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説明会

「君にお願いしたい事があるのだが」


教室の入り口に立つ美丈夫、桐生隼人生徒会会長が精悍(せいかん)な顔で言う。


この桐生先輩は以前俺に生徒会入りを勧めてきた事がある。しかし俺は部活に入るつもりであったし、二足の草鞋を履くのは困難であるということでその話を断ったのだ。その件での後ろめたさもあり、この先輩にはできるだけ誠意を見せたいと思っている。取り敢えず願いを叶える叶えないは別として話だけでも聞かせてもらおう。


「おはようございます桐生先輩。お願い、ですか.....そうですね、分かりました。まだ始業までは時間がありますしお話だけでも聞かせて下さい」


「ああ、おはよう。それは喜ばしいな。では隣の空き教室で話そう、先生に利用許可は既にとってある」


「わかりました」


随分下準備がいいんだな。恐らくこの人は、話も聞かずに俺がお願いを蹴るわけがないと踏んだんだろう。聡い人だ。


「じゃあ聖也ちょっと行ってくるね」


「お、おう」


聖也にそう一言告げた俺は桐生先輩の元へと歩を進める。

近づいて見ると余計に分かるのだがこの人本当にイケメンだ。今世の、テレビで極稀に見かける男性俳優よりも顔面偏差値高いぞ?こっちの世界に来てから見た男性の中ではぶっちぎりの1位だ。

....まあ俺を除く、だが。


「では行こうか」


「はい」


桐生先輩の後をついていく。

お願いというのは何だろう?まさかまた生徒会加入の勧誘とか?いやそれは無いな。

うーん....。


「さ、入ってくれ」


すぐに目的地である空き教室に着いた。

まあすぐ隣だから当たり前なのだが。

ちなみに春蘭高校の1年生は7組編成だ。昔は8組まであったらしいが、男女比の圧倒的偏りによる人口低下により数年前に7組までになった。この空き教室はその時の名残りというわけだな。


「失礼します」


そう一言かけながら、桐生先輩に促された通り教室に入る。

もう使われていない教室とはいえ、掃除はきちんと行っているらしく中々綺麗だ。机や椅子などはなく、何処か物悲しげな雰囲気である事は気のせいではないだろう。


「....よし、早速だが話を始めようと思う」


「お願いします」


教室の中央付近まで歩いた桐生先輩はクルリと俺の方へ向き直り少し顔を引き締める。

さてさてどんなお願い事をされることやら。


「月刊スポーツ男子拝見させてもらったよ。君らしい良い写真だったし、とても良い記事だと思う」


「...?...ありがとうございます」


何だ?桐生先輩のお願い事を話すんじゃなかったのか?何故いきなりスポ男の話を....。

というか男性であるこの人も見たのか...。


「特に最後の笑顔の一枚だな。あの破壊力は度し難いまである。さぞかし世の女性達を虜にしただろう」


人差し指を立ててまるで演説を行うかのように話す桐生先輩。

むむ...何が言いたいのか分からん。お願い事の件はどうしたんだ。時間があるとはいえ雑談をする暇はないぞ。


「...どういう事でしょう?」


早く本題に入ってください。

そういう意味を込めて問うてみた。ほっといたら延々と話しそうだからな。


「あぁすまない。要はスポーツ男子の件と今回の俺のお願い事は無関係ではないという事なんだ。因果関係がある」


「最初からそう言って下さいよ」


「遠回しに言うのが癖なんだ。許してくれ」


そういう事だったか。確かに今俺を取り巻くトピックとしてはスポ男が真っ先に挙げられるだろうし、そのタイミングで桐生先輩が俺の元へ来たという事はそう考えられるかもしれないな。


「ではスポ男の件とお願い事がどう関係するのか教えてもらっても?」


「あぁ」


これでやっと本題だな。

さて、一応よっぽど厳しいお願い事じゃない限り叶えてあげたい所存だぞ。

というか、桐生先輩が焦らすから少し楽しみになってきてしまったじゃないか。もしやこれも先輩の策略!?

....まぁいっか。



「近々春蘭高校で現在中学校に在籍している生徒またその保護者を対象とした学校説明会を開く事は知ってるね?」


「はい」


福岡先生がそんな事をチラッと言っていた。もうそんな時期なんだな、薄っすら考えた事を覚えている。



「実はね、前原くん。君にその説明会に参加して貰いたい」



....なるほど、それがお願い事か。

確かに生徒会員でもない一般生徒がそんな公の場に立つことはあまりないな。

だからこそ『お願い』という形で実現しようと考えた、と。


「他の高校では説明会は先生を主体に行うけど、春蘭高校では生徒会が主体となるんだよ。流石に前準備は先生方がしてくれるけど、本番を進めるのは生徒会だ。...まあ、何故俺たちがやるのかというと、悪い言い方をすれば"餌"だ」


美形男子揃いの生徒会を表に出す事によって、説明会に来た女子生徒を釣り上げるという事か。本当に悪い言い方だな!


「そして生徒会長である俺は司会進行役を務める事になっていたんだが...」


そこで言葉を切った桐生先輩はチラッと俺の方へ視線を向ける。

....言いたい事は分かりますよ。言外にひしひしと伝わってきます。

要するに、


「俺に新たな"餌"になれという事ですか...」


「悪い言い方をすれば、ね」


桐生先輩は苦笑いしながらそう言う。ちょっと皮肉っぽく言ってしまって申し訳ないです。


...俺が生徒会長の代役か。

確かに自分で言うのもあれだが、スポ男で話題沸騰中の俺が説明会に参加するとなれば女子生徒達の食い付きはより強くなるかもしれない。


「さらに前原くんが説明会に参加する事は事前に知らせないでおこうと思う。知らせたところで、既に参加募集は締め切ってるから参加者が増えるわけでもないからな。サプライズで前原くんが登場する事で、インパクトはより強く、話題性も高まる」


...桐生先輩はビジネスマンだな。悪く言えば腹黒い。この人くらい強かに計算高く生きたいものだ。


「どうだろう?もちろん前原くんの要望は出来るだけ聞くし、絶対に悪いようにはしない。...引き受けてくれるかい?」


桐生先輩が少し緊張した面持ちでそう問いかけてくる。

ううむ、デジャビュ。懐かしいな、以前もこうして生徒会入りを頼まれて返事は保留にしたんだったかな。そしてその件は後日断ったのだが、今回は....。


「...ええ、構いませんよ。お引き受けします」


うん、別に大丈夫だろう。説明会に参加した所で特に問題があるわけじゃない。

強いて言うなら人が多く集まる場所は俺の身が危ない事だけど...まあ、大丈夫でしょう。

それに沢山の女子中学生にキャーキャー言われる機会を逃すわけないだろ?俺は自重しない事を決めてるんだ。


「...!そうか、そうか!それはよかった!ありがとう前原くん。じゃあ詳細は追って連絡する」


桐生先輩は本当に嬉しそうに言う。

一回断られた経緯もあるから嬉しさもひとしおなのかもしれない。

この人の笑顔は結構レアだな。


ぼんやりとそんな事を考えながら、俺は来たる説明会へ想いを馳せるのだった。




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