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ソフィア・マルティスという女性 中編

 十数秒後、『ガタガタッ!』と何やら騒がしい音と共に声の主が扉を開けた。


「お越し下さってありがとうございます!ジンちゃ…仁くんはまだ帰って来てないですが、取り敢えず中にお入り下さい!」


 見た所20代程の妙齢の女性が慌ただしく現れた。長めの黒髪を垂らしている。先行資料によると、侍衛対象の家族は母親、そして姉、妹が1人ずつ。そのため、この女性は恐らく姉だと思われる。


 …それにしても、家族。私には一生縁のない言葉。昔は狂おしい程欲したモノ。けれど、歳を重ねるにつれてその欲望は空気が抜けたみたいに縮んでいった。

 だって、その願いは叶わないから。

 今でも憧れの感情はあるけれど、無駄だと分かっていることを願う程苦しく辛い事はない。今では願い(それ)は心の深層へと押し込んでいる。


 ズキンと、胸の辺りが痛んだ気がした。



 …いけない、少し感傷に浸ってしまった。そんな過去の理想を思い返す事より、まずは現実を優先しないと。


「んっ。失礼する」


 自分に喝を入れ直した私は、玄関から扉までの石畳の上を歩む。

 そして、近付くにつれ前原仁の姉だと思われる人物の表情に変化が帯びてきた。その視線は私の頭から足を往復している。


 やっぱり。


 思わず出てしまいそうになった溜息を呑み込み、胸中で辟易とそうこぼしてしまう。

 初対面の人間のこの手の行動には、幾度となくデジャビュを感じてきた。


 そして、この後に紡がれるであろう言葉も予想がつく。


『そんなに小さくて大丈夫なのか』だ。

 

 小学生と見間違われる事もある低身長。私自身それほど気にしているわけではない。機動性に富み、力任せな戦法相手の実戦訓練では負けなし。小柄な体が必ずしも不利になるわけではない。


「…言いたい事は分か──」


 私が機先を制し、任務の度にしなければいけない説明を済ませようとしたその時。


「わぁ〜小柄なのにSBMだなんて、凄いんですね!よっぽど優秀なのかなぁ、期待していますね!」


 いつも経験している嘲りを孕んだものではなく、素直に驚嘆したといった様子で彼女は私に笑い掛けた。


「…」


 思わず目を丸くしてしまった。どうやら機先を制されたのは私の方のよう。

 この低身長を見て、優秀という言葉と結びつける者は一体どれほどいるだろう。


 まあ、会って間もない相手の身体的特徴について言及するのも褒められた行為ではないけれど、見た所彼女は天然そうなので悪気はないのだと思う。


 …あと、彼女の言葉は少しばかり嬉しかった。


「えと、どうかしました?」


「…ん、何でもない。失礼する」


 動きを止めていた体を再起させ、そう一声かけながら今度こそ私は家へと足を踏み入れた。


 …そういえば銀髪については一切触れられなかった。よく分からない人。

 



「…私の名前はソフィア・マルティス。国家男性侍衛特務機関本部から前原仁様の侍衛任務を言い渡された。任期は半年。改めて、よろしく」


「ソフィア・マルティスさんね、よろしくお願いします!私は前原柚香。ジンちゃ…仁くんの母親です」


「初めまして、姉の茄林です。どうか、仁の事をよろしくお願いします」


「初めまして、お兄ちゃんの妹の心愛です!」


 リビングへと通された私は、そこで前原仁の家族と顔合わせをする事となった。

 驚いたことに、私を玄関で出迎えてくれた黒髪長髪の女性は姉ではなく母親なのだと言う。こうして3人並ぶと、誰もが三姉妹だと勘違いしてしまうと思う。これ程の見た目年齢と実年齢の隔絶した差には正直末恐ろしいとまで感じてしまう。


「…ん。本人はいないけど、取り敢えず任務内容の擦り合わせを行いたい。いい?」


「あ、そうですね。分かりました」


 先程用意されたお茶が置かれるダイニングテーブルに腰掛ける。前原仁の母と姉も私の正面に腰掛けた。妹の方はテレビの前に備え付けられたソファに座っているため、この話に参加するのは目の前の2人だと言うことだと思う。


 「じゃあ開始する」


 鞄から書類を出し、机上に並べた私はそう宣言した。



 対談を開始させてから、20分程経った。その間に、私の経歴や、前原仁の現状など多岐に渡る情報の確認をお互いにできたため中々有意義な時間だったのではないかと思う。


「へぇ〜、そっかソフィさん首席だったんですね!外国の方なのに凄いな〜」


「んっ。もっと褒めてもらっても構わない」


 大方の擦り合わせは終え、殆ど雑談と化している現在。

 そろそろ前原仁が帰宅する時間だと聞き及んでいるけど。



『ただいま〜』



───ん。


 今、私の聴覚が確かに少し幼さの残る男性の声を捉えた。発信源は恐らく玄関。そして、声の主は十中八九前原仁。


「ジンちゃん驚くかな〜」


 彼女達は気付いていない。会話に夢中で聞こえていなかったみたい。まあ私は日頃から五感を研ぎ澄ます訓練は行っているので、聞き逃す何てことはない。


「…ん、じゃあ任務内容の最終確認をしたい。前原仁様の侍衛対象時間は基本的には登下校中のみ。ただし、本人がそれとは別に侍衛を希望した場合その限りではない。大丈夫?」


 前原仁が帰宅したため、対談は間も無く終了となる。私は最終確認として、任務内容をもう一度読み上げた。


「あ、はい!大丈夫です。ジンちゃんは危なっかしいですから、どうか宜しくお願いします」


「…んっ。わかった」


 …ん。

 どうやら、前原仁が扉の前まで来たようだ。微かに呼吸音が聞こえる。


 さて、じゃあ見せてもらう。私があなたに感じた感情は一体何なのか、私が感じたあなたが持つ『異質』が何なのか。

 私は、あなたに興味がある。


 扉に体ごと視線を向け、今か今かと待ち侘びる。少し心臓の鼓動のリズムが早くなっている気がする。


「ソフィさん…?」


 前原仁の姉が、会話を切り突然扉を見つめ始めた私に困惑したような声を出す。

 少し待って欲しい。もう間も無く、(そこ)から現れるはずだから。


 その時、『コンコンコンッ』と三度乾いた音が部屋に響いた。此方を気遣うように控え目な強さで。


 …来た。

『ドクンッ』と心臓が1度だけ強く跳ね上がった。

 私は知りたい。あなたのことを。



「ただいま〜…」



 そして遂に件の人物がその姿を現した。


 写真で見た通り、前原仁は信じられないほどの美形だった。いや、写真以上だ。このレベルならば、侍衛官が必要になる理由も察しがつくというもの。


 だがそれ以上に私が驚いたのは、彼の存在感。オーラや風格などと言うレベルではない、他の追随を許さない圧倒的な輝き。この人物は『特別』なのだと私の第六感が告げていた。



 そして、顔と声しか知らない彼を。

 性格も、趣味も、好みも知らない彼を。

 今初めて直に見た彼を。



 私は、



────あ。見つけた。



────この人を、探していた。





そう、思った。



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