陽が沈み始める頃。

 対して、わたしの世界であるこの部屋は常に真っ暗だ。


「ぐふふふ…。もうすぐ来られるのです…!」


 布団に包まりながらカーテンの隙間から向かいの家を監視する、これはわたしの日課である。


 この時間はあのお方が学校からお帰りになるはず。双眼鏡でご尊顔を拝見することもはや生き甲斐と言っても過言ではない。


「はぁ…はぁ…もう我慢できないのです。早くお美しいお顔をわたしにぃ…」


 苦しい。もどかしい。狂おしい。愛おしい。おかしくなりそうだ。


「ぐへっ…うへへへ」


 客観的に見れば嘸かし気持ち悪いんだろうな、と自分でも思う笑い声が暗闇にこだます。

 わたしは不気味に笑いながら足元のスマホを拾い、あのお方のファンクラブサイトを開き、御身を確認する。これは最近アップされた会員特典だ。


 いつ見ても…いいのです…!

 愛らしい瞳も、綺麗な鼻筋も、柔らかそうな唇も、輝く髪の毛も!

 クンカクンカしたいのです…!!

 絶対いい匂いする!!!


「はぁああぁあぁあ…」


 カーテンをこれでもかと握り締め、行き場のない欲求をぶつける。

 あのお方の存在は、わたしを狂わせる。いや、狂わされているのではなく、もしかしたら此方が正常なのかもしれない。今まで狂っており、あのお方が正常に戻してくれたのだ。


 あのお方とは、前原仁様のこと。

 つい最近仁様に出逢ったことで、わたしの世界は一転した。


 わたしは、所謂引きこもりだ。

 高校生の身でありながら、学校には全く行かず家で怠惰な日々を過ごす駄目人間だ。

 何を目的として学校に通っているのか、一体何がしたいのか、何もかも分からなくなった時、自然と足が止まってしまっていた。


 これからわたしはどうするつもりなのか、この暗く小さな世界で何ができるのか。

 固く閉ざされたこの空間で頭を抱えていた。


 仁様に出逢ったのはそんなある日のこと。



* * *



「ちょっとゴミ捨てて来て〜」


 自室で朝ごはんを食べていると、階段下からそうママの声が聞こえてきた。


 …いつも嫌だと言っているのです。


「…分かったのです〜」


 面倒臭いし、陽が苦手なので一瞬でも家から出たくないのだけど、引きこもってしまっている負い目もあって大人しく従っておく。


 さっさと終わらせて攻略途中のエロゲーの続きでもするのです!あの会社が作る男の子はみんなエロエロで自慰不可避なのです!


 妄想をしていると気分が高揚してきたわたしは急いで朝ごはんを口に詰め込む。


「んぐんぐ」


 食パンを咀嚼しながら駆け足で階段を降り、ママから半ばふんだくるようにゴミを受け取る。


 うおおお!マッハ5なのです!


 引きこもりの脆弱な肉体をフルに稼動させ、近所のゴミ捨て場へと直行する。これ程まで必死になっているのは、昨日の夜FPSのオンライン対戦で対戦相手に煽られて煽り返そうと躍起になっている時以来だ。


「ふふふ…世界新記録達成なのです」


 20メートルほどの道程を終えたわたしは、汗を拭いつつしたり顔で呟いた。激しい動きによりズレてしまった眼鏡の位置を修正する。

 

「ほいっと。さ、帰るのです」


 そしてゴミをきちんと分別して捨て、早く帰ろうと踵を返した。


 その時。



「…え」


 両手にゴミ袋を持った若い男の子がこちらに向かってくるのが目に入った。まだ距離があり、顔は確認できない。

 しかし、彼が、わたしが在籍している春蘭高校の制服を身に付けている事は分かる。


 男子高校生きたぁああ!!!


 どうやら現時刻は高校生の登校時間で、運良く鉢合わせてしまったみたいだ。

 引きこもりの身なので、わたしはリアルの男の子との絡みが皆無と言ってもいい。だからこのチャンス、絶対逃すわけにはいかない。どうにか策を弄してお近付きになるのだ。


 ぐふふ。やはり何度見ても制服とは尊いものなのです!


 彼我の距離が縮まるに連れて、男子高校生の細部が明らかになっていく。


 長めで先だけ銀髪の黒髪を優雅に靡かせるその姿は、まるで風の妖精に愛されているよう。また、時折少し汗ばんだ新雪のような肌をカッターシャツの襟元から妖艶に覗かせる。

 彼の周りだけ、空気が浄化されていくような錯覚を覚えた。

 


 ……。



「ッ!?」


 ちょ、ちょっと待って!!


