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どうしよう

「…」


うぐ…胃が痛い。なぜこんな事態になってしまったんだ。

俺は心の中で現状を嘆きつつ、胃の辺りを少し汗ばんだ手でさする。


今俺は近くのチェーン喫茶店に来ている。別に喉が渇いたわけではないし、休みたかったわけでもない。

ならば何故来たのか。

それは、


「へぇ〜仁くんの先輩かぁ。可愛いね」


「ありがとうございます。近藤さんもお綺麗ですよ」


「そう?ありがと。ふふふ」


「いえいえ。ははは」


この2人が出会ってしまったからに他ならない。なんかよくわからないけどお互い牽制(?)し合っている。


すみれ先輩と帰宅中、恵令奈さんと遭遇した俺。軽く挨拶を交わし、はいサヨナラといけば事態はこうも複雑にはならなかっただろう。しかし現実はそう上手くはできておらず、すみれ先輩が恵令奈さんとの関係を知りたがったのだ。さらに対する恵令奈さんもすみれ先輩と俺との関係を知りたいらしく、奇しくもお互いの目的が合致したため、こうしてゆっくりできる場所に移動したというわけだ。


「それで、仁。近藤さんとはどういう関係なのかな?」


先程注文したアイスココアに入っている氷をストローでやや乱暴にかき混ぜながら言う。

顔には笑みを浮かべているが、妙な迫力がある。


い、いきなり核心をついてきたな。

恵令奈さんとどういう関係かと聞かれれば…うーん、何だろう?恋人は違うし、友達といった感じでもない。かと言ってただの知り合いというほど浅くもない。

うむ、分からん。


「そ、そうですね。浅からぬ関係とでもいいますか」


どう説明すればいいのか分からなかったので、意味不明な言い回しで場を乗り切ろうとする。


案の定、すみれ先輩は『何言ってんだこいつ?』みたいな顔をしている。

いやそうですよね。うーんどうしようか。恵令奈さんと出会った時の事から説明した方がいいのかな。でもなぁ…。


そう俺が男らしくない言い訳を脳内でグダグダと展開していると、恵令奈さんがいきなり爆弾を落とした。


「もう〜、つれないなぁ仁くんは。デートした仲じゃん!手を繋いだし、仁くんの方から体も密着させてくれたでしょ?」


ちょっと!?

確かにデートしたし手繋いだし体も密着させたけど!何も全部言わなくても!オブラートに包むとかやりようはいくらでもあるでしょう!


ニヤニヤしながら頬杖をついている恵令奈さんの姿からして、恐らくワザと爆弾を投下したのだろう。


…全く恵令奈さんは相変わらず俺を焦らすのが好きなようだ。


「…でーと。てをつないだ。からだみっちゃく」


壊れた人形みたいに恵令奈さんの言葉を反芻するすみれ先輩。

こわい


「じん、ほんと?」


俺の隣に座る先輩が首をぎこちなく動かしそう問うてくる。

ちなみに恵令奈さんは俺とすみれ先輩の向かい側の席に着いている。


「本当です」


ただ、まあ嘘をつく必要もないし、誤魔化すのも何か違う気がするのでここは正直に受け答えをしておくことにする。


「…ぬぐぐ」


「そんな可愛い顔で睨まないでよ〜」


『この泥棒猫!』と言い出しそうな顔ですみれ先輩が恵令奈さんを睨む。まあ対する恵令奈さんの反応は言わずもがなだけど。



突然だが、この世界の女性には2種類ある。

嫉妬する人と、しない人だ。言い換えれば独占欲の有無になる。


男性が極端に少ないこの世界において、独占欲というものは必須になってくる。手に入れたオスをわざわざ逃すメスなんていないからな。そのため、最近まで嫉妬深い性格の女性が圧倒的な割合を誇っていた。

しかし、そんな時に施行されたのが『一夫多妻制』である。法律によって、1人の男性が何人もの女性を妻に向かい入れる事が許容されたのだ。

これによって、従来より男性の子種を授かる確率が激増した女性陣は、男を独占する必要がなくなった。


以上の経緯から、未だに独占欲を所有する女性と、時代の流れに合わせて独占欲を消失させた女性とに二極化しているのである。


そして、すみれ先輩と恵令奈さん。この2人は正に前述した通りのタイプである。

すみれ先輩は前者、恵令奈さんは後者だ。



「…仁!頭ナデナデして!」


そうして現実逃避気味にこの世界の女性の考察をしていると、すみれ先輩がそう言ってきた。


…?何の脈絡もないし、何故今?


