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白銀

「じゃあまた明日ね〜」


「はい、気を付けて帰って下さいね〜」


「また明日〜。怪我とかしないようになー」


 莉央ちゃんと美沙に手を振り、そこで2人と別れる。


 夕暮れ時。ひぐらしの鳴く音を浴びながら、赤橙色に染まる世界を進む。あと数十分もすれば、切れかけた街灯と民家から漏れる光しかこの辺りを照らす事はない。


 今日も充実した1日だった。

 

 放課後の部活を終えた俺は、今帰路についている。相変わらず部活の調子も良かったし満足である。


 今日は朝練もあったためか、体に疲労が溜まっているのが分かる。節々が少し痛むのだ。

 しかし、それでも俺の足取りは軽かった。鼻唄を唄おうとさえ思ってしまうほどに、気分が高まっていた。


 それは、これからSBM、男性特別侍衛官の人が家を訪ねてくるからに他ならない。いや、時間的にはもう来ていてもおかしくない。正直言ってとても楽しみだ。行動を制限されるのは嫌だとか何とか言っておきながら、やはり女の子との新たな出逢いは胸が高鳴るものである。


 また、一緒に暮らすことになるという事も大きなポイントだろう。SBMは俺を守る為に住み込みをするのだ。テンションが上がってしまうのは仕方ない。


「…走るか」


 早歩きではダメだ、もどかしい。

 通学カバンをもう一度肩にかけなおし、俺は小走りで我が家へと向かった。



「ただいま〜!」


 少し息を切らしつつ、家の扉をやや乱暴に開け放つ。

 どうだろう、そろそろ予定の時間であるためもう既に家にいる可能性が高いと思うのだが。


 取り敢えずリビングへ向かおうと、未だに少し肩を上下させつつ靴を脱いだ時、俺はあることに気付いた。


 見覚えのない小さめのローファーが一足玄関に揃えてある。


 心愛のローファーは茶色であるが、この見覚えのないローファーはツヤのある黒色だ。


 …これは、間違いない。

 もうSBMの人が来ている。


 それに、靴は家族全員分揃っており、この家に全員居る事も確定だ。

 暑さのせいか、はたまた緊張のせいか。額に少し汗を浮かべつつ、俺は改めてリビングへ向かった。


「〜〜ですから、〜〜」


「〜〜。〜〜わかった」


 リビングへ近付くにつれ話し声が聞こえてきた。1人は母さんの声だが、もう1人の声に聞き覚えはない。こちらがSBMの人だろう。


 それにしても会話中だったか。今部屋に入っても大丈夫かな?

 俺は少し逡巡したのだが。


 …?

 会話が止まった、かな?


 どうやらちょうど俺が扉の前に来たあたりで、会話が一旦途切れたようだ。運がいい。

 今の内に入室してしまおう。


『コンコンコンッ』と3回ノックをしてから、少しヒンヤリとしたドアノブを握り静かに扉を開ける。

 

「ただいま〜…」


 どんな人だろう。

 美人系?可愛い系?

 優しい人だったらいいな。


 様々なことに思いを馳せながら、見慣れたリビングを見渡す。


 サラサラの黒髪のショートカットが初々しい心愛がソファに座っている。

 同じく黒髪ミディアムショートの姉さんは、母さんと一緒にダイニングテーブルに備え付けられた椅子に腰掛けている。



 ──そして


「…あ」



目が合った。



 銀?



 俺が真っ先に思い浮かんだのは、そんな言葉だった。

 ともすれば白銀とも言い換えられる程の輝きを放つ長い(それ)は、芸術家が宝石を引き延ばして作ったのではないかと疑ってしまうほど高貴な雰囲気を発している。

 肌も限りなく白色に近く、眉毛や睫毛までも白銀。

 唯一違う色があるとすれば、それは菫色の瞳だ。周りが白色なためか、存在感が凄まじく、目が合っている現在の状態を続ければ引き込まれてしまいそうなほど。ただ、目はとても眠たげで、言うなれば『逆かまぼこ型』のような形をしている。


 彼女は母さんと姉さんに向かい合い座っているのだが、母さんと姉さんはどちらも生粋の黒髪であるため、銀が余計に映えている。



 とても、とても綺麗だと思った。



「……」


 白銀の彼女は、俺をジッと見つめている。

 まるで品定めをするかのように。

 全て見透かされているような気がする。しかし、悪い気分ではない。


「あ、ジンちゃん帰ってたんだね。おかえりなさい」


 一瞬とも永遠ともとれる感覚の時間は、母さんの声により終わりを告げた。


 あ、危ない。今ほんの少しの時間だったけど、確実に呑み込まれていた。こんな事今までなかったんだけど…。


「う、うん。ただいま」


 少し狼狽えながらも、笑顔でそう返す。続いて、姉さんや心愛も声を掛けてくれたため、同じく笑顔で応える。


 …白銀の彼女は、未だに俺から視線を外そうとはしない。

 俺が何かしただろうか?彼女はとことん無表情で、顔から感情を読み取る事ができない。

 うーん、気になるけど…取り敢えず今は触れない方がいいかな。


「それで母さん、そちらの方が例の?」


 彼女が俺を見つめてくるのはいずれ聞く方針とし、母さんに『この人が例のSBMの人って事でいい?』という意味を込めて聞いてみた。


 「あ、ごめんね紹介が遅れちゃった。コホン。では改めまして!ジンちゃん、こちらは、…えっと、ソ、ソフィア…あ、ソフィア・マルティスさんだよ!国家男性侍衛特務機関から来てくれました!生まれが外国の方なんだけど、育ちはこの国なんだって。さらに、なんと育成学校を首席で卒業して特務機関に入ったんだって!超エリートだよ超エリート!」