 あれ本当に実在する男の子なのです!?

 超高度の3Dホログラムで再現した2次元の男の子だったドッキリじゃないのです!?


「…信じられないのです」


 あんなに美しい男の子見たことない。アニメの中でしかお目にすることができない超絶イケメンの男の子を具現化させたみたい。

 

 それに、何より。


 何より!!


 わたしは空気を極限まで肺に貯め、そして両手で口を抑え、叫んだ。


「エッロぉおおぉ……!」


 何あれ何あれ!無茶苦茶エロいのです…!

 インキュバスか何かなのです!?


 あの胸元のチラリズムは許しがたい。あの領域まで行くと、もはや犯罪だ。下着本当に着てるのかあれは?生カッターシャツの可能性も無きにしも非ず。


 自らがドライアイだという事実も忘れ、瞬きという行為自体忘れてしまったかのように彼の胸元を注視する。


 華の男子高校生が独りで居て、しかもあれだけ露出って、誘ってるのです…!?あんなのいつ襲われても仕方ないのです!

 …自分いいのです?ズコズコに犯しちゃっていいのです!?


「はっ!」


 いけない。何故か思考が危険な方向へシフトしてしまっていた。一旦お乳突く…のではなく落ち着くべきだ。

 例えるならば、あの男子高校生は猛毒を持った美しい花。死んでも構わないからあの甘そうな蜜を吸ってみたいと考える蜜食動物達が、彼に近づき、そして捕食されるのだ。


 …捕食されたいのです…。


「…ふぅ」


 癖になりつつある、眼鏡をクイッと中指で押し上げる動作をする。対戦ゲームでブチ切れそうになった時この行為をすると、不思議と落ち着きを取り戻すのだ。

 

 よし、何とか持ち直すことができたのです。


 欲望に駆られたままでは、男子高校生にお近付きになろうとしても成功する確率は低いだろうから。

 彼はもうわたしまであと数メートルの距離まで近付いてきている。作戦を練る時間もないため、今一瞬で思い付いた作戦でいくしかない。


 男子高校生まであと4メートル。


 3。


 2。


────今だ!



「あー!わ、わたしの眼鏡がー!何も見えないー!のですー!」


 わたしは女優さながらの完璧な名演技でそう悲痛に叫び、眼鏡をアスファルトの地面へと取り落とす。

 何も見えないというのは本当のことだ。わたしは極度の近眼で、眼鏡がなければ日常生活を送ることすらままならない。


「だ、誰かー!眼鏡を取って欲しいー!のです!」


 ふっふっふ。自分の演技の精錬さには感嘆してしまうのです!これはどこからどう見ても、眼鏡を手違いで落とし、視力を失ってしまった儚げな悲劇の少女の図!

 男性とは言え、これを目の前にすれば助けざるを得ないはずなのです…!


 靄がかかったようにボヤける視界の中、男子高校生らしき影がわたしの方に近づいて来ることが分かった。


 こ、これは!きたぁぁのです!?


「…ふふっ。大丈夫ですか?お姉さん」


 残念ながら絶世のお顔を拝見することはできないが、男子高校生のものと思われる温かい優しげな声がわたしを包んだ。

 あと無茶苦茶良い匂いした。


 作戦ッ!成功ッ!!なのです!!


「そ、そうなのです!よ、よよければ探すのを手伝って欲しいー!のでしゅ!」


 だがここで焦っては全ては水の泡。わたしは内心の感情をおくびにも出さず、ごく自然に助けを求めた。


「あははっ。分かりました、いいですよ」


 よしよしよし!何だかとても良い感じなのです!あと何故かさっきから笑われてる気はするけど、別に気にしないのです!


「あ、ありがとうございます!なのです!」


「いえいえ。あ、すぐ近くに落ちてますよ。ちょっと待ってて下さいね」


 甘い香りが遠ざかっていく。

 どうやら、この男子高校生はかなり良心的な人物のようだ。正直ここまで親身になってくれるなんて思ってもみなかった。

 妄想で犯しちゃってすみませんでした。


「取ってきましたよ」


 わたしが懺悔していると、男子高校生が眼鏡を拾って来てくれたようだ。

 よし、あとは手渡しされる時にどさくさに紛れてお手に触れられればこの作戦は成功だ。


「あ、ありがとうなのです」


 わたしはお礼を口にし、両手を前に差し出うとする。ここが勝負どきだ。

 緊張が走る。


 しかし、手に感触が伝わることはなく、次の瞬間視界が突然明瞭に変化した。


 …?