とは思うものの、ほぼ毎日のように頼んでくるし、特に問題はないためいつものように頭を撫でる。


「えへへ」


いつものように顔を赤らめる先輩。

そして、ニヤッと恵令奈さんの方へ視線を向けた。


…ああ、なるほど。


ここに来て俺はすみれ先輩の意図に気づいた。

こうして恵令奈さん(ライバル)の前で俺とイチャつく事によって仲の良さを見せつけようという魂胆なのだろう。

可愛い顔して、こういう所は抜け目ないな。


「…へぇ」


そして恵令奈さんも勘付いたようだ。少し目を細め、目の前の獲物の力量を推し量っているように見える。


この2人の構図は正に、『甲斐の虎』と『越後の龍』。2人の背後に、牙を剥き出しにし敵を威嚇する虎と、豪然たる眼力で敵を睨みつける龍の幻影が俺には見える。果たしてどちらに軍配があがるのか…。



…って何冷静に解説役に徹してるんだよ!どうやってこの2人を鎮めればいいのか考えないと!そもそも発端は俺なんだから、軍配なんて両方上げるに決まってるだろ!



どうしようか。

『私のために争わないで!』って目に涙を潤ませて上目遣いで頼み込んだらいけるか…?

いやぁ…さすがに恥ずかしいしなぁ。


「あ、仁くん」


「はい、なんでしょう」


未だにすみれ先輩の頭を撫でている俺に恵令奈さんが声を掛けてくる。


「じゃあ逆に私は仁くんの頭を撫でてあげるよ」


『ニコッ』と擬音がつくとても良い笑顔でそう言い放つ。


何だと!

それはとても嬉しい。嬉しいのだけど、タイミングが悪すぎる。すみれ先輩に対抗する腹積もりなのだろうけれど。


「お、お願いします…」


だが哀しいかな。俺は、こんな美人お姉さんの提案を無下にするメンタルは持ち合わせていないのだ。


「ふふっ。任せてよ〜」


恵令奈さんは嬉しそうに、本当に嬉しそうに少し身を乗り出し俺の頭を撫で出した。

手櫛で柔らかに髪を梳いて慈愛を込めるように。その手つきはとても暖かく、前原家の長女である茄林(かりん)姉さんを彷彿とさせた。何処か似通った雰囲気を持っていて落ち着く。


「ふぐっ…」


そして隣で変な声を出して悔しがるすみれ先輩。俺の手に頭をぐりぐりさせて少しでもアピールしようとしているその姿はとても微笑ましく自然と笑顔になる。この人は年上だけど、何処となく妹の心愛(ゆあ)に似た雰囲気がある。


今気付いたのだがこの2人は俺の家族に似ている。まあ、同じ姉属性、妹属性なだけかもしれないけど。

だがもちろん、俺の家族と2人を重ね合わせる事は絶対にしない。重ねて見るという事は、目の前にいる本人をきちんと見ることができていないという事。それはとても失礼な行為だ。

ただ雰囲気がそっくりだという話だ。


俺はすみれ先輩の頭を撫で、恵令奈さんは俺の頭を撫でる。

妙な構図になっているが、それでも家にいるような安心感がある。それはひとえに場の空気が家と似ているからである。


そのため俺は少し気が緩んでしまった。


そのせいだろう。



「…俺、2人の事大好きだなぁ」



ついそんな事を言ってしまった。

もちろん本心だ。


「「…」」


ピタッと2人が動きを止めた。

店内に流れる外国の英語の曲と、先程から俺たちを遠目に見ていた店員さんやお客さんの話し声だけが聞こえる。


「ま、またまたぁ。本気にしちゃうよ〜?」


珍しく少し挙動不審になっている恵令奈さんがやや乱雑に俺の頭を撫でながら言う。


「しゅき…しゅき…ってなに?」


頭がショートしたみたいに放心状態になっているすみれ先輩。重症だ。


むむ…何も考えずに思った事を言ってしまったけど少しマズかったかもしれない。

この世界では男側から女側へと告白する事は殆どない。そのため免疫がない女性が大半を占める。


「そ、そっか〜。ふ〜ん」


今も俺の頭をワシャワシャと撫でる…いや、搔き回す恵令奈さんの姿からもそれは顕著である。さっきの優しげな手つきは何処に行ったんです?もう俺の髪ボサボサですよ。


「だいしゅき…?だいしゅき…ほーるど?」


いや待て、だいしゅきホールドはまた別の意味だ。それ以上はダメですよ先輩。



益々ボサボサになっていく俺の髪。

放っておくと変な事を言いだしそうなすみれ先輩。



うーん。



どうしようか?




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