 母さんが興奮冷めやらぬと言った感じで、身振り手振りで力説してくれた。

 なるほど、外国人だったか。確かにあの容姿はこの国の人でない事は自明だけども。

 それに、首席とは。にわかには信じられない。俺のような一般人にそんなエリートをあてるか普通?国の考えが分からない…。


「初めまして、ソフィアさん。前原仁と申します。色々ご迷惑をおかけする事になるとは思いますが、宜しくお願いします」


 初対面は大切だという事で、いつも通り丁寧に言葉を紡ぎ頭を下げる。



「…んっ。私は男性特別侍衛官のソフィア・マルティス。ソフィと呼んでほしい」



 ほっ。

 ずっと俺を見ているものだから、反応してくれるか少し不安だったのだがきちんとしてくれて一安心だ。あと声可愛くてビックリ。


「分かりました。ソフィさん、ですね」


「呼び捨てでいい。あと敬語も不要」


「分かりまし…分かった、ソフィ。これから宜しくね」


「…んっ」


 なんというか、抑揚のない話し方だな。淡々としているというか。しかし嫌いじゃありません。無気力系美少女大好物です。


「そういえば、僕みたいな一般人にソフィみたいな首席エリートをあてがって大丈夫なの?そういう人は、もっと偉い大臣の人とかに付くものじゃないの?」


 疑問に思った事を聞いてみた。

 SBMに首席で入ったなんて、それこそ一握りの天才なのだろう。そんなソフィを俺につけるなんて本来考えられない事だ。


「…んっ、問題ない。厳正な書類審査の結果決められたこと。それに首席と言っても私は今年入庁した新人。今回は初めての単独任務」


 ふむふむ。そっか、新人さんだったのか。それに、初めての単独任務と。

 そう言われれば、少し納得してしまう。


「良かったねお兄ちゃん!ソフィさんとっても凄い人みたい!これで安心だ〜」


「そうね。首席卒業する程の人なら安心して仁を任せられる」


 心愛、姉さんが安堵した表情でそう言う。

今まで心配かけてごめんなさい。


「…んっ、大船に乗ったつもりで任せて欲しい。改めてよろしく」


 無表情ながらも何処か自慢げにそう告げたソフィは、椅子から降り俺の前に立つ。


 …えっと、言っていいかな?

 大船というより…、うん、小船、かな?


 そう、眼前に立つ白銀の美少女は、俺より頭ひとつ分程小さい。身長で言えば150センチないくらいだ。まあ、言ってしまえば小っちゃい。可愛い。


「…何を考えているのかは大体分かる。でも実力に問題はない。安心して欲しい」


 心なしムッとした顔になるソフィ。

 この子は顔から感情は読み取り辛いが、雰囲気にかなり感情が乗るので思ったより分かりやすいかもしれない。


「あ、ご、ごめんね?でも決して頼りないとか思ったわけじゃないんだよ?ただ、可愛いなって」


 と、其処で癖でソフィの頭を撫でてしまった。会って数分の人にする行為ではない。失礼にも程がある。

 しかし、普段から妹達やすみれ先輩の頭をナデナデしている俺にとって彼女の身長はとても撫でやすい位置にあり、つい魔が差してしまったのだ。反省はしているが、後悔はしていない。


「……ん」


 少し。ほんの少しだけ、頬を赤くしたソフィは少しうつむきながら呟くように声を出す。

 うん、こういう初々しい反応もやっぱり可愛いなあ。


 そんなことを思いながら、ニコニコとソフィを眺めていたのだが。



 次の瞬間、ソフィの綺麗に整った鼻から一筋の赤い水のようなものが垂れた。それはとても綺麗で、ルビーのようで…って、


え?


「あ、ちょっと、ソフィ鼻血が!」


「鼻血?ん、問題ない」


 戸惑う俺だが、当人はあっけらかんとしたものだ。この子状況分かってる?


 前原家のみんなは、床にみるみる血溜まりを作る出血量に焦りに焦る。こんな出血量を見たのは、少し前に俺の半裸を見た家族達が鼻血を吹き出した時以来だ。


 えっと、本当に大丈夫なのかな?SBMに所属しているくらいだから、無茶苦茶丈夫だとか?本人はノーリアクションだし、その可能性は高い。


「…?ん、目眩がする」


 ダメじゃん!!出血しすぎて貧血起こしてるじゃん!この子アホじゃん!!


 俺たちは急いでソフィの鼻にティッシュを詰め込む作業に移るのだった。



 これから大丈夫かな…。

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