 一瞬。ほんの一瞬だけ何が起こったのか分からなかった。しかし、その一瞬のあとに待ち受けていたのは、



「どうです?僕の顔ちゃんと見えますか?」



 ───美天使。


 頭がスパークしそうになった。心臓が破裂しそうになった。

 視力がいつも通りになったかと思えば、鼻先十センチ程の距離に、大罪級の微笑みを浮かべた天使…男子高校生が。


 近い。かっこいい。芳醇な香り。かわいい。目が大きい。肌が綺麗。美しい。天使。髪サラサラ。神様。エロい。


 すぐには処理しきれない様々な想いが、脳内を縦横無尽に駆け巡る。


「おほぉおお!!??」


 ようやく現状の理解が追いついたわたしは思わず奇怪な雄叫びをあげてしまう。

 どうやら、わたしは男子高校生の手により眼鏡をかけさせられたらしい。その結果、視力が戻った瞬間見えるのは男子高校生のどアップの顔というわけだ。


「今度からは眼鏡失くさないように気をつけて下さいね?」


 未だ衝撃が抜けていないわたしに向かってそう告げた男子高校生は、ゴミを捨て、駅の方向へ歩を進めだした。


「あ、ちょ、ちょっと待ってなのです!あなたのお名前を聞かせて欲しいのです!」


 ダメだ。この人との関わりをここで終わらせては絶対にダメだ。理性ではなく本能でそう判断したわたしは、彼に名前を問う。


「んっ?いいですよ。でも、人に名を尋ねる時は自分からって言うじゃないですか」


「…うっ、それもそうなのです。では改めて、わたしの名前は蓬莱彩葉(ほうらいいろは)。あなたの名前を聞かせて欲しいのです」


「蓬莱…。なるほど、お向かいの御宅のお姉さんだったんですね。僕の名前は前原仁です。よろしくお願いします、彩葉さん」


 お向かい!?

 そういえば、お向かいの家のお名前は前原だったような気がするのです…。

 そんなに近くにいたなんて全然分からなかったのです。まあわたしは、高校に入学した時くらいにこちらに引っ越してきたので、当たり前といっては当たり前なのかもしれないのです。

 前原仁様、か。


「よ、よろしくなのです!お向かいさんだったのです…」


「それならこれから会う機会もたくさんあるかもしれませんね。じゃあ僕は学校に行くのでこれで失礼します」


「あ、はいなのです。また会えることを祈っているのです…!」


 ご近所さんならばまた見かける機会がある。その時は絶対にまた話し掛ける。


 去り行く仁様の背中を眺めながら、わたしは決意した。


 その時、仁様が何かを思い出したようにこちらに振り返り言う。


「あ、そうそう。彩葉さんは、もう少し演技力を磨いたほうがいいかもしれません」

 

 ニヤリと音がつきそうなイタズラな笑みだった。


「〜〜ッ!!」


 見抜かれていたのです!バレバレだったのです〜!!!始めの頃何故笑っているのかと思っていたけど、全部理解した上で茶番に付き合ってくれてたのです!!

 は、恥ずかしいのですぅうう!!!


 仁様が去ったあと、ゴミ捨て場にてわたしは1人悶え苦しむのだった。



* * *



 といったのが、仁様との初めての出逢いだ。あれからどうしても気になったわたしは、彼の事を調べ尽くした。その時は残念ながらあまり良い情報は得られなかったのだが、それからすぐに仁様が掲載された月刊スポーツ男子が発売され、彼は一躍時の人となった。世の中が仁様を認知する前に、わたしは彼の美しさを知っていたのだと、少し優越感に浸ってしまったことを覚えている。


 あと、仁様が春蘭高校の生徒だということなので、わたしもいずれ高校に出向こうと思う。彼が在籍するならば、学校も捨てたもんじゃない。わたしが春蘭高校の生徒で本当に良かった。


 だけど今は、この小さな世界から仁様を覗き見ることが至高の幸せだ。誰にも見られていないと思って無防備な姿を晒しているのがとても興奮する。1日が終わり疲れ切った表情で帰宅する瞬間の彼を見る事ができるのは、わたしだけだ。


 ほら、もうすぐ仁様がお帰りになる。


 この瞬間は誰にも邪魔はさせない。絶対に。



「うひひ…なのです!」





 今日も夢の時間が今、始まる。



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